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ビジネスホテルの座敷童子って話。

ペタペタペタペタ・・・ペタペタペタペタ・・・
フローリングの上を裸足で走るような軽快な足音で目が覚めた
ペタペタペタペタ・・・ペタペタペタペタ・・・
天井から聴こえる、端から端へ行ったり来たり
歩幅、音の軽さから考えると子どもだろうか
ペタペタペタペタ・・・ペタペタペタペタ・・・
何時だよ、まだ外は真っ暗じゃないか
4時。
フロントに電話しようか、上の階で早朝運動会が始まったと。

上の階、上の部屋・・・このホテルの床、タイルカーペットじゃね?

ビジネスホテルの座敷童子

「今夜は久しぶりの一人飲みだ!」
知人の結婚披露宴に参加するために、会場の近くにあるビジネスホテルを予約していた。
このホテルは10年ほど前まで頻繁に利用させてもらっていた、飲み屋街の近くにあるのに安いからだ。
披露宴の二次会には行かない、僕は一人で飲むのが好きだから、スーッとフェードアウトしてお気に入りの居酒屋に行くのだ。
約1年ぶりの一人飲み、もうワクワクでしかない。

失敗した。

「こんばんわ〜♪」
この引き戸、懐かしさを感じながら開けると満席だった。
一番奥も、左手のテーブルふたつも、カウンター6席も、全部埋まってた。
失敗した、これは初めての経験で全くの想定外だった。
披露宴が何時に終わるかも予想できなかったから予約なんてしていない、そもそも一人飲みの時は開店直後に入店するから予約なんて考えもしなかった。
もう20時だ、そりゃそうだ、空いてねぇよな・・・。
「ごめんなさいねぇ」
大将が顔を出してくれた。
「ハハッ、また来ますね♪」
また来れるだろうか?
いや、来よう、この地を離れる前にもう一度、まだチャンスはある。

次の店、全く計画していなかったし、ショックで足が重いし、どうしよう。
候補がないわけではない、でも、どうせ、空いてない。
駐車場を見りゃわかる、空いてない。
気付けば宿泊予定のホテルの前に着いていた、帰ろ。

別館。

チェックインを済ませると別館の鍵を渡された、3階建ての2階。
今までの宿泊でも何度か別館に通された記憶がある、確か。
玄関、こけしや木製のおもちゃがガラス張りのケースに飾られている。
階段の踊り場、日本人形のようなものが同様にガラスのケースに飾られている。
白い肌に細長い目付き、小さな紅色の口、江戸時代を思わせる髪型、少し劣化して所々欠けたり塗装が剥げたりしていた。
古い記憶の片隅で、これらが置いてあったのを思い出した、それまですっかり忘れていた。

座敷童子でも出るのかよww
正直、建物自体は古いビジネスホテルなのだが、それでも違和感はあるんだよ、むしろ不自然。

2階に上がっても人形は飾ってあったが、もう興味は薄れていたから目もくれず、すぐ右手にある201号室へと入った。
カードキーではない、鍵穴式のやつ。
別館の玄関はフロントから離れているし、部外者でも難なく入って来れる。
心配だからキーチェーンまでかけてやった。

天井からの足音。

僕はビジネスホテルに泊まる時、風呂に入らず寝る。
翌日のチェックアウト前に入るため、バスタオルを温存するのだ。
この日は披露宴でシャンパン、ビール、ハイボール、ワイン、焼酎を飲んだ、つまりチャンポン。
僕はチャンポンすると酷く酔うから普段から気をつけているのだが、場の雰囲気でつい飲んでしまった。
一人飲みで日本酒を飲む予定だったが、飲めなくて正解だったかもと思うほど体がしんどい。
寝よう、とりあえずスーツを脱いでハンガーにかけて、ベッドに飛び込むように眠りについた。


ペタペタペタペタ・・・ペタペタペタペタ・・・
フローリングの上を裸足で走るような軽快な足音で目が覚めた
天井から聴こえる、端から端へ行ったり来たり、ぼんやりした視界で足音を追った
歩幅、音の軽さから考えると子どもだろうか、少し早く歩けるようになった幼児くらい
ペタペタペタペタ・・・ペタペタペタペタ・・・
足音が天井の隅で止まった。
ズッ、ズッ。  ズッ、ズッ。
その位置的に椅子を引きずってるのだろう、動かし方も幼児の力並み。
ペタペタペタペタ・・・また走り出した。
長い、いつまで走ってるんだよ、起きろよ親、何時だよ、まだ外は真っ暗じゃないか
4時ちょっと過ぎ。
フロントに電話しようか、上の部屋で早朝運動会が始まったと。

上の階、上の部屋・・・このホテルの床、タイルカーペットじゃね?
この音は足裏が板間にくっついて離れる時のペッタペタした音、つまりフローリングを歩く時に鳴る音だ、おかしい。
この部屋の床はカーペット、足音なんてほとんどしない。
それは他の部屋も同じ、廊下も階段もそう、だから間違いない。

それに気付いた僕は安心して二度寝した。

来た。

カッ、チャ。
とても静かにドアを開ける音で再び目が覚めた。
寝ている時でも我が子の小さな異変に気付いて起きる習慣があったから、そんな些細な音も聞き漏らさなかった(目覚ましの音は何故か聞き逃すので寝坊するのが常)

音の軽さ、発生源の距離から推測するに頭のすぐ上あたり、風呂場のドアが開いたようだ。
現状、通路に背を向けて寝ていた、背後に気配はない。
あるはずがない、今日は僕一人で宿泊して──っ!?

えいっ!と、お尻を両手で突き押された。
くの字で寝ていた僕の体がその勢いと驚きでピンと伸びる。
イタズラされちゃった。

会えなかった。

流石に僕は体を起こした。
足音は空耳や気のせい、夢であると思えばなんてことなかったけども、体を触られたとなればそれはもう自分を誤魔化すことはできない。
そこに居る。

視界がぼやける、まだ朝日は差し込まない、真っ暗。
子どもがいる時は常夜燈だが、元々完全消灯で寝るタイプなので一人で寝る時は灯りがない。
徐々に目が慣れてきた、布団、椅子、机の形がうっすらとわかるようになった。
周りを見渡す、窓辺、通路、玄関、誰も居ない、どこにも居ない。
残念、逃げられたか。

普段から幽霊を見たいと思っていた、霊感がある人が羨ましかった。
病院で金縛りにあった時は恐怖で周りを見ることができなかったけど、今は違う。
見たい、でも見れなかった。
5時、もうすぐ夜明けか、もう来ないだろうな。
僕は三度寝した。

うるせぇ。

ドッ!ダダン!
上の階の本当の宿泊者が起きたみたいだ、鈍く重い音で僕も起きた。
うるせぇな、まじで。
幽霊が見れなかった僕は機嫌が悪かったようだ。
6時、シャワーを浴びて僕は我が子の運動会へと出かけた。

座敷童子だったのだろうか。

ビジネスホテルに座敷童子、そんなの聞いたことない。
普通、老舗の旅館とかじゃないの?
座敷童子じゃなくて子どもの地縛霊?
帰り際にまた飾られてる人形やこけし、木製のおもちゃを見ながら考えた。
ま、いっか。
今度は会えると良いな、お話しもできたら良いな。
お話しできなくても、じゃんけんはしてみたいな。

この体験を記録しとく。
最後はじゃんけん。
最初はぐー、じゃんけんぽん!
ではまた、49でした。

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