月曜日のおいとまさん①

おいとまさんはちょっと認知症。80代の小さい女性で生まれは武士のお家柄。大きい家に夫と二人で住んでいる。くりくりの白髪と白内障できれいな色の目の品の良い人だ。

家族から”薬を飲むことを忘れてしまうし、認知症が進むかもしれないからちょっと来てみてよ”というご依頼で、体調の管理と、薬が飲めているかを確認するために訪問が始まった。訪問時間は30分。

まず、薬を飲み忘れることへの対応として、プチプチシートで何種類か出ていた薬を一包化(薬局で全てを一つの袋に入れてもらう。薬局で有料でオーダーできます)おいとまさんの薬は朝だけだったので、その薬たちを1週間分、下敷きに曜日を書いたテープで一つづつ貼り付けて”お薬カレンダー”を作った。

これがなかなかいいらしい。薬の飲み忘れがなくなったようだ。訪問初日から導入してすぐに定着したが、今となっては”お薬カレンダー”をもう少しかわいく作ればよかったと思う。

さて、おいとまさんさんだが。私はどうやら嫌われている。

おいとまさんは、認知症だけど今もバリバリの主婦だ。名前のイニシャルが刺繍されたエプロンをいつもつけている。家が縦にも横にも大きく、階段を上がると動悸がして息切れもするようだが、布団や洗濯物、バスマットを毎日干す。雨でもサンルームに干す。食事も三食作る。掃除もぴっしーっと!行き届いている。ちなみに今はお手伝いさんはいない。

ご主人は体に問題はなく、なんだか別の次元にいるような感じの人で、ムーミンパパみたいにいつも火のない立派なパイポをくわえて、ゆったりとソファーに座っている。息切れしながら、こまごま動くおいとまさんを水族館の客のようにゆったりと眺めている。

ご主人を見ていると”ちょっと手伝ってやれよ!”などと心の中で思っちゃったりするが、この夫婦はずっとそうやって生きてきたのだろうから言わない。

で、私がなぜ嫌われているかというと・・・

「私、どこも悪くないのになんなの?家事の邪魔なのよ!」だ。

家事中のおいとまさんをリビングに呼ぶ。皮のソファーに座ってもらうのだが、”仕方ないわね”と”なんなのよ”が座る様子から見て取れる。

不機嫌そうにソファーに座ったおいとまさんはいつも脈が不整だ。脈の弾み具合から動悸がありそうだが”どーでもいいこと”なのだろう。聴診器を当てたり、血圧計を巻いたりするたびに、近距離で白内障のきれいな目がキラリとこちらをにらんでいる。バイタルチェックが終わり「食欲は・・・」などと聞こうものなら「私(わたくし)どこも悪くないわよ。ちゃんと先生にかかってますから大丈夫よ!」という。はいー。すいません。

看護師に訪問される意味がわからない人は結構多い。まさか自分が病気などとはこれっぽっちも思ってない。20年ほどまえに悪性リンパ腫になって治療を受けたことがあったようだが「忘れたわ」だそうだ。ある意味すごい。

おいとまさんは「ちゃんとできますから!」という理由で、訪問してくる私に毎回ぷんぷんだ。その横でご主人は、私たちの様子をパイポをくわえてゆっくり眺めている。”奥さんになんとか言ってくれよー!”と思いつつ・・・仕事をする。

なんとか必要な仕事を終えて私が帰ると分かると、おいとまさんはホッとした様子で少し顔の緊張は取れるが、次の家事を考えているのかなんだか落ち着かない様子だ。ご主人はソファーに埋れて寝ちまっている。パイポは床に落ちている。

「もう、来なくて結構よ」と激励され送り出される。玄関を出たら塩でもまかれているのではないかしら・・・これが毎週、約1ヶ月ほど続く。

続く。


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