金曜日の男①

金曜日の男は、肺を病んでいて在宅酸素療法中。90歳。
鼻のチューブから1.5リットルの酸素を吸って生きている。

身体の向きを変えるにも息が上がってしまうためベッドでの生活だ。

睡眠はもちろん食事も排泄もベッドの上。私は彼のところへ全身の観察、清拭、排泄調整(浣腸をかけお通じを出す)、おむつ交換のケアをしに訪問している。
訪問時間は60分。

金曜日の男のケアに入ると、いつもいつも、いーっも「僕ねー、この歳になって思うのよ。たたなくなるのは淋しいなあって・・・」という言葉から始まる。

初めは面食らっていたが“挨拶みたいなもんだ”ともう慣れた。それを言わない時があると、「調子でも悪いのだろうか?」と少しだけ心配になるくらいだ。

本日もいつもどおり”淋しいなあ”を聞いてからケアが始まった。
“今日も元気らしい・・・”バイタルサインチェックをしてケアに入る。
金曜日の男は肺を病んでいて、酸素をうまく体に取り込めないので、在宅酸素療法というのをしていて、カニューレという酸素を吸うためのチューブをつけている。
鼻の下を通るチューブに2つ穴が開いていてそこから酸素が出る。耳にかけるタイプで、ドラマなどでよく目にするマスクではない方のやつ。ちなみにそのチューブの先は数メートルのチューブを経て小さいスーツケースくらいの酸素を出す機械とつながっている。

いつもどおり、淡々とおしものケアが終り、全身の清拭(からだ拭き)へ。
体を拭くために、寝たままパジャマを脱いでもらうため(起き上ると息が苦しくなってしまうから)片方の腕を脱いで、横をむいてもらう。今日は元気があったのか息切れも無く、ひらりと横向きになった。すると、私の腹がチューブを押さえ込んでしまい、すこし引っ張った感じになってしまった。
「あ!すいません。少し、つっちゃいましたね。失礼しました。」と言いながら自腹を引っ込めチューブを緩めた。

すると、金曜日の男はすかさず、「首締めないで唇占めて・・・」と、ちらりとこっちをみながら言った。

まったく。この人はホントいつもいーっもこんなこと考えてんだなあ・・・
と思ったら、あきれてしまって(ちょっと感心しちゃって)笑ってしまった。
「さすがですね〜。でも!唇は占めませんよ!」とピシャリ!

金曜日の男は目玉を“てへ”な感じで上に向けて素知らぬ振りをした。
こんな面白いやりとりをしながら、60分のケアは続くのだ。

続く。

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