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※この小説はPenthouseの『夏に願いを』を聴きながら書いています。フィクションで、バンドの楽曲の世界観とは必ずしも一致しませんが、もしよかったら楽曲を聴きながらお楽しみいただけると嬉しいです。 僕の青春タイムリミットは、突然やってきた。 叶居逢花が転校する。 そのことを知った時は、青天の霹靂という言葉を今ほど的確に使えることなどないんじゃないかと思った。 動揺のあまり頭痛がして、しばらく机に伏して、頭の中の嵐が去るのを待つしかなく。 今日は部活、行けそうにないな。
叶居逢花が転校すること。 別に高校生活が永遠に続くなんて思っていたわけじゃないし、誰かが転校したって僕の高校生活は続く。けれど、今あるものが三年間続くものだと信じて疑わずにいた僕にとって、これは大事件だった。なぜなら僕は、叶居さんに片思いをしているから。気持ちを伝える気など全くないけれど、高校にいる時間だけは、あと一年半のあいだは、目で追いかけることができると思っていたから。もうあと少しで会えなくなるなんて、心の準備が全然できていない。 それでも、このことがきっかけで叶居さ
開け放たれた体育館の四隅で、サーキュレーターが低く唸っている。ジェットエンジンのようなゴツさだ。けれど大きさの割にはあまり効果が感じられない。バドミントンは風の影響を受けやすいから、涼しくない上にシャトルのコントロールがしにくいという迷惑なシロモノだ。感染症対策や熱中症対策はバドミントンにとって敵といってもいいかもしれない。けれど他の部活と体育館を共有しているから、バド部だけいりませんと言って止めるわけにもいかない。 座っているだけで汗が滝のように流れてくる。思い付きでほん
叶居さんが引っ越す八月になり、吹奏楽部の県大会の日がきてしまった。あの日の気まずい気持ちのまま、行くか行くまいか迷ったあげく、誰にも会わないようにギリギリに行って叶居さんにも声を掛けないで帰ることにした。会うのも行かないのも、どちらにしても気まずいと思ったからだ。 天気予報では曇りのち雨となっていて、このところのカンカン照りよりはマシかと思って家を出たものの、湿度が高くて殺人的にうざったい暑さが体にまとわりついてきた。あまり気乗りのしない外出な上、こんなサウナ状態。何かの罰
お盆の学校閉庁日が明けて『インタイハイ』の日。たった五日ぶりなのに体育館が妙に新鮮な場所に感じて、天井の高さや床のラインが落ち着かない。まるで入部したてのようなアウェイ感覚で準備運動をしながら、僕はまだ迷っていた。確かにコンクールで叶居さんたちの演奏を聴いたときは体がうずうずして、帰ってすぐにマンションの裏で素振りをしまくったし、部活も前よりずっと楽しんでやれていたと思う。 コンクール後の部活で僕を見た平部長が、上級生になる責任感が出てきたか、と嬉しそうに言ってきたのには驚
約束の朝。目覚まし時計が鳴る前に目が覚めて、カーテンの隙間が縦に白く光っていた。よし、予報通りの快晴だ。カーテンをひいて窓を開けると、眩しい朝日とまだ暑くなる少し前の爽やかな風が押し寄せて、僕の冴えない部屋が明るく一変した。今の気持ちは吹奏楽コンクールで聴いた課題曲『煌めきの朝』がぴったりで、僕は今、『陽キャの朝』の煌めきを浴びて浮足立っているんだなと可笑しくなった。 目的地までは電車で六時間かかるから、実際の滞在時間はほんの数時間ほどになる。会って話せる時間が短いのは少し