通帳を拾ってくれた人にはいくらの報奨金を支払わなければならないか?

弊事務所のブログの2012年1月25日の記事(http://blog.tplo.jp/preview/edit/47140b81e6b8b1774b6559ea78aad3e2)からの転載です。

◆弁護士 飛田 博

昨年、弊事務所のメルマガに載せた原稿を修正したものですが、ブログにも掲載させていただきます。

先日、ある人から、「預金通帳を落としてしまったが、拾ってくれた人が現れた場合、報労金を支払わなくてはならないのか?」という質問を受けました。預金通帳は既に再発行してもらっていて、落とした通帳は使えなくなっているそうですが、拾った人が現れて、お金を請求されるのが心配とのことです。調べてみたところ、面白い結果になりましたので、以下、簡単に説明させていただきます。

落し物を拾って届けてくれた人に報労金を支払わなければならないか、については、遺失物法という法律が規定しています。私としては、現金を拾ってもらった場合でなければ、特に報労金など支払う必要はないのではないかと思っていましたが、遺失物法28条1項は、「物件の返還を受ける遺失者は、当該物件の価格の百分の五以上百分の二十以下に相当する額の報労金を拾得者に支払わなければならない。(抜粋)」と規定しており、報労金の対象となる逸失物について、現金に限定してはいませんでした。つまり、現金に限らず、物件の返還を受けたときは、その物件の価格の5%~20%を報労金として支払わなければならないようです。

では、通帳の場合、遺失物法28条1項にいう「物件価格」はどのように評価したらよいのでしょうか?

実際に通帳の価値を直接算定した裁判例があれば話は早いのですが、そのような裁判例は見つかりませんでした。そこで、類似の問題として、有価証券の拾得者への報労金算定について、裁判例の動向を見てみることにしました。

すると、株券について「価格は額面額や時価そのものではなく、・・・遺失者が損害を受ける危険の程度を標準として決定すべきである」と判示する裁判例(大阪高判平成20年 1月25日)や、手形について「遺失手形の価格はその手形の遺失者が手形を遺失したことによつて受ける経済的な不利益又は危険と他面その手形の拾得と返還によつて遺失者が受ける危険防止の利益すなわち経済的利益とを基礎として算定するのが相当である。」とする裁判例(名古屋地判昭和40年3月4日)がありました。

また、小切手についても同様に、「小切手が現金化され又は第三者に善意取得されて遺失者が財産上の損害を被る危険の程度を勘案し、当該小切手金額及び右危険の程度を考慮して「物件の価格」を定めるべきである。」と判示した裁判例(東京高判昭和58年 6月28日)があります。この事件においては小切手が現金化される可能性は絶無であったとして、小切手金額の2%の金額をもって、遺失物法28条1項の「物件の価格」とする、としています(例えば、100万円の小切手であったとすれば、100万円×0.02×0.05(遺失物法28条1項に定める下限割合5%)=1000円 が報労金ということです。)。

以上のように、有価証券の金銭評価は、遺失者に経済的損害が発生する「危険性」をもって判断するようです。本件で問題となっている預金通帳は有価証券ではありませんが、有価証券と同じ議論ができるとすれば、通帳を遺失したことにより発生しうる経済的不利益又は危険(通帳を使って口座から預金が下ろされ、財産上の損失を被る可能性がどのくらいあったか)を考慮して報労金が算出されると考えることができます。

この点、2009年に、残高800万円の通帳及び印鑑を拾得した者が報労金支払いを求めて提訴した事件がありましたが、この事件は、和解によって30万円の報労金支払にて解決しています(平成22年1月13日新潟地裁長岡支部)。そこでは、800万円×0.75×0.05=30万円 という計算式が推測されますので、通帳残高の75%相当が「物件の価格」とされたのではないかと考えられます。これは、通帳のみならず印鑑も一緒に落とした事案であったため、比較的容易にお金を引き出されて遺失者が経済的損失を被る危険性がありましたので、「物件の価格」が高く設定されたのではないでしょうか。

したがって、私に質問した人の場合のように、通帳を落としただけで、印鑑や暗証番号情報等が拾得者に知れていないような場合は、通帳だけで預金を引き出せる可能性はかなり低いので、報労金が発生するとしても極めて少額なのではないかと予想しています。

いずれにしても、何かを落として、後日警察から「出てきましたよ」などと電話があったときは、報労金のことを心配しなければならないようですね。私は携帯電話が見当たらなくなって慌てることがよくあるのですが、携帯電話の場合は報労金はいくらになるのでしょう。最近の携帯はお財布機能等いろいろ付いていますから、「物件の価格」や「経済的損害」の算定も複雑になりそうですね。

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