YOSAKOIソーランの軌跡~想いを繋ぐ~prof.14 福田繫幸(ふくだしげゆき)さん(前南北海道支部長)
インタビュー日:2021年10月23日
YOSAKOIソーランに関わり始めたきっかけ
仕事はね、森町の役場なんですけど、当時の町長が(町おこしのために)YOSAKOIソーランのチームをつくりたくて。誰かやるやついないかって話になったときに、商工観光課っていうところの部署が担当で、個人的にもYOSAKOIソーランが好きだったんでどうしようかなと思ってたときに引っ張り込まれたのが始めなんだよね。ちょうどね、僕たちの時、第6回か第7回か第8回で1番ブームですごかったときなんだわ、YOSAKOIソーランが。それでチームを作るなら札幌に行った方がいいなってことで、それを何とかやっていけないかってみたいな話になってやったのが始めですね。
始め渡島支部¹⁾っていう、今は南北海道支部²⁾なんだけど。初代の支部長さんが、 函館躍魂いさり火³⁾の人だったんだよね。僕が2代目で、 SA-KOI森⁴⁾ っていうチームを作って140人くらいで出たのかな、一回目。右も左も全然分からなかったんですけど、参加してくれた方は楽しかったということで、よかったなぁと思ってるんですけど。そのうちに、うちのチームの SA-KOI森 が 森未来人⁵⁾ と もり・騒乱桜⁶⁾ 2つに分かれちゃって。僕はもり・騒乱桜の方なんですけどそれで引き継いでそのまま(支部長を)やれるような形になって、そのうちに渡島と檜山が合併するような形になって南北海道支部ってなったんですよ。南北海道支部の僕が初代の支部長で舩山さん⁷⁾が2代目って言う形でずっとやってきましたね。僕は平成8年から平成24年まで16年間支部長してました。
―最初立ち上げたときは自分も踊ったりしたんですか?
僕はね、ずっと裏方。メンバーを束ねたりとか宿泊の手配とか。どういう風に行動するとか。
1)渡島支部:現(一社)YOSAKOIソーラン祭り組織委員会南北海道支部
2)南北海道支部:(一社)YOSAKOIソーラン祭り組織委員会 南北海道支部
3)函館踊魂いさり火:1995年結成。函館を拠点に活動するYOSAKOIソーランチーム。
4)SA-KOIもり:道南・森町に拠点を置くYOSAKOIソーランチーム。1997年初出場。
5)森未来人:道南森町で活動するYOSAKOIソーランチーム。
6)もり・騒乱桜:道南森町のYOSAKOIソーランチーム。
7)船山さん:(一社)YOSAKOIソーラン祭り組織委員会 南北海道支部、現在の支部長。
印象に残っていること
1番印象に残ってるっていうか、1番大変だったことはあれかなやっぱり。学生さんが爆破事件⁸⁾で事故に遭ったときに、ちょうど支部長やってたんで、支部長全員呼ばれて大会をやるかやらないかっていう。そのときに怪我された子の親御さんがぜひやめないでやってくれって言うんで、そのまま継続してやったんだけどそのときは大賞とかやめたんだわ。賞をつけないでそのまま開催だけして終わったっていう。それが1番印象的かな。
ゴミ箱に袋があってそれを学生さんがゴミをきれいにして片付けたときにバンって爆発したの。それが、釘が体のなかに入って、手術したんで。助かったんだよ?亡くなってはいない。でも怪我したんで、やるやらないって話になった。だから今結構ゴミなんかもうるさいしね。いろんなのがずっとそのまま尾を引いてずっとやって…。
8)爆破事件:第9回YOSAKOIソーラン祭り(2000年)6月10日(土)夜、西6丁目公園のごみ箱が爆発し、当時の学生実行委員会の学生が被害を受けた事件。
渡島・檜山支部(現南北海道支部)のチームについて
長万部は支部に加盟してなかったですけどもチームもありました。八雲は やくも夢遊友⁹⁾てのともう1つ支部に加盟しないチームもあって。森は(チームが)2つ。鹿部にもありました。今はないです。七飯にも 七飯あかまつ華舞樹¹⁰⁾あって、そのあと 酔紗恋!七飯あかまつって名前に変わって母体はだいだい同じなんですけど、人が変わったりとかして。大野にもありました。 大野YOSAKOI乱舞如来¹²⁾。上磯には 上磯乱舞陣屋組 ¹³⁾ってのがあってこれがそのあと ~KAMIISO~烈華舞神¹⁴⁾ って名前に変わってますんで。函館市は今ありますけども、まだ、 函館躍魂いさり火 、 ついんくる 。函館斗燃衛組¹⁵⁾ 、ない。箱館紅孔雀¹⁶⁾ もない。元祖婆あYOSAKOI¹⁷⁾ さんはありますね。YOSAKOIソーラン祭り,進選組¹⁸⁾ もまだ活動してるのかな。あと 函館学生連合息吹¹⁹⁾もありますね。夢限舞童²⁰⁾ は15歳以下かな、中学生小学生が中心になってたんだジュニアチーム。輪踊り 舞遊 ²¹⁾っていうチームと 柳苑謳歌²²⁾ か、今ありますね。まだね。あと木古内にも 木古内みそぎソーラン炎の舞 ²³⁾ってチームがあって、知内にも しりうち乳神雷舞²⁴⁾ 。福島もあったんですよ。松前にも まつまえ桜吹雪²⁵⁾ っていうチームがありました。
各市町村に1個くらいずつはずっとあったんですよね。自分たちの地域を盛り上げるっていうか、そういう感じのやつでYOSAKOIソーランを始めた人たちが沢山いて。あとわぁーっと盛り上がったりするのとか、楽しむようなのが好きな人ばかりでそういうの作ったりとかしてたんで、結構盛り上がってたんですよね。あと小さい町なんで、町がバックアップしてというか、全てじゃないんですけども、経費を一部ちょっと見てくれたりとかバスを出してくれたりとか、そういうので応援してくれたりとかして結構そういうのがあったんで町の人たちは結構やりやすかったんじゃないか。札幌行くったらね、泊まらないと駄目なんで。
―こんなに(チームが)あったのに・・・
そうなんですよ。こんなにあった。檜山も結構あったんですよ。
檜山は確かもう全部ないですよね。檜山のほうは思いっきり町が全面的にバックアップしてたから。
9)やくも夢遊友:八雲町で活動するYOSAKOIソーランチーム。
10)七飯あかまつ華舞樹:七飯町で活動するYOSAKOIソーランチーム。現「酔紗恋!七飯あかまつ」。
11)酔紗恋!七飯あかまつ:七飯町で活動するYOSAKOIソーランチーム。
12)大野YOSAKOI乱舞如来:大野町で活動するYOSAKOIソーランチーム。
13)上磯乱舞陣屋組:道南・上磯町(現北斗市)に拠点を置くYOSAKOIソーランチーム。1996年発足、1997年初出場。
14)~KAMIISO~烈華舞神:上磯町(現北斗市)で活動するYOSAKOIソーランチーム。
15)函館斗燃衛組:函館で活動していたYOSAKOIソーランチーム。2010年4月をもって解散。
16)箱館紅孔雀:函館を拠点に拠点を置くYOSAKOIソーランチーム。1997年に発足し1998年にYOSAKOIソーラン祭り初出場。
17)元祖婆あYOSAKOI:函館市のYOSAKOIソーランチーム。
18)YOSAKOIソーラン.祭,進鮮組:函館市で活動するYOSAKOIソーランチーム。
19)函館学生連合~息吹~:函館市内に住む学生で構成された、YOSAKOIソーランチーム。道南支部唯一の学生チーム。
20)夢限舞童:函館市唯一のYOSAKOIソーランのジュニアチーム。
21)輪踊り舞遊:函館の南茅部地域で活動するYOSAKOIソーランチーム。
22)柳苑謳歌:函館市を拠点とし、2013年に結成されたYOSAKOIソーランチーム。
23)木古内みそぎソーラン炎の舞:木古内町のYOSAKOIソーランチーム。
24)しりうち乳神雷舞:道南・知内町に拠点を置いていたチーム。
25)まつまえ桜吹雪:道南松前町のYOSAKOIソーランチーム。
チーム数の減少について
第14回から第15回くらいかな。ちょっとずつ減っていったの。
ちょっと言い方がきついかもしれないですけど、YOSAKOIソーランを一生懸命頑張ってやっているんだけど、組織委員会²⁶⁾の方から何もない。何もないと頑張れる意識がないっていうかさ。例えば、5回とか10回出ればなんか表彰するみたいなね。
俺らは「5回とか10回で賞状みたいなものでいいから組織委員会から何かくれ」って言ったんですよ。要するに「頑張ってます」っていう。「それくらい継続しています」っていう。
皆頑張ってても、地域の人・一般の人たちはただ自分たちで遊んでやってるだけでしょって感じでしか見なくて、チームとしては町が関わってるとかあんまり大っぴらに言えないから、ただ一生懸命頑張るしかないんだけど、そういう賞状1枚貰うだけで町に見せることができるんですね。「YOSAKOIソーランの組織委員会の方から貰いました!」みたいなさ。そうすると町もどんどん認めてくれるんだけど、そういうのが無いんで、補助金とかバスとかそういうのも無くなっていったのさ。そうすると、自分たちで全部もたなきゃならないでしょ。そういうのがネックになっていって、年もとっていって。男の人たちより女の人たちの方が全然パワーがあるんで、ちょうど結婚適齢期みたいな(女性の)人たちがやめたりすると、だんだん衰退していった。学生(実行委員)さんもYOSAKOIソーラン祭りをやるために企業周りしてお金を集めたりするじゃないですか。今までのことを長い歴史とか色々なことを説明しながらやってるんですけど、小さい町も同じなんだよね。やっぱり町長が頑張ったとしてもお金出すときに議会に話がかかると議員さんも「何をやってるの」みたいな。賞状とかがあると証明できるじゃないですか。議員さんをなだめるとか何もできないんで難しくなってきた。だからだんだんなくなって。
―形にあるのとないのとでは全然違うんですね。
そうなんですよ。なんもそんなさ、一万も二万も三万もするわけない紙切れ一枚だけ貰うだけで全然違うのさ。だからネットでもなんでもいいから、俺はすげぇ大事だよって何回も言ってもね、全然話は聞いてもらえなかったっていうか。そこまで手が回らないっていうね、組織委員会の事情も俺は分かってるんだけど、だけどもちょっと暇なときとかそういうときにでもいいからくれればいいのになっていう。町としては「5回出ました」っていうやつをくれれば全然もっと違ったのかなっていうのがやっててそう思いましたね。
―チームを維持するのに積極的な町とそうでない町の違いはどこにあるのでしょう?
例えばだけれども、スポーツやってた人とやってない人の差みたいな。何でもトライしてみればいいんじゃないのっていう町のトップの人と、そういうのには全然目も触れない人もいますから。さっきみたいに渡島檜山については(チームが)ほとんど全市町にあったんで、それがなくなったときは俺もショックだった。「あー今年も1チームなくなった」みたいなのは大変だったですよ。
―逆に新しくできたチームは?
新しくできたのは柳苑謳歌とか。 函館躍魂いさり火 のOBみたいなもの。1回辞めたけどやっぱりYOSAKOIソーランが好きだって。だけどチームに戻るんじゃなくて新しいの作ろう、みたいな。
―全くYOSAKOIソーランやったことありませんっていう人たちがチーム作るって無いですか。
昔は相談されたな。函館学生連合息吹ができるときは。「どうしたらいいですか」みたいな相談されましたね。だけど、他の方からは俺相談されたこと1回もないんだけど。やっぱり自分たちが好きだってのがあれば、周りに何を言われようが頑張る、みたいな気持ちがあればYOSAKOIソーランって出来るんじゃないかなって思うし。人間ってもともとお祭りとか好きだからさ。とっつきやすいのはとっつきやすいんだけど、お金もかかるしね。衣装も作らないと駄目だから。どんな感じでもいいんだけどね。ただTシャツ着て、1回目参加するでもいいし。その札幌大会²⁷⁾にいって色々感じたことを次の年に変えていって作っていくのも1つの手だろうし。無くなってくると、俺も寂しいなって思うもんね。
―そうですよね。今になって自分たちの町にもあったんだって知ると、なんか・・・。
七飯にあったときってすごい一生懸命な人いたもん。やっぱりそういう人たちが抜けると、チームって下がっていく。
ただね、俺もYOSAKOIソーランから離れてやってないけども、盛り上がりに欠ける部分の痛しかゆしは支部長やってて責任があるのかなとは思うけどね。
―地元にもYOSAKOIソーランの大会があることを全然知らなくて。知らないと本当に知らないまま過ぎちゃうんだなっていうのはすごい思いました。
本当にね、渡島総合振興局や函館市、太陽グループなんかも、色んなやつで補助金もらえる制度結構あるんですよ。知っていればそういうところにトライして調書作って出すだけだから。一生懸命調書出して、お金もらいながら大会やるんだけれども。俺はね、ステージあった方がかっこいいとかスピーカー高くして、とか思う方なんでそういうのやりたくてそっち(裏方)いったの。もらったお金を会場の演出にかけたりしてたんですよ。あと自分たちが大変なのは交通整理とかなんで。そういうのは警備会社に全部お願いするとか、それはもう考え方だね。うちはチームのメンバーとかにも3人とか4人とか出したりして給水や弁当係、動画係に張り付けしたりとかやってたんで。そういうところに何人かをおければ、それはそれでいいっけさ。そういうところを考えながらやってたんだよね。そういうやつの大きいのが本祭みたいなもんだよね。
―お金の問題(参加費、チームの維持費など)は難しい課題ですよね
僕個人としてはね、出てお金をもらうんじゃなくて、支払って出た方が俺はいいと思うんだ。ただ、その金額がいくらがいいかっていうのはあるかもしれないですけど。今は15万でまだ変わってないんでしたっけ。
―変わってないです。
参加費でね、15万払って、全体的にいえば高いかなってあるかもしれないけど、30人いたら一人5000円だよね。100人いれば1人1500円か。チームが大きくなれば大きくなるほど(一人当たりの参加費が)安くなるんだけれども。だけどそれは札幌で一生懸命頑張ればいいだけで、一生懸命踊って楽しく踊れると、5000円出しても3000円だしても俺は別に気になんないと思うんで。それはいいんだけれども、そういう考え方が持てない人もいるんだよ。それがちょっとね、大変かなっていうのが。
だけどね、1人なんぼっていったらさ、申請のときに(チームの人数を)少なく申請するところも多分出てくるかもしれないから。15万なら15万って決まってる方がいいと思うんだ俺は。
人数的にいっても、多分妥当な金額ではあると思うんだけれども、参加しますって出して、去年みたくお金が返ってこないと…。参加費、2月の末だよね、申し込みしてお金振り込んで。ガイダンス²⁸⁾の前までにコロナの関係でやりませんって。色々かかってる分はあるんだろうけど。半分だけでも返してくれるとかさ。そしたら各チームまた納得するかもしれないけど。
―0か100を求めず、ってことですね。
そういうのはあったんじゃないかなって思うけど。
―確かに。
26)組織委員会:一般社団法人YOSAKOIソーラン祭り組織委員会。
27)札幌大会:YOSAKOIソーラン祭りのこと。
28)ガイダンス:参加者ガイダンスのこと。参加チームに対してルール説明や演舞順の抽選などを行う。
支部で行ってきた活動
俺は渡島総合振興局にかけあって補助金って貰ったりとか、函館市の全部見てそういうやつに関わって補助金貰ったり、函館朝市さんとコラボして補助金貰ったりして結構ずっとやってきた。
継続するのはね、大変だ。毎年色々なことを考えてもらったりしてそれも単独とかっていうのもあるし、1回貰うと3年4年いろんなのがあるんだよね。そういうのを探しながら俺はやってたんで自分たちの持ち出しのお金はあるんだけど貰える方が全然多いからさ、そういうのを一生懸命俺はやってきてた。
前の渡島大会、道南大会²⁹⁾の3回目くらいまでは市町村をまわってたんですよね。おじいちゃんおばあちゃんとかって函館に来いって言っても来れないから。渡島檜山のほかにも札幌からも結構来てくれて演舞を見れると、結構盛り上がったんですけど、やっぱりね人口が少ないから、全体的なYOSAKOI人口は上がらないんですよ。で、函館だと皆来るんで、見てもらう人が増えるんだよね。なので今ずっと函館で固定してやる形になったのかな。
―道南大会っていつからあるんですか?
道南大会はいつからだっけ。合併して3年4年くらい経ってから固定して函館でやるようになったんだよね。
道南大会はね、いつもなら8月の末か9月の始めだ。函館の朝市のところの通りと駅前でやってて。
前はイカのモニュメントの方や船停まってる横でもやったり。あと、コラボしてね、津軽海峡フェリーの駐車場も借りて、バスで移動してやったこともある。
道南大会の特徴の1つは、フォトコンテストを開催してるんですよ。フォトコンテストを受付して写真を函館新聞社に(参加者が)出して北海道新聞社に展示させてもらって、一般の人にも見てもらうんだけど。うちらの役員が見て、大賞になった写真は次の年の道南大会のポスターの絵柄になるんだ。
あとちょっとした粗品みたいなの送って。だから写真撮る人も一生懸命になってるんだよね。だって次の年のポスターになるからさ。
そういう取組みなんかも俺はおもしろいんじゃないかな。他のところではやってないようなことをやろうと思ってたんで。あとですね、大阪と福井と富山に遠征に行ってそこで踊りを披露して。それを確かね中国と韓国と台湾の3ヶ国に同時配信、要するにネット配信して、ってのもやりましたよ。
29)道南大会:(一社)YOSAKOIソーラン祭り組織委員会南北海道支部の大会。毎年8月末に行われる。
チームが続くモチベーション
元々好きだったからというのもあります。それが1番大事だけれど、やっぱり長年やってると、チームとチームとの繋がりとか、そういうのもモチベーションでは絶対必要だと思う。
いろんなチームと(イベントに)呼んだり呼ばれたり、行ったり来たり。そういうのが大事だと思う。各地でYOSAKOIソーランいっぱい踊ってましたからね。各チームの地域のお祭りとか呼ばれたら行くし。
例えば、森町でお祭りがあったときに、ついんくるさん³⁰⁾や漁り火さんに来てもらったりとか。そしたらそっち(函館)でやるとき行ったりとかそういうのが多分大事だと思うんだ。
僕は個人的にね、日本海の支部と付き合いがあって。あっち(金沢)に行って審査員やったりもしましたよ。
うちらの支部は、青森にも行ってたね。青森のお祭りのとき呼ばれて青森で大会とか。うちの南北海道支部からも何チームか行ったり。こういう言い方をするのはあれだけど、今の若い子っていうのはそういうのがあんまりないかもしれないね。
30)ついんくる:函館市を拠点に活動するYOSAKOIソーランチーム。
試行錯誤して創ってきたお祭り
あとコロナでね、コロナで2回(本祭が)できなかったんだっけ。
2回(本祭に)出てないでしょ。でっかいチームは全然問題ないかもしれないですけど。小さいっていうか5,60人くらいで用意してて、2回大会に出てないと次出るときにかなり大変じゃないかなって。
実行委員会の人たちも大変だと思うよ。だってやってないからね、分からなくて関わってる人もいるもんね。
支部長会議³¹⁾って今やってるんですよね。
―やってますね。
今度1回聞いたほうがいいよ。どういうこと話してるのかなって。濃い話してるから。1番チームの考えが分かっている人たちがそこで話してるから。俺何回も組織委員会の人たちと喧嘩したもんな。
立ち上がって喧嘩まではいかないけど。言葉の暴力みたいな、かなりきつい言葉喋ってたからね。
―闘いですね。
そうそう。やっぱりそのくらい熱く話さないと分かってもらえないってこともあるし。
昔はね、我が強かったよ。くせがあったっていうか。まぁそれでも、皆で盛り上げないとだめだって感じがあったから続いていったのかもしれないですけど。
各地域でフォーラム³²⁾やってたんですけど、昔は出ないと参加資格なかったから。色々なことを話しあったの。各チーム絶対1人はねフォーラムに出てた。まぁものすごい人数だったんだから。400チームあって、1チーム1人が関わったって400人来るんだから。
そこで意見を色々出してください、みたいな。会場の不手際があったとか、色んな駄目なこといいこと話しした。
―フォーラムって具体的に何するんですか。
色々なルール作りとかね。変えた方がいいっていうルールとか。例えばパレード³³⁾進むのに100メートル歩くってあるでしょ?それも色々変わってるんだ。そういうのもフォーラムの中で意見もらってやったりしてたんだよね。
―つまり、実際に踊っている方々の意見を聞いて「ここ改訂していこう」 「改善していこう」みたいなやつですか。
そういうのもあった。パレードって150人未満でしょ?40人以上150人未満とかって決まってるんで、その人数のやつを決めたのもフォーラムだから全部。40人の小さいチームは100メートル動くのに大変だ、とか。1番はじめの約束事は組織委員会のやつなんだけどそうやってフォーラムの中でちょっとずつ変わってることも結構あるんで。
支部長さんに各チームの意見をとりまとめてもらって、フォーラムの次の日の朝に発表者が「こういう問題点がありました」「こういうの改善したい」とか。そういうの含めて支部長たちも「支部長会議の中で諮って変えましょう」ってやっていくんだ。だから支部長の立場を組織委員会も結構尊重してくれてたんだよね。
―私たちは実際に踊らないですからね。やってみないと分からないところとかも。
あとは、5丁目からパレードだったっけ?5丁目、6丁目、7丁目って3回踊るじゃないですか。んで、8丁目で休んで9丁目、10丁目で踊るでしょ。9丁目はほとんどお客さんいなかったり、10丁目もお客さんいないんだけど、5,6,7って3回連続で踊るとね、死にそうになるんだよね。けど、混んでる場合はちょっとずつ休んで踊れるけど、空いたりすると連続で踊らなきゃいけなくて死にそうになるんだよね。6丁目が審査なんだけど5,6,7って連続で踊るには炎天下なら死にそうになるよね。北より南の方が暑いしさ。体温がバァっと上がるんで。そこでも何回か喧嘩したことあるけど。
踊り子死んでしまうよ連続で踊ると。「はじめれ、はじめれ」言うけどって。「ちょっとインターバルとれや」って。そんなの関係なくスタートっていうからさ。
踊り子ってスタートすると一生懸命踊るから。1回目60%で踊って2回目100%で踊って3回目80%で踊るってできないから。100%,100%、100%でくるから。そういうのも大変だ。
31)支部長会議:(一社)YOSAKOIソーラン祭り組織委員会の支部の支部長が集まり、祭りの方針等を話し合う会議。
32)フォーラム:YOSAKOIソーラン祭りの参加者が集まり、今後の祭りの方向性やそれぞれのチームの状況について意見交換を行っている。
33)パレード:大通南北パレード会場のこと。土曜日には本祭の一次審査の会場にもなる。
YOSAKOIソーランを離れてからの変化
離れて関わらなくなったけど、毎年札幌行ってるからね。今年と去年は無かったから行ってないけど。
―本祭³⁴⁾を見に?
そうそう本祭見に。
―なんやかんや離れた方も気にはするんですね…好きだとなおさら。
34)本祭:YOSAKOIソーラン祭りのこと
(番外)昔のチームを忘れないために
昔のチームとか、履歴とかを公式のホームペ―ジで見られると良いよね。
-私(学生実行委員)も他の方の聞き書きをして、チーム名を耳で聞くんですけど、まず文字分からないし、昔のチームだったらもう載ってないし…
こういうのが載っかってると逆に履歴みたいになっていいんでないかなぁって思うんだよね。こういう町にこういうチームがありました、とかさ。
―そうですよね。第28回に出たチームしかもうホームページには出ないので。³⁵⁾
参加申し込みあったチームってことでしょ?
―そうです。それ見てももちろんこう、七飯とか出てこないですから。
俺もさ、何回も考えてなんてチームだったっけなってずっと考えてさ。今日の朝思い出したチームもあった。
―そうですよね、あったっていうのは事実ですから。
まぁたまたまね。長くやってたから覚えてたのさ。これが2年とか3年とかしかやってなかったらたぶん覚えてないでしょそんなの。
―そうですね。
大変なときというかそういうときとかもみてたんで。
―何か私たちみたいに最近になって興味を持ち始めたとか知り始めた人たちも、地元にあったんだとか、こういうところにもあったんだっていうのを知ることができたらいいですよね。
35)第23回(2014年開催)までの参加チームは公式HPから確認できる。
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取材:YOSAKOIソーラン祭り学生実行委員会
北海道大学 1年 髙田冴花(取材時)
札幌医科大学1年 大屋温(取材時)
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