私たちはどこからきてどこにいくのか
自分探し的な話を聞くたびに同じようなことを思う。人生を成功したと言われている実業家やスポーツ選手や芸能人も完全に理解を理解して生きている人はいないと思う。ただ日常があり幸せがありトラブルがある。自分を含め、なぜ人間があれこれ考えたり議論して、目的が達成できたりできなかったりするのか、ほとんど全くわからないまま生きて死んでいく。その日常で「こういう生活が素晴らしい」という幻想を持てる人だけが幸せになれる。つまるところ幸せな生活とは同じ幻想を抱ける共同体の中にしか存在しない。その外側には哲学者が挑み身を滅ぼした人間についての無知の深淵が広がっている。
2021年は仕事をしない年だった。一日中ぼーっとしていたりひたすらお風呂で歌ったりしていた時間が長かった。まるで動物園の怠惰な動物のような生活をしていた。こういう生活をすると人生や人間を冷静に見つめる時間ができる。普段仕事やプライベートの生活ではとにかく無心になって幻想を見ていた。「事業を成功させよう」「お金を稼ごう」「結婚しよう」そうした目的には根拠がない。「それで?で、どうなるの?」という質問を後につけると最後には暗い顔をして俯くことしかできない。
それが怖いから仕事やプライベートで無理やり目的を作って人生の目的にしている。とりあえず。でも自分を騙せる人は多くない。騙せる人でも長くやっていればいつか「で、これでどうなるんだろう」という疑問が沸々と湧き上がってくる。これは無限の絶望の入り口でもあるし、人間が自分の存在に自覚的になるきっかけでもある。そうならずにずっと幻想を追いかけていられる人のなんと幸せなことか。それこそ生きる才能だと思う。
抽象論ばかりだと後から読んで自分もわからなくなるので、今年あったことを振り返ろうと思う。私的に最もセンセーショナルだった事件は政府ぐるみの政府統計の改ざんである。
統計を扱う人間が改竄をすることで得られるメリットは「仲間に優遇される」以外にない。国民は霞ヶ関で働く人は国のために働いているだろうと思っている。実際はそんな人ごく僅かで自分の人生で手一杯なんだろう。こうした状況で国をどうするべきかを議論しても意味がない。国を変えようとして中枢まで上り詰めた人は結局目的が国のためではなく自分の人生を変えようとしていたと気づくわけだから。
ここから学べることは私たちは私たちの目的について全く自覚できじゃないことだ。私もなんとなく東大に入れば人生がよくなると思っていた。もちろん、その「よい」状態さえもわかっていなかったわけだけど、幻想にどっぷりハマって意味がわからない古文や数学を勉強した。こうした状況で自殺するほど受験勉強が苛烈になる。冷静に考えて狂っていると思う。
今大人になって考えるべきことは「今この瞬間に幻想と気付いていない幻想は何だろう」ということだ。仕事を頑張っているとこの問いをする暇がない。というより怖い。だからあえて事業の成功の先については考えない。それが人にストレスを与えて殺してしまっても、友達を裏切ることになっても、事業の成功の先にあるものがただの金品で、その金品の価値を感じるにはさらに新しい幻想に浸からなければらならないことに目を背ける。
以上が目的に関する幻想の話。私たちは私たちが思っているほど自分の目的について考えていない。仕事で成功しても結婚してもその先があることに自覚的になれない。しかしさらに問題なのはその手段だ。私たちは「がんばれば人生は変えられる」という幻想に浸っている。しかし大人になって自分の人生をコントロールしているのは自分の努力や意志の力ではなく思考のクセやたまたまいた環境だということに気づく。
科学はこうした幻想を打ち破って、世界にかかっている霧を晴らす唯一の方法だと思う。上のリンクは収入や学歴などの人生の豊かさを決める指標にたいして遺伝がどの程度影響するかを調べた研究だ。正確には調べた研究を2,748集めて分析した結果だ。twin studyとよばれるこの手法は非常に巧妙に遺伝の影響を調べる。例えば学歴がどのくらい遺伝するかを調べたいとする。単純に考えれば親の学歴と子供の学歴を比較して相関を計算すればいい。しかしそれだと子供がどのくらい頑張ったかわからない。高学歴の親ほど教育熱心だから勉強する環境が作られて子供が高学歴になる、と言うシナリオは誰でも思いつくと思う。この研究手法はそうした影響を全て除いて純粋な遺伝の影響を調べることができる。大量に一卵性双生児を比較する。中には生き別れで別々の親に育てられ、別々の環境で育ったペアが存在する。こうしたペアの学歴が一卵性双生児以外のペアと比べて相関していたら遺伝の影響があるし、そうでないならない。結果は目を覆いたくなる。なんと50%も学歴が遺伝する。前述の通り、環境の影響は除いていあるので高学歴の親から生まれるとどんな親に育てられてどんな環境で育っても高学歴の子供になると言うのだ。
この論文の結論はこうだ。「学歴は勉強より遺伝で決まる」。じゃあ私たちが必死でやってきた受験勉強は何だったのか。それは幻想だ。努力すれば高学歴になるという幻想だけで今この瞬間も数万人の子供たちが必死で勉強をしている。この論文を書いた科学者から見れば踊らされているとしか言いようがないだろう。受験勉強だけじゃない。就職や仕事や結婚全てについて私たちは自分の努力や意志の力がどれだけ結果を変えられのかまったく知らないまま人生の大半を費やしている。
私たちは生きる目的もその手段も全くわからないままわかったふりをして生きている。人間はそういう生物だ。だけどいつか、上の論文のように、人間が自分たちの生きる目的や手段について自覚的になる日が来る。それまで私たちは闇の中をがむしゃらに走るしかない。
🐈❤️