ある日の一日

外務部での書類仕事。まだ一人でできる仕事はどれだけありがたいことか。他の人と共にする仕事だと苦に感じてしまう。下層民ではないあの二人と一般的な関係を演じるとがどれだけ苦痛か。特にチャオは下層云々以前に勝手に取引しようとするから目を離すわけにもいかず、仕事としても疲れる。
「まぁこんなもんか」
書類仕事もひと段落し、観測者手帳に目をやる。何か通知が来てた気がするが、なんだったか。
『定期検診の知らせ』
そうか、もうそんな時期か。めんどくさい。めんどくさいといってもサボるわけにもいかない為外務部部署から出て医務課へ向かう。
「おばさーんいるー?」
「そのような歳ではないと何度言えば...」
そう言いながら医務課から出てくる一人の姿。白亜局員である。
色ツキであることを隠す為同じ下層出身である白亜局員に検診を頼んでいる。
「ごめんごめん。許してよ。そんなことよりさ、定期検診でしょ?だからお願いしたくてきたんだけど」
「あぁ、構わないぞ」
「毎回手間取らせてごめんね。上の奴らに知られるわけにもいかないからおばさんに頼るしかなくて」
「何度も言うが構わないさ、1つや2つの隠したい事もあるだろう...ハハ...」
そんなことを話しながら医務課の中へ入っていく二人。
「それじゃあよろしく」
アンダーウェアを脱ぎベッドへと放る。背中には下層でできた黒ずんだ跡が残っている。
「今のところ自分では前の検診と変わったと感じることないから何かに掛かってるとは思わないけど」
「変わった所が無いのであれば結構、健康体でなければ困るからな...ハハ...」
雑談のようなものを交えながら検診は続いていく。
「色ツキの時点で健康体かどうかはわかんないけどね。おばさんはさ、ここで働くのって楽しい?」
「楽しい…とは少し違うが興味が尽きないとは思っている」
突然の問いに少しばかり困惑されたのだろうか。でも自分は少しホッとしたところもある。下層の人からここで楽しんでるって言葉を聞かなくて済んだから。
「ふぅん、そっか。あ、あとさおばさん。検診終わったら傷薬やら包帯やら応急に使えそうなやつ欲しいんだけどいいかな」
「少量な、あまりに持ち出しすぎるとナズナ婦長から怪しまれる」
自分の仲間のために少しの備品をもらうこともできた。無論、用途は相手には伝えてないが、聞いてこないのが白亜局員の優しさなのか俺に興味がないかはわからない。
雑談や愚痴を交えつつ残りの検診が終わるのを俺は待った。

「それじゃあ、ありがとねおばさん。また次もよろしくー」
「次までにその呼び方をやめておけ そうすれば次も検診してやる」
こうして白亜局員に見送られながら医務課を後にする。
検診も無事終わり。これから下層にでも行くかと考えていたら姉ちゃんと出会した。

「夜月〜。夜月も定期検診?」
「まぁ、そうだけど。今終わったとこ」
「そっかー。じゃあ僕と一緒だ。またおばさんにみてもらってたの?」
「そうだよ。あの人じゃないとちょっとね」
「ナズナさんとかも面白いんだけどねー。まぁ夜月がおばさんって言ってる時のあの人も面白いからいいんだけどね」
色ツキであることを姉ちゃんにも隠しているから白亜局員にしか頼めないだけなんだが。姉ちゃんに色ツキであることを黙ってるのは少し心苦しいところもある。
「このあと誰かのところに遊びに行こっかなって思ってるところなんだけど一緒に来る?」
「いや、この後下層に行こうと思ってたから」
「相変わらず忙しそうにしてるねー。たまにはちゃんと息抜きしなよー?」
「姉ちゃんは息抜きしすぎなんだって。俺の方にもたまに姉ちゃんのこと止めてくれって言われるんだからさ」
「それは無理なご相談かなー?僕はやりたいようにやってるだけだから」
下層にいた頃は真面目だった姉ちゃんもここで再会してから変わっていた。そもそも僕ってなんだ。下層にいたころの姉ちゃんと今の姉ちゃんは似ても似つかない。姉ちゃんはここで一体何があったんだ。俺よりも真面目だったあの姉ちゃんが。
「本当姉ちゃんは変わったな」
「そーお?ここに来ても身長は変わらなかったけどねー」
「そういうことじゃなくって…まぁいいよ。俺は下層に行ってくるから。それじゃ」
呆れと悲しさから早くここから移動したかった。俯きながら歩き出す。
「夜月いってらっしゃい。私はそばにいるからね」
後ろから声が聞こえた。姉ちゃんの方を見ると笑って雨の結晶を見せてくれてる。少しだけあの頃に戻った気がして嬉しかった。姉ちゃんから見えてはないだろうが俺はネックレスにしている月の結晶を静かに握りしめた。
再び下層に向かう為に歩を進める。未来の下層を変える為に。これからの自由を手に入れる為に。

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