ANTIGRAVITY

「それじゃあ私は先に行ってくるよ。・・・無理だけはしないでね」
歩いていく一人の少女の後姿をただただ見ていた。
「・・・はぁ。またこの夢か・・・」
ただ雨が凌げるだけの廃屋で目を覚ました。今日は何をしようか、このくそみたいな世界をどう生き抜こうか、そんなことを考えても何も変わらないこの日常。まだ頭が冴えないが今日も聞こえてくる。怒号、悲鳴、叫喚。この世界が変わることはないんだろう。月の結晶を確認し雨の結晶に傷がついていないことを確認する。昨日も無事だったんだな、そんなことを考えながら一夜を過ごした廃屋を後にした。

まずは自分が今日を生きない限りはどうすることもできない。廃材を探しに向かう、ただそれだけをするだけでもこの世界では油断をしてはいけない。周りを見渡せば暴行、窃盗、恐喝そんなことがありふれている世界だ。廃材を探しそれを売りに行く。そしてそこで得た資金をもとにカジノで稼ぐこれが自分の日課だ。なんでこんな繰り返しの日課ですら気を張らなくてはいけないんだろうか。そんなことを思いいつもと変わらない”空”を見る。

あぁ、今日は疲れたな。でも運はよかった。なかなか大きな鉄骨が見つかった。あれがいい金になったな。カジノも調子が良かった。今日は稼いだ。あとは一夜を過ごせるところを探して休むだけだ。
それでなんで俺は地面に倒れてるんだ?頭が痛い。額に赤いものが垂れてきてる。鉄の味がする。
そうか、今日の調子が良かったから油断したのか。
体が軽い。襲われたんだから金はとられるよな。
寒い。そうか、雨を守るコートも取られたか。
眠い。疲れたからそりゃそうか。
どうでもいいやもう寝よう、目を閉じようとした。
『ジュアアア』そんな音が聞こえると同時に背中に激痛が走った。
熱い
痛い
苦しい
助けて
様々な感情が頭によぎる。
朦朧とする意識の中何があったのか確認しようとする。確認する必要はなかった。
音が聞こえてきた。
『ザァァァァァァッ』
そうか、雨か。上からくる悪魔の雨。”酸性雨”だ。
そうか雨にもうたれたか。何が運がいい日だ。本当にくそみたいな世界だ。
意識が切れそうになる。
死ぬんだろうな。そんな考えが自然と脳裏に浮かぶ。
「ごめんな・・・姉ちゃん」
意識が切れた

地面が固い。がやがやと声が聞こえる。死後の世界っていうのも静かに過ごせないのか。ゆっくりと目を開ける。
視界にはいつもの”空”が広がった。驚き俺は体を起こす。
「ッツ」体を動かすと様々なところから痛みが走る。なんだ、結局俺は生きてるのか。生きているという安心からか死ねなかったという残念という思いからか自然とため息がこぼれる。
「目を覚ましたか」声がした方に目を向ける。20代前半だろうかそんな感じの男が立っていた。雰囲気から下層の住民だろうとわかる。雰囲気以上に下層の住民と分かりやすいものが自然と目に入る。「色ツキ・・・」彼の額は変色し黒くなっている。あぁ、この人はあの雨にうたれてしまったのか。そんなことを思っていると彼の口が開く「お前もな」
そんなことはない。自分は昨日まで雨にうたれないように気を付けてきた。自分の体に目をやる。様々な場所に包帯がまかれている。そうか、昨日まではか。頭にもまかれている訪台に手を伸ばし。昨日の出来事を思い出す。
「思い出したようだな」
「そっか・・・俺もか・・・それであんたが俺を助けてくれたのか」
「それが俺たちの仕事だからな。とりあえずこれ食っとけ」
彼の手から差し出されたのはR&Mフーズ。高級食材だ。
「え?こんな高価なもの・・・」
「いいから食っとけ。食わないんなら俺が食うぞ」
いつぶりかわからない湯気が立つ食べ物を無我夢中に掻き込んだ。
「そんな急がずにゆっくり食えよ。誰も取りはしない」
「・・・うまいなぁ・・・」
食べ物に雨が落ちる。目からこぼれる、人間の雨が。
雨をぬぐい、ゆっくりと食事を続ける。

「落ち着いたか」
「恥ずかしいところを見せてしまったようで」
食事を終え落ち着いてきたところで彼と話をすることにする。
「それで俺を助けてくれたのはあんたなのか」
「俺ではないが・・・俺の仲間って言ったところかな」
「仲間?」
「細かいことは後で話す。俺らのことよりもまずはお前のことを聞かせてくれ」
こんな俺のことを助けてくれたんだ。俺はこの人のことを信じよう。俺は今までのことを言葉にした。これまで過ごしてきたこと、昨日の出来事。唯一つ、姉のことを除いて。助けてくれたとはいえ姉には迷惑をかけたくはない、ただそんな思いだけで。
「なるほどな。そっちが話したんだ。次は俺らの番だな。ついてきな」
彼は立ち上がり歩き出した。自分も痛む体に鞭を打ち必死についていく。
しばらく歩くとがやがやと声が聞こえてくる。何十人だろうか。それくらいの人がいるのを感じた。
「人だかり?」
「へぇ。お前耳がいいんだな。俺にはまださっぱり聞こえねえや」
彼は笑っている。そして続けた。
「そうだよ。俺たちは集団だ。反逆の狼煙を上げる集団だ」
何を言っているのかよくわからないまま俺はただついていく。
足を進めると集落のようなものが見えてきた。
「ようこそ。反撃の場へ」

彼に案内され、ついていく。ここにいる人たちを見ると半分ほどだろうか。色ツキらしき人がやたらと目に入る。
「ここにいるやつらはみんな上からの被害者だ」
彼が言う言葉の意味が何となくだが分かる。俺だってそうだ。
「望んでもないのに。生まれたときから痛みつけられ、泣き苦しみ、つらい思いを受けてきた」
よくわかる。
「そんな奴らの集まりだ」
そう言って建物の中に入るよう案内される。
「俺たちは色ツキ被害を減らすため中・上層企業の排除を目的としている」
実行部隊→中層上層企業のトップたちをさらう役目。1番危険でもある、護衛たちに見つかり反撃され負傷者死者が多く出る。色ツキの多くが志願するが感染症の可能性や体力の衰えがある為全員が入れるわけではない
拷問員→中層上層への見せしめ、下層民へのパフォーマンスを主に行っている。下層民から支持されやすい人、中層上層の民に直接手を下したい者がなるであろう。中層上層への怒り、憎しみを放しつつ、下層民を鼓舞する。生半可な者だと強い影響を与えることは難しい為少人数で選ばれたものがなる。
オーパーツ研究員、情報員→オーパーツの研究、中層上層企業の情報を得ることが主。下層民が中層上層に反撃するには生身では限界がある。そのため自分たちが1番近く強力な力を得る方法。オーパーツの使用である。オーパーツの解析を主として行うが上層企業のような設備がないため使用方法を間違うことも多い。企業の幹部クラスの情報を得る為に動くこともある。自らが表に立つことや危険な道を歩みたくないが何かしらの力になりたいと考えるものがつく。実行部隊にオーパーツの採取を命ずることもある。
中層、上層をつぶすのが俺たちだ。
これらのことを説明された。正直俺は彼の言葉を聞くにつれ強く惹かれていった。共感していった。
なんで俺が苦しんでるんだ。上のやつらはなんで俺たちのことを助けてくれないんだ。それなら俺がこの世界を変えてやる。そんな思いが生まれ強くなる。
今すぐにも俺も仲間に入れてほしいが、俺はまだ黙っていることがある。
「なぁ、実は俺・・・」
「どうした?」
上層の観測者に入りこの星を出たいそんなことを考えているということを彼に話した。と同時に銃口を額に突き付けられる。
「下層を裏切るのか?」
おかしくない。そう思われてもおかしくない。俺だってそう思う。だけど俺は今ここで殺されるためにそんなことを口にしたのではない。仲間になるやつにだましごとをしたくないだけだ。
「そんなつもりはない。下層を裏切るつもりもない。俺もあんたらの考えに近い。」
「その証拠は。どう信じろって」
「観測者で得た資金の9割を下層の子供に寄付をする。情報員として上層のことを調べてきてやる。そして実行員として観測者の役員クラスをさらってきてやる。一番上のやつは殺してやる。下層のために何度だってこの命は差し出してやるよ」
彼の目を真っすぐ見てそう告げる。
「・・・わかったよ。ただし少しでも裏切るような真似をするなら・・・わかってるな」
俺は静かにうなずいた。
「ほらこれを着な」
彼からコートを渡される。
「仲間の証だ。俺らはお前のために手を貸してやる。お前は下層のために手を貸せ。」
コートの袖に手を通す。

「ようこそANTIGRAVITYへ」

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