過去の産物

レジスタンスに入ってから一月ほどが経った。まだまだ慣れはしないが此処は良い。同じ思想を持った人たちが同じものを目指して一つになってる。そんな心落ち着く場所だ。まだ雑用程度しかできてないがこれから他のこともできるだろう。
寝床も準備してくれるらしいが自分は今までの生活も大事にしたい。だからその申し出は断り自分の家とは到底いえない寝床へと戻る。
視界の端に何かが動いたような気がした。動物だろうか。今日の食料になるかもしれないと思いその何か動いたであろうモノのところへ足を運ぶ。
「うっうぅ…」
人の声?慌ててそのモノのところへと駆け寄る。近付くと薄汚れた少女が横たわっている。酷くやつれている。
「おい?大丈夫か?」
「うぅ…」
ろくに返事も返せていない。このままにしておくわけにもいかないか。とりあえず寝床へ運ぶか。少女を慎重に背負う。本当に軽い。此処暫く食事も取っていないのか。
周りの大人たちはこの子のことなど見て見ぬふりをしている。相変わらずここの大人たちはロクでもない奴らしかいない。

雨が凌げるだけの寝床へと着いた。休ませるには良いところとは言えないが路上よりかはマシだろう。レジスタンスから貰えた今日の食料を食わせてあげたい。けれど調理器具なんてあるわけもなし、自力で食べられる様子もなし。噛んで細かくしたものを水とともに少女に飲ませる。
「あとは…しょうがないな……」
自分の毛布に少女を包ませる。今日は飯抜きで毛布なしか。目が覚めた時に少しでも良くなってると良いんだが。明日のために自分も寝ないといけない。
毛布がないとやはり寒いな。

目が覚めた。やはり毛布がないと夜はきついな。少女の様子はどうだろうか。少女の顔を覗き込む。昨日よりかは落ち着いたか少しだけ顔色も良さそうだ。疲れてたのか寝息もたててよく眠ってる。日課の鉄屑でも漁りに行きたいがここを離れるわけにもいかないか。もう少しだけ眠るとしよう。
「…の………せん…」
薄らと声が聞こえる。あと体を揺すられてるのか。
「……ん」
「あの…すみません」
声のする方へと目を向ける。そこにはさっきまで寝ていた少女の顔があった。
「あぁ…起きたか。体の方はどう?」
「あ…え…だ、だいじょうぶです」
「なんであんなとこいたの?」
「家族と離れて…何日か歩いてたら疲れて…そこからは記憶がなくて」
「その家族は?」
彼女は首を振る。
「ここからどこか行く場所は?」
また首を振る。
これ以上はあまり聞かない方がいいか。
「じゃあ最後に自分の名前と歳は?」
「ロイ、シュタルケ。10歳」
10歳にしては割としっかりしているなと感じた。それはそれとして目が覚めたならこれから動けるな。
「それじゃ俺はこれから出るからお前はここでゆっくり休んでな。こんなとこ外に出てもろくなことにならないしゆっくり体休ませとけな?」
そう告げ寝床を後にしようとした時また声をかけられた。
「あ、その…名前は?」
「夜月。それじゃあまたあとでな」

アンチグラビティにて今日の分の雑用を終え、食事の供給も貰い帰る。いつも通りを過ごす予定だったが。
「なぁ、飯なんだけど、ほんの少しでいいから多く貰えないかな」
「なんだ?いつも通りの量だが、何かあったのか?」
「あっ、その犬を拾って」
「……ふーん。今回だけは多めに見てやるが次からはないからな。さっさと捨てろ」
「わかってるよ。昨日はその犬に飯やって俺食えてないんだよ」
「わかったからさっさと帰れ。また明日な」
「ん。悪いな。また明日」
食事を多くもらうことができた。にしてももう少しまともな嘘は出なかったのか俺は。とっさに出た嘘に自分自身呆れ、もう少しまともな嘘がつけるようになろうと思いながら帰路につく。

「ほら、今日の飯。かといってこれから毎日俺から飯を出すわけにもいかないから、明日からは自分で飯を食えるように俺と一緒に稼いでもらうからな。」
「はい…いただきます」
「それと今日はその毛布使っていいからな」
「・・・美味しくない」
「わがまま言うな。今までどうやって凌いできたんだか・・・。これからは自分の身は自分で守る、稼ぐ。わかった?」
「は~い・・・」
苦い顔をしながら食べている姿を見て、この子は今までどうやって過ごしてきたのか、家族はどうしたのか、いろいろ聞きたいことはあるが聞く勇気もない。あの時俺も助けられたように今この子を助けたいと思いから動いているのか、自分でもよくわからないが、ほっとくわけにもいかないという思いだけで今は面倒を見ることにしよう。
次の日、いつものように換金用の鉄くずを探しに行く。そこにロイもつれていく。重い重いと言いながらも懸命に探している。二人で探したおかげかそこそこの量の鉄くずを手に入れ換金できた。かといって換金して得れるお金は多くない。ここからカジノで稼ぐのだが、流石にギャンブルを託す勇気はない。多く勝ちすぎると目を付けられないため程々に勝つようにはしていたが、今日はいつもより多めに勝った。そこで得たお金をロイの分の食料と毛布を買うことにした。
正直姉ちゃんと過ごしていた日々を少しだけ思い出した。
「今日の夜からはそれを使えな?」
「はい…!」
大事そうに毛布を持っている姿を見て少し頬が緩んでしまった。

そんな生活を暫く送り、姉ちゃんは俺の面倒見るときこんな感じだったのかなどと考えながらロイのことを妹のように見るようになっていった。
「それじゃあ俺は出ていくから。お前は待ってろよな。一人で出歩くなよ」
「いい加減に名前で呼んでってば…あ、それとちょっと待って」
最初は敬語だったのも今ではすっかり敬語でなくなってしまった。これは懐かれたのか舐められたのかいったいどっちなんだかなどと思っているとロイが何かを手渡してきた。
「はい。だいぶ髪がぼさついてるからこれでまとめたら?」
渡されたのはヘアピンだった。
「こんな女がするようなやつ俺に似合うわけないだろ」
「おめかしは大事だよ?ほら夜月つけてみてよ」
はやくはやくと急かしてくる。しょうがないなとため息を一つついてヘアピンを髪につけた。
「ちゃんと似合ってるよ。ほら行かないとだめなんでしょ?いってらっしゃい」
背中をぐいぐいと押されながら寝床を後にする。
「わかったわかったいってくるよ」

「それじゃあ今日はある人物を探してもらいたい。あ、夜月。お前も今日はこっちにこい」
「わかりました」
珍しく今日は自分も会議の方に参加が命じられた。
「名前はロイ=シュタルケ。中層の名家の娘だ。この家は元々工場を営む家であった。しかし工場は経営難へとなり工場は現在封鎖。家族はバラバラになったそうだが、最近娘であるロイ=シュタルケの姿が下層で見たという情報が入った。ロイ=シュタルケを探しシュタルケ一家及び中層上層への見せしめとする予定である。工場によって色ツキ被害が出たことは言うまでもない。関係者が下層にいるのであれば好都合だ」
ロイ…シュタルケ?
「元々シュタルケ一家はリストに入っており実行部隊を向かわせたこともあったが、それが気付かれていたのか、中層を探られると思ったのか、どういう経緯で下層へ逃がしたかわからんが、可哀想なことをする家族だ。これがロイ=シュタルケの資料だ」
そしてその人物の顔写真が配られた。

ロイだ

会議が終わりすぐに寝床へと向かった。全力で走った。
「お前…どこ出身だ?!」
息を切らしながらロイに問いかける。
「え?な、なに?かえって来て早々…中層だけど…?」
やっぱり。時々感性が自分と違うと思ったがそういうことだったか。
「出てけ」
「え?な、なに?」
「今すぐここから出ろ!そして俺の前にもう現れるな!」
「や、夜月?急にどうしたの?」
「いいから!今すぐにで」
「何声を荒げてるのさ。夜月」
後から声がかかり振り向いた。そこにはアンチグラビティの仲間が数人立っていた。
「慌ててたから何かと思って追いかけたら、そうか既に保護してくれてたのか。」
「あ、いや、その」
「え?夜月?なに?どうしたの?その人たちは誰?」
「じゃあその子をそっちへ」
渡したらロイがどうなるか知っている。あの酸性雨だ。どうすればいい。ロイと過ごした日々が脳裏に浮かぶ。酸性雨にあたったあの日の自分の姿が脳裏に浮かぶ。
「「夜月?」」
二方向から声をかけられる。こんなときどうしたらいいんだ。

「お前はどの層の仲間だ?」
仲間から声がかけられる。目を瞑り大きく一つ息を吐く。そういえば初めて名前で呼ぶか。
「ロイ。お前はどこの層の人間だ?」
「え?だから中層だよ」

仲間に背を向ける。ロイを静かに抱きかかえる。
寝床に背を向ける。ロイを自分の体から離す。
ロイの体が仲間の方へ渡った。

「やつき…!」
ロイが伸ばした手が髪に触れる。つけてたヘアピンが落ちた。
ヘアピンには目もくれずロイの方を見つめる。何を言うこともなく。
ロイは仲間に連れられ俺から離れていく。俺を呼ぶ声も仲間の穂が進むたびに遠くなる。そして聞こえなくなった。
落ちたヘアピンを取ろうと屈んだ時に声をかけられた。
「夜月。お前は明日から実行部隊の方で行動しろ。今日はご苦労だったな。これからも仲間のために頼むな」
「・・・はい」
落ちたヘアピンを手に取り髪につけた。
そのまま寝床で休むことにした。いったいどれだけの時間をボーっと過ごしたのか。あたりが暗くなり寒くなってきた。毛布に包まろう。この毛布小さいな。ロイの毛布か。ロイの毛布に包まりながら「仲間のためだ。下層のためだ。」とただただひたすらに自分に言い聞かせた。


数年がたった。
今ではアンチグラビティに所属しながらも観測者に潜入という形でいる。観測者ラボ内をふらついていると一冊の本を見つけた。
「日記?」
その本を手に取った。本の持ち主は3期生異常生態課所属のエルシィ・ハイデルベルクのものだ。日記に目を通す。
名家・・・?家消滅・・・?下層暮らし・・・?
日記を手から離しヘアピンへと手が伸びる。
「…日記落としちゃった…どこだろう…?あ、夜月さん。どうしたんですか?」
この声はエルシィか。日記を探しに来たんだろう。
ヘアピンへと伸ばした手を止め日記をひろいエルシィの方に向ける。
「あ、いや。これ見つけて。エルシィのであってる?」
「はい、私のですが………拾ってくれたんですね。ありがとうございます。中身、見てないですか」
怪訝な目を向けられる。こんな内容の日記だ。読まれていい気分のするものではないだろう。
「日記開いててさ。見るつもりはなかったんだけどつい目にはいちゃって少しだけ見ちゃったんだ」
全て正直に言う必要もなし、多少の嘘を入れて返すことにしよう。
「そうですか。それなら仕方ないですね…このことは口外無用でお願いします。…何かあったら、先輩でも容赦しませんからね?」
「大丈夫だって。わざわざ言わないから。エルシィこそ大事なものならちゃんと管理しときなよ?」
日記をエルシィへと渡す。
「こんなとこにいつまでもいないでそれ、ちゃんと戻しといたほうがいいんじゃないの?」
「…すみません。拾ってくださりありがとうございました。それでは、また」
部屋を後にするエルシィの後姿を見とあの少女の姿を重ねてしまった。
「……ロイ」

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