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初音ミクのライブは本当に面白いのか確かめてきた話

初めて初音ミクのライブというものを観に行った。

まずはそこに至るまでの経緯を説明する。

■長年の素朴な疑問

私はボカロ曲を聴くことこそあるが、思い入れはさほど持っていない。とはいえ歌声合成という技術そのものには関心があるし、人々の創作の輪が拡がってここまでの一大ムーブメントを巻き起こした事実は素晴らしいことだと思っている。

それでも一つ分からないことがあった。初音ミクなどの歌声合成キャラクターによるライブイベントというのは、端的に言えば「事前に作成された映像を投影するだけ」のもの。

「ただの映像なんか観に行って何が面白いんだよwww」

とまでは言わない。しかし、思い入れを強く持っている人達は本当にああいう投影ライブを心の底から楽しめているのか、長年の率直な疑問だったのだ。


およそ一年ほど前のこと。

どういう経緯だったかは覚えていないが、YouTubeでとある動画が目に入ってきた。初音ミク『マジカルミライ2019』のダイジェスト映像だ。

「ふ~ん、どんだけ面白いか観てやろうじゃないの」

私は謎の上から目線でその動画を再生した。

「…マジかよ、すごい面白そうじゃん」

熱い手のひら返しである。何がどう面白いと思ったのかを話し出すと長くなるので割愛するが、何はともあれ一度は実際に観に行かないと後悔するような気がした。

ここまでが事の経緯だ。


全世界で疫病が蔓延し、あらゆるジャンルのイベントが中止に追い込まれた2020年だが、そんな中でも『マジカルミライ2020』は無事に開催された。このイベントで初音ミクたちバーチャルシンガーのライブを初めて観た私が感じたことを書き連ねていく。

■開演早々

いきなり余談だが、今年は感染症対策で客席定員を50%に削減するため一席おきが空席だった。逆に去年までは相当ギチギチに詰め込まれていたことが座席の間隔で察することができる。正直なところ、来たのが今年で良かったと思った。


ライブが始まった。1曲目「太陽系デスコ」と共に初音ミクが姿を現す。周囲の観客のボルテージは一気に最高潮だ。しかし私は思わず「あれ?」と首をかしげた。音響がとても悪いのだ。バンドの生演奏が爆音なことも相まって歌詞はほぼ聞き取れない。13曲目「初音ミクの激唱」なんかは申し訳ないが騒音にしか聞こえなかった。当然これは会場の音響性能に左右される問題なのでやむを得ないのかもしれないが。

■リアルとバーチャル

それはそうと、評判通りステージに映し出されるキャラクターの実在感は想像以上だ。やはり「ただの映像」などと侮ってはいけない。きっと投影技術も年々進化を遂げているのだろう。

しかし、キャラクターの周りは常に暗黒で物寂しいことが気になる。いかにもスクリーンに映してるだけですよといった感じだ。せっかくステージ自体が「ただの映像」なのだから、バーチャルならではの派手な演出をした方が逆に会場との一体感は強まるのではないかと以前から思っていた。なので、あのステージは我々の居る客席と別の次元なんだなという感覚をどうしても捨てきれない。


前言撤回だ。3曲目の「YY」でいきなりミクのモデルの種類が変わる違和感はこの際どうでもいい。この曲ではステージ側から客席を映した映像にミクの後ろ姿をAR合成したものがサイドスクリーンに映されていた。今年から取り入れた新しい演出らしい。

「そうそう、こういうのが観たかったんだよ!」

最新技術の演出が先ほどまで感じていた物足りなさをうまく補ってくれる。ステージで踊るミクの姿が別次元の光景に見えていたのは私の勘違いだったらしい。初音ミクは間違いなくあのステージ上に、我々と同じ空間に居るんだと納得させられてしまった。


恐れ入った。4曲目の「シャボン」ではバーチャルとは真逆の完全なる物理的な手法で次元の壁を打ち破ってくれた。

会場中にシャボン玉が舞い、その向こうで華麗な衣装を纏ったミクが歌う。

大体願ったステージで
好きに歌ってたいだけ
何も傷付きたくないから
貴方の歌声で僕を救って
もうバイ菌は水に流すんだ

そもそもさっきから「バーチャル」の概念に囚われすぎだったかもしれない。人々が未知のウイルスに翻弄され不自由な生活を強いられた2020年。それは実体を持たないバーチャルシンガーにとっても同じだ。彼ら彼女らだって人間がいなければ何もできないのだから。

そんな年のライブでこの曲が選ばれた事実と、リアル空間でのシャボン玉演出。その意味を個人的な解釈で理解したときには鳥肌が立った。

■込められたメッセージ

いろいろ深く考えるのは馬鹿らしい事に気付いたので、もっと会場全体の光景を眺めながら曲をちゃんと聴くことにした。

照明の演出とステージ周囲のスクリーンに映し出される映像がとても良い。特に印象的だったのが7曲目の楽曲コンテストグランプリ受賞作品「まるいうなばら」だ。歌詞の世界観をスクリーンの映像が忠実に再現していた。

私だけの世界を作ろう 歪でもいい一つだけのモノを
浮かべた紙の船はこの海に溶けていく

このライブはただオタク達が画面の向こうの初音ミクに熱狂するくだらないお遊戯会などではない。初音ミクによって造り上げられてきた創作文化を体感し、そこからまた創作の輪が拡がるきっかけになってほしいというのがマジカルミライの趣旨だ。こんなメッセージを込めたライブなんて実在のアーティストではそうそう無いだろう。


15曲目「セカイ」も込められているメッセージは似ている。この曲は今年配信が始まったスマホゲーム『プロジェクトセカイ』のテーマソングだが、ゲームとの関わりを抜きにしても、この曲は2020年のベストオブベストだと私は思っている。

どんな分野においても大成できる人などごくわずかだ。毎日多くの期待の星がその世界に飛び込んでは夢破れて消えていく。けれど、最初の一歩を踏み出さなければなにも始まらないし、その連鎖が続くからこそ文化は発展する。

キミと見たいセカイへ

ステージのミクが客席の「キミ」に向けて歌う。新しい世界への入り口はいつでも開かれているのだ。

■勿体なかった

基本的にステージ上のキャラクターは曲が終わると一旦完全に姿を消し、次の曲で再び表れる。技術的に難しい部分もあるのだろうが、どうも一つのライブとしての繋がりが欠ける気がした。ただし一部では曲の合間にMCを挟んだり、突然消えるのではなく舞台袖に歩いて下がっていくような工夫があったのは良かった。

今年は感染防止のため歓声がNG。そのことを意図して製作されたのだろうか、10曲目のMEIKO 15th Anniversaryテーマソング「きみとぼくのレゾナンス」には手拍子パートが挿入されている。今年のライブにはピッタリの曲だ。しかし観客のほとんどは両手にペンライトを持っているため聞こえてくる手拍子はまばらだった。ここは少し勿体なかったなと感じる。

■マジカルミライ

アンコール代わりの幕間BGMが終わるとそこに表れたのは2020年衣装の雪ミク。マジカルミライに雪ミクが登場するのは初めてらしい。

17曲目、SNOW MIKU 2020のテーマソング「ぽかぽかの星」。

私はボカロ曲にそこまでの思い入れがない。だからライブ中も演出や構成のほうに気が散りがちだった。でもこの曲ではそうもいかなかった。

雪ミクは椅子に腰掛けながら、ささやくような声で語りかける。

美しいのさ笑うも泣くもその全てを
振り返るのは今日くらいだから贈るよ

そして曲のラストでは雪を模した何かが会場中に舞い降りた。ペンライトの光が揺れる。

あまりにも幻想的な4分間のできごとだった。


最後の曲はマジカルミライ2020テーマソング「愛されなくても君がいる」。ミクの振り付けをペンライトで真似する人が大勢いて思わず笑ってしまった。

愛されなくてもいいよ 君が望んだら
今日も 明日も 初音ミクでいられるの!


約一時間半のライブが幕を下ろした。

この記事のタイトルは「初音ミクのライブは本当に面白いのか確かめてきた話」だが、じゃあ実際どうだったかと聞かれると「面白かった」というのは何か違う気がする。

では何て言い表せば良いのだろう。色々考えたが、結果この一言に尽きる。

「初音ミクのライブだった」


初音ミクのライブに行ったことがないと、そもそもそれはライブとして成立するのかという疑問を持つ。だってただの映像なんでしょ?と。

そう、初音ミクは実体を持たない。所詮ただの映像。だから会場の雰囲気に合わせた臨機応変なパフォーマンスもできない。なんて子供騙しなお遊びなんだ。

なのに観客は皆全力でペンライトを振る。映像が臨機応変に動けないならと自分たちの方から映像に合わせる。子供騙しな事など百も承知の上、本気で初音ミクに会いたいと思ってこの場に来ているからだろう。

私が座った席はPAやカメラが配置されたエリアのすぐ近くで、そこにはプロデューサーを務める関本亮二氏の姿も見えた。関本氏は公演中も会場内のあちこちに移動して演出の具合などを確かめているようだった。最高のライブをファンに届けるため、どれだけの苦労を重ねてきたのかは計り知れない。ライブを創る側ももちろん本気だ。

本気のパフォーマンスで観客を沸かせたバンドメンバーも、映像の代わりに場の雰囲気をうまくコントロールする重要な役割を果たしている。

そして何よりも、これまで創作のバトンを繋ぎ続けてきたクリエイターの存在がなければ…


誰もが本気で、この文化を愛し、未来まで繋げていきたいと願っている。

だから初音ミクはステージに表れてくれる。

ただの映像なのは事実。だけどそこには数多の人の想いが詰まっている。

目の前に広がる光景は紛れもなく「初音ミク」のライブだった。

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