見出し画像

牛乳も豆乳も入れずただ人参と玉ねぎを蒸し煮しただけのポタージュがおいしい

小学1年生か2年生かそこらのある冬の夜のことだ。
その日は珍しく、大粒の雪が降っていて、わたしと弟はふたりきりで遭難していた。

いや、ふたりきりではなく両親の友人であるおじさんも付き添っていたという話もある。すべてが曖昧な記憶のなかで、覚えているのはいつもにまして、なんの音もしない静かな静かな夜だったということと、にんじんポタージュのこと。

がんばって歩いておじさんちに着いて、そしたらお父さんが迎えに行く、家に帰ったらあったかいにんじんポタージュを飲もうよと、父が電話先で言っていた。

目が覚めるようなオレンジ色、銀色の鍋のなかでたぷたぷと揺れる、素朴な甘さのにんじんポタージュ。料理上手な父のレパートリーの中でも特にお気に入りの一品だ。

今まで経験したことのないような大雪の夜の中、子どもの足で1時間歩いておじさんちを目指す、それはもう絵本の中の出来事のような、まさしく大冒険だった。大冒険を遂げた先ににんじんポタージュがあった。

なんでそんな大冒険をすることになったのか、最後ににんじんポタージュを飲めたのか、なにも覚えていない。

ただ人参と玉ねぎをごろごろと切って鍋に入れ、少しの塩と水で蒸し煮してブレンダーで潰しただけの簡単なポタージュ。父はたしか余ったお米もいっしょに煮てとろみをつけていた。

最近のわたしはお米も牛乳も豆乳も入れず、電話先で励まし安心させようとする父の声、寒さを紛らわすためのおしゃべりがぜんぶ夜の雪に吸い込まれていくのがドキドキして楽しくて少しこわかったこと、思い出の断片を浮かべてにんじんポタージュを飲む。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?