どっちがいいわけではなく


「えぇ、お願いします。オーシャンビューで。
息子夫婦と孫2人と、同じ部屋に泊まれるかしら?」

病院の待合室に響くご婦人の声。
電話で誰かと話している。

膝丈スカートにハイヒール。
露わにされた生脚は、適度に引き締まっており
グレーヘアから推定される年齢とは結びつかないものだった。
60代半ばといったところだろうか。

世間は夏休み真っ最中。海の見えるホテルで、孫と避暑でもするのだろう。

【携帯電話の通話はお控えください】
イラスト入りで示された
手作りのポスターを見つめながら聞いていた。

「まさかマウイが火事になるなんて、ねぇ。」

ご婦人の旅先は、ハワイなのだ。

「まぁホノルルにとれたならよかった。
アメックスのカードだけあればいいかしら。」

火事の被害者を悼むことはおろか
自分の声のボリュームひとつ頭にない。

この人とは、同じことで
苦しんだり泣いたり喜んだりできないだろうと思いながら聞いていた。

「息子はいまアメリカにいるから、合流は現地なの。」

化粧水で顔が荒れ
すがる思いで病院に来た自分と
これからハワイへ向かうご婦人。
(しかも息子は海外在住。)

うまれ落ちた星が、あまりに違くて
ちょっと笑ってしまった2023年夏のこと。

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