見出し画像

【声劇台本】林檎、落ちる先は。【男1:女:1】【約60分~台本】

  • 【利用規約】

  •  この声劇台本には設定上、直接的ではありませんが「児童虐待」を想起させる描写があります。もしフラッシュバックなど、トラウマを感じる恐れのある方はここで閲覧を止めて下さい。

  • 声劇として使用する際のご連絡は不要です。

  • 投げ銭や換金可能なアイテムが使用できるアプリでの声劇使用も禁止しません。ご自由にお使い下さい。チケット販売等を介した公演・配信で使用したい場合は、一度こちらまで(https://twitter.com/3p98_seigeki)ご相談下さい。(その際も使用料などは請求いたしませんが、万が一、何か問題があった際の責任者の所在を明確にする為です)

  • 声劇での配信時は、可能であれば下記を表示して下さい。もし、アプリなどの仕様でそれが難しい場合は無くても大丈夫です。

  • 役の性別を変更して演じるのは、台本を元に独自に作品を変更することにあたるので、もしそうしたい場合は、「原作者」とは別に「翻案者」をあわせて記載することをおすすめします。───役の性別を変更しないのであれば、演者の性別は問いません。読み合わせや一人読みと同じようなものとお考えください。

作者名:3パック98円冷奴
タイトル:「林檎、落ちる先は。」
台本URL:https://note.com/3p98_seigeki/n/nf92e1fd29fb2

【概要】
ファミリーレストランの一席で向き合う、中年男性とまだ高校生とおぼしき少女。近況報告と想い出話の中で、複雑な二人の関係が浮き彫りになっていく。そして、二人の選択は。

【配役】
大地:♂(だいち)30代~40代の中年男性。独身。「大ちゃん」と呼ばれる。真理(まり)という女性と長く付き合っているが結婚はしていない。
林檎:♀(りんご)16~18歳の女子高校生。児童養護施設に暮らしている。
 香(かおり)という実母がいる。
 かおりは上記の真理まりの妹。
 真理まりからすると林檎りんごは姪っ子にあたる。

◯で始まる記述はト書きです。
役名の後に(M)とある記述はモノローグになります。

以下本編

◯ファミリーレストラン
 日曜日の夕方。家族連れでにぎわう店内の4人がけのテーブルに中年男性が一人座っている。
 そこに後から入店して来た、部活帰りを思わせる少女が歩み寄る。

林檎:大ちゃん、ごめんお待たせ。久しぶり。

 ◯少女、ギターケースとカバンを置き、男が待つ席に座る。

大地:おぅ……久しぶり、林檎。
林檎:はぁ~、喉乾いちゃった。ねえ、ドリンクバー頼んでいい?
大地:ああ、頼んどくから取ってきな。───ポテトもいるか?
林檎:うん!───大ちゃんは?
大地:じゃあ、コーヒー。
林檎:おけ

 ◯林檎、ドリンクバーコーナーへと立つ

大地:(M)久しぶりに見た林檎は、すっかり垢抜あかぬけていた。
 俺の記憶の中のあの子は、雑に切りそろえられたくせっ毛の髪。アトピーで荒れ、赤みの残る頬。かさぶただらけの手足。低い鼻に、厚みのあるまぶたが、幼さを感じさせる、そんな女の子だった。

林檎:ただいま~。はい、大ちゃんコーヒー。
大地:ん、ありがと。

 ◯少女、マスクを外して、ドリンクをごくごくと飲む。

林檎:っはぁ~~~。あ、メニュー見ていい?
大地:……腹減ってんなら、好きなの頼みな。
林檎:うん、洋食に飢えてるんだよね~。施設じゃあんま出ないからさ。
大地:ああ、ボロネーゼもあるぞ?
林檎:あは、よく覚えてんね。そうしようかな~
 ……あ!チーズハンバーグも食べたい。
 ん~でもこっちのホイルの包み焼きハンバーグも美味しそう。
大地:……じゃあ両方頼んだらいい。食べきれない方は俺が食べるから。
林檎:いいの?じゃあそうする!

 ◯男、少女の顔をため息混じりに眺める

林檎:?何?顔になんか付いてる?

大地:や……別に、そうじゃなくて……その。
林檎:ああ、メイク?へへ、似合う?
大地:上手いもんだな。今どきの女子高生って感じ。
林檎:んふふ、研究してるからね。
大地:……目は?それ…なんかしてんのか?
林檎:アイプチ。
 ───ホントは整形したい。
大地:…………別に二重ふたえにこだわらなくてもいいだろ。
林檎:いやだ。こっちの方が可愛いでしょ?
大地:───どっちがとかないだろ。
 女の子は成長で、顔なんかどんどん変わるよ。
林檎:そんな先のこと言われても、今がブスだったら嫌なの!
大地:林檎は別にブスじゃないだろ。
林檎:ブスだよ。他の子は、みんな可愛いんだもん。
大地:そんなことないと思うけどな。

林檎:は~~、私なんかさ~もう、おばさんだよ~~。
大地:……いや、高校生がもう「おばさん」とか言うなよ。
 ───髪も、肌だってずいぶんキレイになった。
林檎:……んー、薄いベースで隠してるけど、アトピーはまだあるよ。昔よりマシになったけど。
大地:…………そっか、良かったな。……良かった。

林檎:高校生がおばさんって言っちゃ駄目なら、大ちゃんは?今いくつ?
大地:んー……◯歳(お好きな年齢を適当にどうぞ)……?かな。
 ……もう自分の歳も誕生日も、どうでも良くなってきた。
林檎:───え、もうそんないってんの……?
 わあ、見えない見えない!全然若いよ。
大地:そうやって「歳の割に若い」って言われる時点で若くないんだって。……でもまあ、歳の割に苦労してないからだろうな。世帯(しょたい)も持ってないし、好きなことばっかやってるし。
 同年代の同級生なんか、すっかりお父さんお母さんやってて、久しぶりに会うとみんな老けててびっくりする。
林檎:……ウチのママとそんな変わらないもんね。ママの方が歳上に見えるよ。
大地:…………林檎のママは、香さんは……色々苦労してるからな。
 それに女の人は子供産むと、それだけ栄養持っていかれるから身体に出るんだってよ。骨粗こつそしょうしょうとかなりやすいんだって。
林檎:大ちゃん、何でも物知りだね~。いつも私が知らないこと言う。
大地:……そのうち、林檎たちの方が、何でも詳しくなっていくよ。
 流行りだってなんだって。
 これからは林檎たち若者の時代だ。大人んなれば色々自由にもなる。
林檎:大人かぁ───…………なりたくないな……。

林檎:(M)無意識に、肘の内側の柔らかい皮膚に爪を立てる。掻きむしって薄くかさぶたになった皮下ひかに、ピンク色の血がにじむ。
 私の、いつもの癖だ。

大地:───林檎、あんまりかくな、血が出る。
林檎:あーね?見えないとこはまだ、こんな。
 アトピー残ってるよ。乾燥肌だし、敏感肌だし、夜なんかお風呂上がりにローションないと駄目。かゆくて眠れない。
 あ、だからこないだ買って送ってくれた奴も、すぐ無くなっちゃう。
大地:……じゃあ帰りにドラッグストア寄るか。
林檎:いいの?やった!……コスメも欲しいのあるんだけど……、あとシャンプーと、柔軟剤じゅうなんざい!香りの良いやつがあってさぁ。
大地:いいよ。そのつもりで言ってるんだろ。

 ああ───施設って……お風呂は入れる日決まってるんだっけ?
林檎:今の施設は、毎日でも自由に入れる。でも時間は決まってるから、私はほとんどシャワーで済ませちゃうけどね。
大地:そっか……昔いた、母子寮ぼしりょうよりは、しっかりしてんだな。
 あの頃は……ハウスダストとか……ストレスもあったんだろうな。
林檎:……うん。中学までは相部屋だったし、規則も厳しかったけど、高校に上がったら個室になったしね。結構、自由にさせてくれる。
 こうやって、部活帰りにそのまま外出してても許可とか要らないし。
 今は門限も結構ゆるいよ。

大地:…………───ご飯はちゃんと食ってるか?
林檎:(笑う)
 大ちゃん、会うたびに言うよね。お腹空いてないかー?って。
大地:まあ、林檎はよく食べるからな。
 ───グミを……よく買ったっけな。あとポテト。
林檎:今でも好きだよ。カバンにいつもグミは入ってるね。
大地:……あと枝豆と、からあげと……ふン、居酒屋のメニューが好物の幼児だったもんな。
林檎:しょうがないよ、ママと「あの人」が行くの、居酒屋とかカラオケとか、そんなとこばっかりだったもん。
大地:…………だよな。

林檎:(M)しばし、沈黙。グラスのドリンクを無言で飲む。

 猫型の配膳はいぜんロボットが、可愛らしい音を立てながら注文した料理をのせて、テーブルの横にやってきた。
 それを見た大ちゃんが少し微笑む。
 大ちゃんは笑うと、目がとても優しくなる。元々、穏やかな顔だけど。
 男の人なのに、実は可愛いものが好き。ちょっと変わってる。

大地:ゆっくり食えよ。
林檎:うん!いただきまーす。

大地:(M)長く伸びた髪を器用に後ろでまとめると、目の前のボロネーゼをほおばる林檎。あの、くせっ毛だった髪は、店内の照明に照らされて、天使の輪ができるほどキレイになった。
 林檎が幼児の頃、頭をでて林檎の髪に触れた時。子供特有の細いしなやかさに驚いたのを、俺は今もまだ、覚えている。

林檎:……んむ……ン、───食べてるとこじっと見られてると食べにくい。

大地:───あ、ごめん。……美味しそうに食べるなと思って。
林檎:美味しいもん。大ちゃんもこっち半分食べてよ?
大地:ああ。───いただきます。

 ◯(間)

林檎:はぁ~~。お腹いっぱい。
大地:……食ったなぁ。
林檎:でも、デザートはまだイケる。
大地:マジか!…………まあ、好きなの頼め。

大地:(M)周囲の家族連れに何気なく目をやる。
 はたから見たら、俺たち二人はどう見えるんだろう。
 ───親子?それならいいが。
 少しばかりの後ろめたさがにじむ。

林檎:───今日は、急に連絡してごめんね。忙しかった?
大地:ああ、ちょっとびっくりした。
 林檎から俺に、直に連絡なんて今までなかったから。

 …………正直、二人だけで会うのは、困る。
 なんで良くないのかは、分かるな?

林檎:……うん。大ちゃんならそう言うだろーね。
 でもお姉は、仕事だって分かってたし。

大地:───「どっかに逃げたい」なんて。
 あんなメッセージだけの一文、真理まりさん見たら心配するからな?

林檎:お姉ならきっと、すごい怒ると思う。
 「大ちゃんじゃなくて、なんでまず私に連絡しないの!」とか。
大地:……そうかもな。
林檎:電話でも良かったけど。
 大ちゃんなら、会って話聞いてくれると思って。

大地:…………真理さんには、林檎に会ったこと、別に隠さないからな?
 ───ていうか、隠しても多分バレる。
林檎:大ちゃん、嘘下手だもんね。
大地:そう、すぐ顔に出るらしいからな。
 ───女性の前で、男が嘘なんかつくもんじゃない。
 いや───男も女も関係なく、嘘に良いことないんだよ。

林檎:……大ちゃんは嘘が下手っていうか
 ……嘘が嫌いなんだよね。

大地:…………だって、めんどくさいだろ?
 どんなに小さな、しょうもない嘘でも。
 ひとつ嘘をつけば、その嘘をつき通すには、また嘘を重ねなきゃいけない。嘘がバレたら、余計に怒られるだけじゃない。
 信用も失う。

 ───嘘をつくのが好きな奴なんか、ろくでもないだろ。

林檎:じゃ、私、ろくでもないね。
大地:…………林檎だって好きなわけじゃないだろ。嘘が。

林檎:どうなんだろう?
 
虚言癖きょげんへきっていうのかな。クセなんだよね。
 めんどくさくなると、すぐ嘘でごまかしちゃうんだ。
大地:……ああ、つかなくてもいい嘘をつくよな。子供は。
林檎:───あ、何を思い出したか分かった!中学のアレでしょ!
大地:(笑う)担任の先生と、真理さんの前で、やってもない提出物をやったって言って、そんな嘘すぐバレて、先生に泣かれたんだっけ。
 「何でそんな嘘ばかりつくの!?」───ってな。
 真理さんから聞かされて、笑っちゃったよ。

  ───やってません、ごめんなさい。って正直に言えばいいし。
 それすら言いたくないなら、何も言わなきゃ良いんだよ。
林檎:黙ってたら、何で黙ってるの!って怒るじゃん、みんな……。
 何も言わないってことは、やってないんだろ!
 都合が悪いんだろ!ってなるでしょ。
 それに「何で」できなかったのか理由があったって「言い訳するな」って怒られる。
大地:……世の中にはさ、黙秘権もくひけんってもんがある。
 発言が自分にとって不利になることは、黙秘もくひする権利を行使こうししてもいいんだ。

 提出物はできなかった。それは動かせない事実だ。
 
 だけどそこで嘘を付けば、偽証罪ぎしょうざいって罪になる。

 言いたくないことは「言いたくありません」で良いんだよ。
 評価は下がるだろうし、内申書にも響くかもしれない。
 でも、それだけだ。

林檎:…………大ちゃんの言う事はいつも難しいよ。
 だから私まで理屈っぽくなっちゃうじゃん。
大地:………そっか、そうだな。すまん。
 
 ───でもまあ、生徒の話も事情も聞かずに、頭っから感情で怒る先生にも問題はあるよな。俺も苦手なタイプだ。
林檎:悪い先生じゃなかったけど、あんま好きじゃなかったな。あのすぐ泣いちゃうヒステリックな感じ。
 だから学校嫌いだった。
大地:……俺は、学校なんか行かなくたって、時間が経てばどうにでもなると思ってたけど。───まあ他人事ひとごとだから、なんだろうな。

 先生や真理さんたちからすれば、学校にはちゃんと行かせたかったんだろうし。厳しく言うことも分かる。
林檎:……大ちゃんは私に甘いからな~~。
大地:……厳しくする立場でも、ないからな。俺は。

林檎:…………本当に逃げ出したいわけじゃないよ。
 逃げたいっていうか、さ。
 たまに、消えちゃいたくなるんだよね。
 
 ふっと。

 何も考えたくない。
 今のことも、過去も、将来も。
 考えるだけで、頭が痛くて。
 胸が苦しくて、お腹が気持ち悪くなって。

 施設のご飯も、本当は食べたくない。
 食べても毎日吐いちゃうし。
 なんか、みじめで仕方なくて。

 でも、この歳で施設から家出したって、行くトコなんてないし。
 彼氏やそこら辺の男のとこに転がり込んだって、どうせすぐ連れ戻されるだろうし。
 また色んな人に、迷惑かけちゃうし。

大地:…………彼氏ね。
 まだ続いてんのか、アレと。

林檎:あ、大ちゃんに前に話した人?
 もう元カレだよとっくに。切れた切れた。
 元カレとは遠距離だったし。

 だってママと「あの人」から離れて、お姉の家に避難させてもらってた時は、良かったけどさ。
 施設に入ってネットもできなくなって、スマホも禁止で、元カレに連絡も取れなくなったし。

 ───高校に上がって、スマホ持たせてもらえるようになってから、一回だけ連絡取ったけど。それで終わり。さよなら。

大地:(ため息)……妻子持ちだったんだぞ。
林檎:……え。何で大ちゃんが知ってるのそれ。
大地:林檎も相手もな、やることが雑なんだよ。

 ……林檎が施設に入る前に真理さんが使わせてたスマホ、通話履歴は毎回消してたんだろうけどな。
 林檎が施設に保護された後にアレから一回着信があったんだよ。
 ───誰だ?ってなるだろ。

林檎:あー……。じゃあ、お姉も知ってるんだ。
大地:……俺は真理さんから聞いたからな。
 先に気付いたのは真理さんだよ。

 ───で、着信に表示された番号、名前も表示されてたし、なんと相手が自分のSNSと紐づけててな。本名から家族構成から、日々の日記まで全部表示されてた。
林檎:田中太郎(仮)角の立たない名前をご自由に)~~バカぁ~~!
大地:───バカだよな。

 奥さんも、まだ小さい子供もいて、一人はまだ生まれたばっかりだった。
 そんな時に、中学生相手にネットで出会い求めるってどういう神経してんだか……引くわ。

 ……林檎、それって「犯罪」だからな?

林檎:…………奥さんとはもう冷え切ってるって言ってたよ。
大地:(声を潜めて)あのな……20歳(はたち)越えた大人が、中学生相手にネットで繋がるのもヤバいし、直接会って関係を持とうとする時点で、充分にもう犯罪なんだよ。その上、よりにもよって妻子持ちだとか……。
林檎:合意でも?優しかったし、かっこよかったから。顔が!良かった!
大地:……まだ小さい子供がいる男だぞ。
 ───SNSには子供と休日にどこに行った、何をしただの、イクメン気取りの投稿して。親類や友人ともフォローしあってるような。
 そんな大人の男が、裏じゃネットで知り合った中学生相手に夜な夜な通話して。二人きりで会うためにわざわざ休みの日に車飛ばして直接会いに来るとか、ありえないだろ。まともじゃない。
林檎:分かってるよ。───でも、優しくしてくれたし、話してて楽しかったし?
大地:……分かってて付き合ってたなら余計に性質タチが悪い……。

林檎:うん。だから言ってんじゃん。
 私、ろくでもないんだよ。
大地:…………おま、最初から全部、知ってたのか?騙されてたとかじゃなく?
林檎:まあ、相手の話が全部本当だったかどうかは分からないけど、私も色々嘘ついてたし。お互い様かなって。

大地:………………………………(長い、クソでかため息)

大地:───あのな。それはもう「不倫」っていうんだよ。
 それに歳を考えろ。
 真理さんも俺も、本当なら、気づいた時点で、児童相談所に通報する「義務」があったんだよ。───大人ならな。立派な、児童への「虐待」なんだからな。

林檎:でも、お姉も、大ちゃんも、元カレのことでは通報しなかったんだね。
 ───これ、私はお礼言うとこ?

大地:(ため息)…………あの時点で………その、
 「林檎の家庭の問題」でもう、児童相談所はとっくに介入してたからな。
 「あの人」との裁判も、始まってたみたいだし。

 ───ただでさえ、事態がこじれてこじれて、ごちゃついてたところに、そんな厄介事まで……………林檎の立場が悪くなると思ったし、そんなこと望んじゃいないと思ったんだよ。俺も、真理さんもな。

大地:(M) …………それに正直あの時は、みんな何をどうするべきかなんて分かってなかった。混乱していた。

林檎:まあ、そうだね~。
 そんなおおごとにされてたら私、もっと荒れてたかも。

大地:……充分おおごとだったよ………。
 林檎が不倫してたとか、その相手の家庭が壊れようがどうなろうが知ったこっちゃないけどな。

 まあどうせ、林檎と切れたって、あのロリコン野郎は似たようなことを他所でもやるんだろうよ。
 だから悪いけど、匿名で、しかるべき所に情報提供はした。
 ………被害児童が増えても嫌だしな。───後はどうなったかまでは知らん。

林檎:(笑い)ロリコン野郎って、大ちゃんがそんな言葉使うんだ(笑)
大地:笑い事じゃないだろ………!
林檎:だって、とっくに過ぎたことだもん、笑い事にしてよ。
 私まだ、未成年だし。奥さんから訴えられたりしないでしょ。
 捕まるのも?元カレだけ。

 ◯男、眉間をおさえてうめく。

大地:だからなおさら悪質なんだって………。
 都合の良い時だけ子供の顔を……。

林檎:───こんな私をちゃんと子供扱いするの、大ちゃんぐらいだよ。
大地:……んなことはないだろ……。
 ───真理さんだって、一時保護されてた児家じかセン(児童家庭センター)の職員さんとか、今の養護施設の人とか、ちゃんとした大人だって沢山いるだろ。警察の人たちだって、ずいぶん世話になった。
林檎:───それは、私がちゃんとがんばって「良い子」にしてるからだよ。
 みんなにとって「都合の」「良い子」って嘘をついて。

 ───みんなそうじゃん。
 お姉だってそう。先生だって。
 私が「良い子」じゃないと好きじゃないし、大切にしてくれない。

 だから、私は今もずっと、施設にいるんでしょ?

 私が大人になって、誰も面倒を見なくても良くなるまで。
 「可哀想な子供」って肩書がなくなって、もうただの大人になるんだから。
 大人になったら、社会に放り出せるもんね。

大地:………………。

 ◯男、何も言えず少女を見つめる。

林檎:───私さ、施設じゃこう見えて優等生なんだよ~?

 だから結構自由も利くし。
 職員の人も、先生も、私が優等生だからって色々頼って来てさ。

 はは…………。
 …………でもそれが、時々、ちょっとしんどい。

 …………だからさぁ?
 歳上の彼氏作って遊ぶぐらいしないと、息が詰まって死んじゃうよ。

大地:(ため息)…………時代を感じるわ……俺が中高生の頃なんか、異性とうまく話もできなかったけどな。

 …………で、今の彼氏は……?
 ───あ、いや、やっぱいい。聞きたくない。

林檎:え~、聞いてよ。
大地:…………また、妻子持ちじゃないだろうな。
林檎:違う違う。23歳の、社会人だよ。顔が好みでさ~、それに声が良いんだぁ~。
大地:…………成人した社会人が女子高生と付き合うってのもな…………。
林檎:でも、同級生とかみんなだってそんなの普通だよ。
大地:…………それが普通なら、世の中が間違ってるな……。

 あと何年だ?林檎が大人になるまで、ほんの数年だろ。なんでその数年がどいつもこいつも待てないんだ……。
 大人になれば、自由だ。自分の責任で好きにすりゃいい。
 けど、大人が、子供に手を出すのは駄目だろ……。
林檎:そんなの誰だって分かってるよ。
 駄目なことだから、悪いことだから、分かっててもみんなやるんでしょ。
大地:……みんながみんな、そうじゃないんだよ……。
林檎:ママだって、ああ!お姉だって初体験は早かったって、
大地:ん〜〜聞きたくねえ……。
林檎:大ちゃんは?初めての相手は……
大地:マジで、そういうのやめてください。

 ◯男、テーブルに手をついて少女に頭を下げる。

林檎:………そうやって、自分の話は何にも教えてくれない。
大地:子供相手にする話じゃないんだよ。
 普通はな、しないんだよ。

林檎:私、普通じゃないもん。

 
…………それにさぁ、同い年とか年下とか、私にはやっぱ駄目だな。
 高校でも、何人か付き合ってみたけど、みーんな子供。自分勝手だし、一緒に居たらストレスばっかり溜まる。

 ───大人と付き合ってる方が楽しいし、楽だよ。お金だって持ってるし?

大地:───それはな、林檎が若いから、子供だから、搾取されてんだよ。
 ……そんなの恋愛じゃないし、愛情でもない。
林檎:───でも、みんなやってるよ。

大地:…………少なくとも、俺には覚えがない世界の話だな。

林檎:…………だろうねー……。大ちゃんは、違う。
 「あの人」とも、ママとも、お姉とも違う。
 私の知ってる大人たちと、違う。

 ◯グラスの氷が溶けてかすかに音を立てる。
 ◯少女、ストローでグラスの中をかき回す。

林檎:(M)……いや?ホントは違わないのかな?

 ◯男、少女の視線を外すように時計を見る。

大地:…………真理さんは、林檎のこと大切に思ってるよ。
 林檎の伯母(おば)として…………だから(ずっと気にかけてきたし)

林檎:(被せるように)でもさ、
 大ちゃんも気付いてるでしょ?


 お姉は───私に嫉妬してる。

 だから最近はお姉、私と会ってくれる時、大ちゃんを連れて来ないじゃん?
 「大ちゃんは仕事で今、忙しいから」
 ───って言ってさ。

大地:……忙しいっていうのは全然、嘘じゃないんだけどな……?

林檎:あはは。大ちゃん、ごまかしてる。

 ───ママだってそう。
 「あの人」が私にしたことを知った時。
 まず私に嫉妬して、私よりも「あの人」を信じた。

 ◯男、絶句する

林檎:ほーら、嘘が下手。
 やっぱお姉が私に嫉妬してるって、分かってんじゃん。
 全部、顔に出るんだね。面白い。

大地:…………林檎が、もう小さい子供じゃなくなったから、そういうことも…………嫉妬っていうか、ちょっとしたヤキモチぐらいは、あるんだろ。

林檎:お姉のは、嫉妬だよ。───女の嫉妬。

 大ちゃんを、私が盗っちゃうと思ってるのかな。
そんなわけ、ないのにね。

 前にお姉と二人で会った時、私言ったんだ。
 「また、大ちゃんにも会いたい。いっぱい話聞いてくれるから」
 ───って。

 その時の、お姉の顔……!
 ───ママと同じ顔してたもん。
 「人の男に色目使ってんじゃない!」って怒った。
 あの時のママの顔と、おんなじ。

大地:(深くため息)───それを……一緒にしてやるなよ……。

 林檎のことで、一番苦労したのは真理さんなんだから。今だって、ずっと心配してる。
林檎:…………でもさぁ、お姉は自分の子供たちを優先したじゃない。
 私を、施設に預けて。
 あの家に、居られなくした。
大地:それは……仕方ないだろう。
 一時的に保護するっていっても限界があったし。あのまま真理さんのところで生活してたら、みんな、もっとこじれてた。身の危険だってあったし。

 児家じかセン(児童家庭センター)だって、あの場合、身柄を、確実に安全な場所に保護するのが……本来の決まりだったんだから。

林檎:───うん。だろうね。
 だってママも「あの人」も、逆恨みでさ。
 私を保護したお姉と大ちゃんを、殺してやる!って勢いだったもんね。

 だからお姉の家にも、私の居場所なんてないって分かってたよ。

 それに私、難しいし。面倒くさいし。嘘つきだし。
 可哀想な、傷ついただけの、良い子なんかじゃないもんね。

 ───あんな事があった後なのに。
 寂しくなって、どうしようもなくて。
 妻子のある男と、ネットで知り合って、遊びで付き合うような子供だし。
 あは。

 もしあの時にみんなに知られて大騒ぎになってたら。お姉からはめちゃめちゃ怒られただろうし、決まりとか約束とかで、がんじがらめにされてたよね、きっと。それこそ施設に行く前に私が家出してたかも。

 みんな思ったんじゃない?

 「お前が誘ったんだろ」って。

 「家族がしたことは罪に問われる」のに、他の奴なら良いのかって。
 あはは。

大地:…………痛々しくて、笑えねえよ。
 香さん夫婦にも、あの時に通ってた学校も、施設の人にも、誰にも話してない。知ってるのは真理さんと俺だけだ。

 ◯(間)

大地:(M)もっと早く、知っていたら。こんなことになる前に。
林檎:(M)私を、助けられたのかも───なんて、思ってるんだろうな。大ちゃんは。
 ───本当に、顔に出る人。
大地:(M)……いや、本当は、内心では、ずっと危惧していた。
 香さんの連れ子、林檎が、再婚相手の義父に、普段からどう扱われているか、たまに垣間見えるその光景から分かっていた。
 林檎がそんな生きづらい暮らしの中「良い子」でいようとがんばっていることは、林檎が幼い頃から、ずっと知っていたんだから。
林檎:(M)お姉は、大ちゃんと一緒に、ママと「あの人」から離れて私が子供らしくいられる時間を時々作ってくれた。
 映画に連れて行ってくれたり、普段は言えない「私が食べたい」ものを食べさせてくれたり。クリスマスやお誕生日も毎年お祝いしてくれた。
 けど、ママと「あの人」には、そんなことも面白くなかったから。
 ママと「あの人」が
 「なんで林檎にばっかり!私たちには何もよこさないクセに、あてつけのつもりか!」
 ……なんて。
 いつも酔ってイラついて。喧嘩して。
 ───その矛先はいつも、私に向いて。
大地:(M)けれど……
 「他所の家庭のことだから」
 「他人が余計な口出しをすべきじゃない」
 「立場が違う」
 ───そんな言い訳で、ずっと距離を置いて。たまに見守るだけで。

 「まさか」いくらなんでも、そこまで。
 …………それを知った後。何度、後悔したか。

 ◯(間)

林檎:───ふーん。別に、今更だし。
 ママには、今の彼氏の話とかはしてるもん。
大地:っ………………ママ、香さんと、会ってるのか?その、連絡取るのを許したのか…………。
林檎:あ、「あの人」の話とかは一切しないよ。
 許すっていうか、ママの中では全部「無かったこと」みたいになってて。
 面談じゃ、気持ち悪いぐらい、普通に接してくるんだよね。
 私もママとあの話はしたくないから都合が良いんだけど。

 高校に入って、スマホが持てるようになったから。
 ───私から連絡したんだ。

 本当はまだママに連絡するのも、直接会うのも、施設のルール的には駄目なんだけど。私が言わなきゃバレないし。バレたところでって感じ?

 職員の人が立会(たちあい)での、ママとの面談はそんなにしょっちゅうあるわけじゃないし。

大地:……そうか。

林檎:───大ちゃんは?
 あれからお姉と一緒に、ママたちと会ったりしてた?「あの人」に、何かされなかった?

大地:………………会っては、いない。
 真理さんも…………通報した件で香さんとは姉妹(きょうだい)仲こじれたままだしな。
 ただ俺には、香さんと「あの人」から何度か、向こうから電話がかかってきて、話もした。

大地:(M)───逆恨み。酷い恨み言で、ずいぶんと罵られた。
 「勝手に通報なんかしやがって、人の家庭を壊して、子供を連れ去って、一言ひとことびもないのか!謝れ!」って。
 ……かと思えば、手のひらかえして
 「弁護士に会って、裁判で身の潔白になる証言をして欲しい」だとか。
 いかに林檎が嘘つきで、信用できない子供か、聞くにえない、自己保身の言い訳ばかり……。

 ◯男、コーヒーカップを持つ手が、静かな怒りに震えるのに気づき、少女に悟られないよう、そっとカップをソーサーに置く。

林檎:…………?
大地:───まあ、俺の立場じゃ、少なくともあの夫婦には深く関わるべきじゃなかったと思うから、きっぱりそう言って、俺はそれっきりだよ。

林檎:……そっかぁ。
 お姉とママ、まだそんな仲悪いままなんだ?

 まあ、あの後もママが「あの人」と別れてないしね。
 お姉は元々、「あの人」が、大嫌いだったみたいだし。

 でも───大ちゃんも聞いた?もうお姉から聞いてるよね?

  ◯少女の声量が少しだけ上がる。

 笑っちゃう!窃盗せっとうで刑務所入っちゃうんだもん「あの人」!

 「私にしたこと」は絶っ対に認めないで、弁護士まで雇って、いっぱいお金だってかかるのに、施設と裁判で争う!ってずっとやってたくせにさ!
 私が全部、全部、嘘をついてるって……!

 ───しかも窃盗だって一回じゃないんだって。何度も罰金で許してもらって、前科ついてさ。
 それでも懲りずに繰り返したから、流石に実刑で、刑務所行き。
 ───全部、ママが働いてるお金なのに。
 罰金だけで100万円以上払ってるんだって。
 ほんと、バカ。

大地:……っ、林檎、声が大きい。
林檎:…………周りの子供の方がうるさいし。
 誰も聴いてないよ。
大地:…………。

林檎:───ママと会ってるのは、心配だから。
大地:…………香さんは大人だ。母親だ。
 子供がそんな……、
林檎:だってママ、バカなんだもん。
 今、一人になって、あの家に一人で。きっと寂しい。
 だから、会ってあげてるの。
大地:……でも。香さんはまだ……。
林檎:うん、ママが「あの人」と切れてないし、ママも私が嘘をついてるって思ってる。だからお金いっぱい使って裁判までしてさ…………そしたら「あの人」は私に関係ないことで、刑務所に入っちゃった!

 ◯少女、おかしくてたまらない様子で口をおさえて笑う。
 ◯男は黙って、痛ましそうに少女を見ている。
 ◯少女、しばらく笑った後、静かになって、周囲の家族連れに目をやる。

林檎:………………でもさぁ、たかだが窃盗だから、ほんの数年で出てくるんだって「あの人」。ほんっと、どの面下げて、だよね。
大地:林檎が……施設を出るのが先か「あの人」が刑務所から出てくるのが先か、分からないからな。
 …………その辺のことは、真理さんも心配してる。

林檎:ママは、待つつもりらしいよ。あの家で。
 …………ほんと………………どうしようもない……。

 ◯少女、手の震えを止めるように肘の内側に爪を立てる。
 ◯男は、そんな少女の手に思わずれようとするが、れないまま、自らの手を握りしめる。

林檎: ───でも、どんなことされても、
 ママだからさ。
 
 (深呼吸し、ため息)嫌いになれないんだー。
 たった一人のママだから。

林檎:(M)
 ずっとそうだった。

 私の本当のパパがいなくなって……
 ママと二人だけの、母子家庭。

 その時が一番、幸せだったかもしれない。

 ママが連れて来る男の人が、何度も変わって。
 その度にその人を「パパ」だなんて呼んだりして。転校もいっぱいしたし、友達ができてもすぐ引っ越し。

 いつも大人の顔色を伺って。
 私は「良い子」でいなきゃいけなかった。
 自分で物事を決めたことなんてない。
 「あんたが自分で考えて決めなさい」
 みんなそう言うけどそれは───
 私に選んで欲しいことを勝手に期待して、そしてその望み通りに、私が選んであげると、喜ぶってコト。
 だってそうしなかったら、大人はすぐ不機嫌になる。いつまでもいつまでも、それをなじられるから。
 
 だからいつも、望まれたように。
 大人たちが望む自分を、流されるままに選んできた。
 

 でも、もう我慢できなかったから。
 ママが仕事に出かけて、あの家に「あの人」と二人きりになる、あの時間が、嫌で嫌で、もう死んだほうがマシだって、そう思ったから。

大地:………………。
林檎:ふっ。
 男がいない時のママはさぁ、私を一番大事にしてくれるんだよね。
 林檎〜林檎〜って。
 それが、なんかもう、どうしようもなくて。

 ───でも……それでも、嬉しいんだ。
 ちょっと喜んじゃうんだよ私。
 裏切られても、酷いことされても、許せるわけじゃないけど。

大地:それは、なぁ……(共依存)……いや……。

 ◯男、何かを言いそうになって、やめる。

林檎:───私もママ似だからさ。分かっちゃうんだよね。
 きっと、私もママみたいに、男で失敗するんだろうな。男がいないと寂しくて、駄目なんだ。

大地:……反面教師には困らないだろうに。
 自分が分かってるなら、林檎はそうなるなよ。
林檎:……それが最善、最良だって分かってても、それを選べないことなんてあるじゃん。───ていうか!そんなことばっかりだよ。
大地:子供のくせに、諦観ていかんしたようなこと言うよな……。

林檎:大ちゃんの知ってる、幼児のままじゃないんだよ。
大地:……分かってるよ。すっかり大きくなって。

 もう俺より背が伸びたんじゃないか?
林檎:(笑う)ああ、私、ついに大ちゃんの身長抜かしちゃったか。

 ───私の、実のお父さんね、ほら、ママと私置いて、どっかに行っちゃった人。私は、その人を全然覚えてないんだけど。
 すごい大きな人だったんだって。
 190cmぐらいあったらしいよ?
大地:遺伝じゃ仕方ない。じゃあ、林檎はまだ伸びそうだな。
林檎:はぁ~~~私、足も大きくて嫌になる。
 もっと小さくて可愛い女の子になりたかった。
 選べる可愛い靴が無いんだよ!
 小さい頃から、運動靴なんかすぐ履けなくなっちゃうから、いつもブカブカのオーバーサイズの靴履かされてたもんね。
大地:……そうだったなぁ……。

林檎:だから、彼氏と歩いてても、なんか背筋伸ばせなくて。
 もうずっと猫背だよ。
大地:…………はぁ……。
 まぁ、妻子持ちじゃないなら、俺は何も言うことは……ない…………。
 いや、大人として言いたいことは、言うべきことは色々あるけども!

 でも…………それが林檎の意思なら。
 騙されてるとか、弄ばれてるとか、そういうことじゃないなら…………。
 俺がいちいち言うことじゃないからな。

林檎:ごめんね、大ちゃん。林檎は悪い子で。

大地:(ため息)子供が大人にそんな謝り方すんな……。
 どうせ、あとほんの少しで、林檎も大人んなる。
 そしたら、全部……自分の好きにすればいいさ。

林檎:(M)大人になったって、全部を自分の好きに選ぶことなんてできないって、知ってる。

 だって、本当に好きなものは、望んでも手に入らないんだから。

 一度だけ。
 皆がいる前で、言ってしまったことがある。
 「大ちゃんがママと結婚して、
  林檎のパパになってくれたら良かったのに」

 ────それを聞いた時の、大ちゃんは。
 
 戸惑って困ったような。でも、私のことが本当に心配で心配で、優しい目。嘘が下手で、嘘が嫌いな、間違ってることは間違ってるって、はっきり教えてくれる大人。

 私が、良い子じゃないって知って、それに少し傷ついても、ずっと優しく、味方で居てくれる、ずるくて、弱い人。

 私がママと「あの人」に受けた仕打ちを、後から知った時、大ちゃん、その場で泣き崩れたんだって。お姉が教えてくれたよ。
 大ちゃんは、大人なのに。

 今は───大ちゃんが、私のパパなんかにならなくて良かったと思っている。だって、大ちゃんは、そういうのじゃないから。

 ◯(間) 

大地:…………どうだ。とりあえずお腹いっぱいになって、こうやって話して、少しはスッキリしたか。

 家出せずに、済みそうか?

林檎:うん。今日は無理させて、ごめんね。
 いつも、ありがとう。
 へへ、お姉によろしく。

大地:はぁ……林檎と二人で外で会ったって、どう説明したらいいんだか。
林檎:別にやましいことしてないんだから、良いじゃない。

大地:……………………あのな。
林檎:うん。
大地:俺は、他人だ。
林檎:……。
大地:あー……まぁ、お姉……真理さんと俺が、この先、仮に結婚でもすれば、林檎は「姻族いんぞくめい」ってことになるんだけどさ……。
林檎:そうだよ。お姉と早く結婚しちゃいなよ。
大地:っ……!……大人にも色々あんだよ……。
林檎:(ため息)知ってるよ~~。
大地:あーー……つまりだ、俺がこうやって林檎に、小さい頃からずっと色々……心配してやれるのも、その、薄いなりに。
 ───ちゃんと、縁があるからだ。
林檎:あ!お姉と別れちゃうこともあるってこと?
 ───そしたら、もう大ちゃんとは会えないの?私。
大地:…………縁起でもないこと言うな。
 だけど、そうだな。

 俺がたまたま真理さんの彼氏で。
 真理さんの妹、香さんの娘が林檎で。
 真理さんにとって、林檎は大切な姪っ子だから。

 ……そうじゃなかったら。
 俺が、こうして気にかける理由も、個人的に会う理由も、ない。

 そういうもんだ。

林檎:じゃあ、私がこのまま家出するって言ったら?
 心配して一緒に居てくれる?
大地:…………林檎は、しないだろ。そんなこと。
林檎:私のこと、知らないくせに。
大地:(ため息)そうだな。
 若い子が何考えてるかなんて、正直全っ然分からん。

 …………あまり、困らせるな。
林檎:…………大ちゃん、はっきり言うなぁ。
 …………泣きそう。

大地:勘弁してくれ。
 ───林檎が泣いてるところは見てられない。
林檎:小さい頃から何度も見てるでしょ……?
大地:──ああ、2歳の時からな。
林檎:流石にその頃のことは覚えてない。
大地:……肩車とかしたぞ?
林檎:うん、観覧車に一緒に乗ってくれたのは覚えてる。
大地:だから、こうやって林檎が大きくなって、きれいになって、大人の女性になったって、俺にとって林檎は……
 小さい頃の林檎が、俺の中にはずっといるんだよ。

林檎:…………私のパパでもないくせに……なにそれ。
大地:…………。

林檎:…………でも私、もうじき大人になるよ。
 ほんと、不安だらけだよ。
 施設はいつまでも守ってくれないし。
 ママはあんなだし。
 ていうか、もう大人だよ。やることやっちゃってるし。
 それが、私がなりたかった大人かどうかは、分からないけど。
大地:っ…………、だから、俺にそういうこと言うな…………。

 ◯男、頭を抱えて天井を見上げる。
 ◯少女。笑っているのに、泣きだしそうな顔で、男を見る。

林檎:(M)これは、私の妄想。

林檎:ねえ、大ちゃんも悪い大人になってよ。
 私、悪い子供だし、このままだと、悪い大人になっちゃうよ。

 だったら、大ちゃんも他の人みたいに悪い大人になってよ。
 善い大人ぶるのなんてやめてさ。

 私をここから、連れて逃げてよ。
 私のために。私だけのために。

 私のこと、好きなんでしょう。
 ううん、好きになってよ……。
 他の何もかも、全部!どうでもいいぐらい!

 私のために、全部、間違えてよ。

 ◯少女、唇をぐっと噛みしめ、涙がこぼれる前に指でぬぐう。

林檎:(M)───なんて。私は結局、言わないんだ。

 ◯男、とりだしたティッシュを少女に渡す。

大地:ほら。
林檎:あは、大ちゃんいっつもそうやってウェットティッシュとか色々、カバンに入れてたよね。なんで?

大地:……林檎が小さい時から……、真理さんと一緒に林檎と会う時は、持ち歩いてたからな。
 ───だって林檎、どこでも転んで、物もよく落とすし、すぐ汚すし。

林檎:(M)ああ……。そうだったなぁ。

 遊んでた公園で転んで、雨上がりの水たまりに尻もちをついて。
 服が泥水で汚れても、大ちゃんは、少しも怒ったり苛立ったりしないで、走ってきて助けてくれて。その後、汚れた手やヒザを拭いてくれた。
 その後、パンツまで泥だらけになった私を真理さんに預けると、着替えまで買って来てくれた。
 心配そうに「大丈夫か?」って、私が泣き止むまで待ってくれる。

 そんな大人がいるって、それまで私は知らなかったんだよ。

 でも、もう小さな子どもじゃない
 大人になっちゃった、私のこのどうしようもない「汚れ」は。

 誰も。
 絶対に、きれいにしてくれたりしないんでしょう?
 もしも、私がそれを望んで、欲して、求めたって。
 大ちゃんは、ただ、そうやって、困った顔で。
 
 私のために、絶対に、間違えてくれないんだ。

 ◯(間)

大地:…………頼むから。

 幸せになってくれよ。
 それを、投げ出さないでくれ。

林檎:───幸せに、なんて。なれる気がしない。
 だって、私、もうどうしようもないんだもん。
 勉強もできないし。バカだし。
 ママに似て、駄目な男好きだし?

大地:……あー、
 ………………今日のご飯は美味しかったろ?
林檎:うん。

 ◯男、少女のカバンの側にあるギターケースを指差す。

大地:それにそれ。
 軽音部、ギター始めたんだ?
林檎:私だけ楽器持ってなかったからさ、ずっとボーカルだったんだよね……。大ちゃんとお姉が買ってくれたから、文化祭に向けて、練習してる。

大地:……それはさ、小さいけど、幸せだと思う。
林檎:根本的な解決になってない。
大地:……何事も、解決には時間がかかるんだよ。
 だから小さな幸せを探して、少しでもそれまでの時間を稼ぐんだ。

 自分で自分を大切にして、やり過ごすんだよ。

 他人に依存したりしないでも、大丈夫な朝がきっとくる。

林檎:……大ちゃんにも、そんな、時間がかかるようなことあったの?

 大ちゃん、ホント自分の話してくれない。
 私ばっかり話して、ずるくない?
 もっと大ちゃんも私に心開いてさぁ、

 ◯少女、少し決め顔で。 

林檎: ───良かったら。話、聞くよ?

大地:(苦笑する)それこそ、黙秘権を行使します。

 林檎に嘘はつかないけど、言いたくないことだってある。
 …………それに子供に悩みとか愚痴を聞かせる大人なんて、ろくなもんじゃない。

大地:(M)───裸にされ。尻や太ももにミミズ腫れが浮かんで血がにじむほど、何度も何度も。電気コードを束ねて作った鞭で打たれて。その痛みに、歯を食いしばって、涙がこぼれるのを必死でこらえている子供。
 だって泣けば、鞭打ちの回数が増えるだけだから。

 自分は悪い子だから。

 そののろいは、今も。
 自分の中、固く鍵をかけ、深く深く沈めた心の底に。

 虐待、ネグレクト、モラルハラスメント……。
 そんな優しい言葉は全部、大人になった後から知るものだった。

 ───林檎は、幼くしてその魂を、家族によって殺された。
 
 その少女のむくろの前で、無力な、裸の子供が泣いている。

 ◯(間)

大地:───少なくとも、こうやって子供の前では。
 ちゃんとした大人でありたいって、ふるまうんだよ。
 ───本当はそんなものじゃなくたって。
 
 自分が子供だった頃、誰かにして欲しかったみたいに。
 現実は違っても、それがただの夢想むそうでも。

 これは、嘘をついてるわけじゃない。
 「願い」なんだよ。

 すくなくとも今、目の前の子供りんごにとって。
 少しでも世の中が、そうあって欲しいから。

林檎:そんな大人、私は一人しか知らない。
大地:……それはな、林檎の世界がまだ狭いからだよ。
 世界はな、もっともっと広いんだ。
 それを知るための、時間を稼げ。
 
 ───だから、無理に大人ぶるな。

 ◯携帯が鳴る。(LINEなどの音でも可)

大地:……っと、あ。……真理さんだ。
林檎:…………もう、お姉も仕事終わる頃か。返信すれば?
大地:ん、そう……だな。別にやましいことは…ない。
 いや、施設のルール的には……充分やましいんだが……。
林檎:めんどくさいなあ!なんなら私が話してあげよっか。
 「家出しそうな気分でなんかどうしようもなくなって、お姉の彼氏を借りたよ~~」って(笑)
大地:おま……(ため息)
林檎:あ、じゃあ、お姉も合流する?
大地:……それができれば一番手っ取り早くて問題がないか……?

林檎:じゃあ、私からお姉に連絡しちゃお~。

 ◯(間)

林檎:(M)きっと私は、これからも、間違い続けるんだろう。
 一緒になって間違えてくれる、正しくない、誰かを求めて。
 汚れてしまったままで。

 でも、そう遠くない未来。
 私は大人になる。

 大人になった私がいつか。
 また大ちゃんを困った顔にさせても、優しくしてくれる?
 
 私を想って、泣いてくれるのかな。
 その時は、手をつないで、頭をでてくれる?
 だったら少し、嬉しい。だって。

 ◯(間)

 私が、落ちる先は。地面がいい。



「林檎、落ちる先は。」 終


2024.03.03 第一稿公開
2024.03.04 第二稿に修正・あとがきを追加
2024.03.06 第三稿に修正・ルビを実験
2024.03.09 第四稿に修正・あとがきに追記


あとがき

 最後までご覧いただきありがとうございます。3パック98円冷奴です。
この声劇台本、色々と元ネタがありまして。
 きっかけは芥子菜出版(https://z-karashina.booth.pm/items/4825810)

こちらで頒布されている芥子菜ジパ子さん作
【戯曲・短編小説集「正しき心中」】に収録された「人さらいの魔法使い」から着想を得たものです。
 以前、ツイキャスで机の上の地球儀さんと、声劇台本としてお借りして上演配信させていただいた際、劇後のアフタートークで色々と感想を交わす中で、宇仁田ゆみさんの漫画「うさぎドロップ」の話になり、その会話からどんどんとキャラクターや話が浮かんで来ました。この場をお借りして謝辞を残しておきたいと思います。ありがとうございました。
 ちなみにその時のアーカイブが下記です。

 あと、以前から僕が好きだと公言している伊月はるさん作の声劇台本「夜が明ける」の影響も無視できません。

 それから、書きながら意識にあったのはこの映画。
「ジェニーの記憶」でした。https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B07MXMF7YD/ref=atv_dp_share_cu_r

 あと書いていても、自分で校正の為に読み返してみても、やっぱり自分が好きな台本作家さんの影響がなんとなくあるなと思いました。
 冒頭で挙げた、芥子菜ジパ子さん、机の上の地球儀さん……中でも特に「舞い秘め。」の影響は強いかもしれません。(書き終わってから改めて考えて見ると設定もちょっと重なるとこある気がします)

 それにタイトルと、キャラクターの名前の「林檎」これはyukaさんの声劇台本「リンゴ・シリーズ」が頭に浮かんで決めました。

2024.03.09 追記

 麦野麻袋さんと、にじんすき~さんが第二稿を初上演してくれました。
 ありがとうございます!記念にします!

  ───物語には「痛い」ものがあります。
 不条理、理不尽。フィクションなのに、現実に起き得る、起きているようなことに、答えもなく、救いもなく。
 実際に起きた事件から着想を得て紡がれる物語も少なくありません。

 それらを「ノワール」と言う方もいます。
 今でいうと、平山夢明さんの作風が代表例と言えるかも。
 ””和製ケッチャム””なんて言われたり。
 (ジャック・ケッチャムという小説家さんがいまして……エグいんです)

 書いている時は特に意識はしていませんでしたが、後から考えると「独白するユニバーサル横メルカトル」収録の「無垢の祈り」の影響もあったかもしれません。(個人的に、読後感が最悪な短編小説集です)

 「無垢の祈り」は映画化もされていて……これはもう人に安易におすすめできるものではなく、間違いなく問題作なんですが。現実に起きている「虐待」を、どう創作として表現するか。その線引きと、原作にはない、ラストシーンの解釈、表現には、打ちのめされるでしょう。

 つまり「痛い」物語とキャラクターに演者として寄り添うのは、決して面白い・楽しいわけではなく、痛いし、苦しい。余韻にモヤモヤしたり、劇中の気分を引きずってしまったりもする。ごめんなさいね。

 自分も読者として演者としてリスナーとして…「声劇」という文化に触れて、みなさんから沢山いただいたものを、作品を通じてそのペイフォワードの輪廻にお返しできていたら嬉しいです。


 この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。文責・著作権は作者、3パック98円冷奴にあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?