自由に踊ること / 20200531

5月が終わるけれど、なんかこれまでの自粛とかステイホームとかもひと区切り感出てない?いいのかしら。

週末、子にせがまれて近所のマクドナルドまでハッピーセットをテイクアウトしに出かけたけど、この数か月間お家でぬくぬくしていたので、「自分の知らない他人が近くにいる」ということが、ウイルスとか以前にめちゃくちゃストレス感じるようになってしまった。多分、社会人として良くないと思う。でも知らない人が嫌だ。その人がどうとかじゃなくて。

なんというか「他人に対するセンサーを鈍感にする機能」がこの数ヶ月間の間ですっかりダメになってしまった上に、「社会的(身体)距離」という新たな概念をインストールしようとして、むず痒くなっているようである。

とにかく踊らなくてはならない」とその声は言った。戸惑った。私も、周り全員も戸惑っているように見えた。はじめは緊急地震速報か何かだと思った。ただただいつも通り授業を受けていたのに、突然スピーカーから声が鳴り響き、「踊ってください」と命令が下されたのだ。

緊急速報ではないと分かった人たちも、予想外の言葉が耳に入ってきたので、それを脳で処理するのに時間が掛かった。ようやく脳が「言葉の意味」を理解したタイミングで、次に「それが意味すること」を脳が考え始めて混乱した。

講師も困惑し、座っている学生も戸惑った。皆の動きが止まってしばらくした後、仲の良い同士が顔を見合わせ、ヒソヒソ話が始まるか始まらないかのうちに、また同じ声でスピーカーから「踊ってください。各々が自由に。とにかく踊らなくてはならない。」という同じ内容の放送が響き渡った。有無を言わせぬ勢いのある、しかしそれでいて優しく、どこか隙がありそうな声のそのアナウンスは、音の大きさや反響から察するに、この教室だけでなくキャンパス全体に放送されているようだ。端の方でイヤホンで動画を見て授業をサボっていた学生も思わずイヤホンを外して周囲をキョロキョロしている。

しばらくまた沈黙が訪れた。どんなに待っても今度は放送が繰り返されることはなかった。誰もがそのまま、放送を無視して授業が続けられるものだと思った。授業もすこし脱線したところから、本筋に戻ったばかりだ。何となくみんなが教壇に視線を向けている。なんとなく今起きた異変を「なかったこと」にする方向に空気が動いた。

講師が「今のは…」と口を開きかけたまさにその時、スピーカーから低い音が一定のリズムで鳴り出した。いわゆる「4つ打ち」のキックである。低いドラムのような「ドッ、ドッ、ドッ、ドッ…」という音。あの放送は何かの間違いでなく、「マジ」なのかもないのかもしれない、という緊張感が再び訪れ、教室を包んでいく。何をしていいからわからず、とりあえずその低いドラムの音に耳を澄ませた。

無意識のうちに自分はリズムに合わせて肩を動かしていたようだった。なにか視線を感じたような気がして顔を上げたとき、講師が自分をハッとしたような顔つきで睨んでいたことに気づいた。しばらくは何故睨まれているか気づかず、「あっ」と思った時には肩どころか頭もリズムに合わせて前後に小さく動かしていた。思わず動きを止めて周囲を見渡すと、講師の視線に釣られて教室中の視線を集めていたようだった。非常に気まずい。動きが止まった教室に、鳴り続ける4つ打ちのリズムと、全方位から自分に刺さる視線。

これは何か一言詫びでも入れといたほうがいいだろうか、と適切なワードを脳内で検索していると、教室の隅で誰かが動いた。さっきのイヤホン動画の奴だ。いつの間にか立ち上がっており、このリズムに合わせて体を揺らし始めた。ちょっとダボっとした服装で動くのでとても様になっている。多分クラブに普段行くような人が踊るようなダンスなんだろうと思う。いつの間にかキック以外の音も鳴り始めている。にぎやかなパーカッション、繰り返しのメロディを奏でるシンセサイザー、ベースのうねるような音が少しずつだが着実に聞こえてくる。それらが合わさって、教室のショボいスピーカーながら、なんとも心地よい音の風景を作りはじめていた。

どれぐらい音に耳を奪われていたかはわからないが、ふと我に返った瞬間、もう教室の全員が立ち上がって踊っていた。小さく体を揺らす人、叫びながらグルグル回る人、忘年会でお馴染みのヒット曲の振り付けを踊る人、ひたすらヘッドバンギングしてる人。ただ一人、講師だけが教壇の椅子に座りこんで、あっけにとられたような表情でぼんやりとダンスフロアを眺めている。

突然教室のドアが開いて、威勢のいい奴が数人流れ込んできた。「おい!こっちの教室はテクノだぞ!」「マジかよ俺好き」。そういって早速盛り上がり、オーバーアクションで踊り出している。酒でも入ってるのかと思うぐらいに出来上がっている。

いくら何でも状況を受け入れるのが早すぎるだろう、と苦笑しつつ、「えっ、じゃあサルサが掛かってる教室とかもあるのかな」と思いながら、身体はリズムに合わせていつのまにか動いていた。

※この物語はフィクションです、多分

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