5歳児とアマプラ / 《ベンチ》の話 / 20200603

今日のツイート見返してみたけど、小沢健二ツイートに関する話ばっかりだ 笑

今日の5歳児

今日も今日とてステイホームな5歳児は、最近操作方法を覚えたAmazon Prime Videoのオススメ欄をガチャガチャ。

ビデオ選びの中で5歳児が重視するのは「レビュー」。★5段階での評価欄を見て、「ほしが5個のやつ探してるんだ」とザッピング。

レビューで星が沢山付いてるものを求めることは、人間が元来持つ「欲」の一つなのかもしれない。「食べログ」とか教えてたらシビアな店選びしそう。

《ベンチ》

どうしても、どうしてもベンチを立つ気になれないでいる。また電車を1つ見送った。電車の窓の中で、額縁の中の絵画のように、動かずぐったりしている様々な労働者たちの通勤シーンが、目の前で早送りになる。

始業時間は刻一刻と迫っている。次の電車に飛び乗って、そのあとの乗り換えが上手くいけば、10分遅れぐらいでオフィスに着けるはずだ。そこでまた少し怒られて、小言を言われて、謝ればそれで済むはずだ。そこから昨日やり残した資料の仕上げと、午前中に出さなければいけない客先に来週の定例商談についての確認メールに取り掛かれば…。

それでも、どうしても駅のホームのベンチから、腰を上げられない。よく「重い腰を上げる」などというが、その比ではない。「地中深くまで刺さった重さ2トンの銛を片手で引き抜く」みたいな。こういうくだらない喩えは思いつくのに、この現状を打破する方法は一つも思いつかないのが自分らしい。

「体調不良で…」と電話を入れようかとも思ったが、そこで資料やメールについてドヤされるのは目に見えている。いま目の前でおばあさんが倒れて、それを助けてるうちに遅れました、なんてことにならないかな、なんて思うものの、そうしたところで「助けてる暇あるならまず資料完成させろ」と言われるばかりである。

ただただ時間ばかりがジリジリと過ぎていく。次の電車がホームに入ってくる音がする。ここで立つか立たないか。といっても列に並んでいない時点で、満員電車の中で良いポジションを確保できる可能性は低く、しばらくの間、車中で落ち着かない位置で、変な体勢で辛い時間を過ごすことは確定している。嫌だ。こんなことなら、さっきの電車を見送った時点で列に並び、良いポジション取りが出来るよう備えておくべきだったのだが、そんなことを今思っても仕方がない。

何もかもが嫌になった瞬間、隣に男の子が座っていた。小学校低学年ぐらいで、夏にはまだ少し早いかと思うが、半袖半ズボンに野球キャップをかぶっている。私立の小学校に通う小学生がこの時間帯の電車に乗っていることも少なくはないが、どうもそんな雰囲気の子供ではないし、ランドセルを背負っている様子もない。

「おじさん電車乗らないの?」と話しかけてきた。顔を上げると、電車のドアが開き、人が乗り降り、というかほとんど「乗り乗り」だが、しはじめていた。

あれ、この子、何処かで…。

親戚ではないし、友人の子供でもないし、もっとそういうのじゃなくて、最近会っていないような…。

あ、

あ、この子、この子っていうか、こいつ、小学校の同級生の「小林せいや」くんだ。

ポケモンえんぴつをたくさん持ってて、レアなポケモンカードをたくさん持ってるって言い張るけど1回も見せてくれたことなかった「せいや」くん。学校のすぐ隣のアパートに住んでた「せいや」くん。弟が一人いた「せいや」くん。「小林製薬」のCMになぞらえて「こばやしせいやくん」って揶揄われてた「せいや」くん。一回うちに遊びに来た時に、なぜか前日の残りのカレーをおやつがわりに食べていった「せいや」くんだ。

「あー、電車行っちゃったよ」とせいやくんは言った。

返答に困ったまま、まばたきは多くなり、結果的にせいやくんをジロジロと見ている状態になった。なんかよくあるアニメみたいに、「あの頃死んだ友達が、大人になった今、なぜか当時の姿で…」みたいな話ではない。何年か前に、地元の成人式で大人になったせいやくんを見かけている。少し話した気もする。だが目の前のせいやくんは小学校3年生ぐらいの姿だ。

「えーっと…。せいやくん、だよね?」と、とりあえず子供に話しかける感じのトーンで尋ねてみる。「えっ」と一瞬黙ったのち、「え、おじさん僕のこと知ってるの?」と返ってきた。この感じだと、どうやら向こうはこちらのことを知らないようだ。

「昔、子供のころの僕と友達だったんだけど…」と言いかけてから、「あっ、ちょっと急に変なこと言ってすみませんね、あの、これはえっと…」と慌てて謝ると、「すぐ謝るんだ!大人なのに」とせいやくんが笑った。

「あ、はい、ごめんなさい」とまた謝ってしまった自分がさらに恥ずかしくなり、頭を掻いていると、せいやくんが「僕はおじさんのこと知らなかったけど、おじさんが僕のこと知ってるなら、それって、僕たちは友達ってこと?」と尋ねてきた。

「ええっ」と突然の予想外の質問とその内容に驚き、「ええっと…」と答えあぐねていると、またホームに電車が入ってきた。先頭のほうの車両を見るに、先ほどまでの電車よりだいぶ空いているようだ。

ゆっくりと減速する電車にしばし見とれていると、せいやくんは突然立ち上がり、「あ、お母さんが迎えに来てると思うから、じゃあね!」と言うやいなや、すぐさま駆け出して改札の方へ走っていった。しばらくタッタッタとリズミカルな音を立てて背中をみせていたが、すぐにその姿も見えなくなった。

ふと前を見ると、電車のドアが開いている。車内はそれほど空いてはいないが、さっきよりはだいぶ乗りやすそうだ。発車メロディーが鳴り響き、ドアが閉まるというアナウンスが流れる。

右足が前に出そうになった、が、その足を引きもどし、再びベンチにドカンと座り込んだ。

発車して、少しずつ加速する電車を見ながら、せいやくんとは「友達」なのかどうかについて、自分なりの結論を出そうと決めた。

※この話はフィクションです、多分

あとがき

なんだこれ

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