ジャスミンと炭酸

陶器が手から滑り落ち、粉々に砕け散る瞬間はスローモーション。まるで身体と連動しているみたいに、破片は遠くへ走って行く。2年前の記憶の蓋は固かった。それを、いとも簡単に開く。開いて、ざまあみろって笑う。とてもじゃないけど耐えられない。
「あ、無理だ。」思わず声が出たと同時に、扉を勢いよく閉じた。

音を立てて咲く花の見頃は過ぎたにも関わらず、朝の挨拶ですれ違う人で賑わう。誰かに声を掛けられたような気もしたが、ヘッドフォンで閉じていた。腫れた手首を撫でると、ちゃんと痛みを感じたので少し泣いた。もう何も届かないと思っていたのに、こういう感情だけは敏感なのだから困ってしまう。空は薄い雲に覆われて、天気予報が嘘のようだった。

機械で切られることのない食パンは何枚切りという括りがなく、たっぷりのバターを塗られて軽くトーストされていた。薄いオムレツと塩気のあるベーコン、レタスの苦味がアクセントになっていて良かった。おみくじに書かれた“古きものは全て捨てなさい”という言葉を反芻し、氷の入っていないお冷で一気に流した。

鳥居の先、猫の鳴き声で振り返るも、まねきねこの置き物は喋らない。テレビコマーシャルの音がするので人の温度を微かに感じたが、姿形を確認することは出来なかった。きっと、本当に欲しいものは手に入れられない。分かっているのに、あの日ブドウ味のキャンディを選んだ小さな彼の幸せを、強く願ってしまう。いくら考えても出ない答えを、他人に縋るのは愚かだろうか。