悪口

どういう内容の悪口だったかは忘れてしまったけど、
おとといぐらい、芸能人のツイートを見たら、
リプライ欄に嫌な言葉を送りつけている人がいた。

なぜか見たときに、「この人は、この芸能人のことが本当は好きで、ただひたすらに自分のことを見てもらいたいんだなぁ」と思うような言葉だった。

とても稚拙で、「ばーか!」ぐらいのレベルだったから、

子供の頃に「仲良くなりたい」もしくは「言い合いたい」「とにかくつっかかりたい」と思った相手に言っていたような、
教室で飛び交う、幼い言葉たちを思い出してそう思ったのかもしれない。

教室の中で、ただひたすらに自分のことを見てもらいたかった、注目されたかった。


そういうリプライを送る人は、芸能人から思わぬ反応があると、
「すみません。言い過ぎました! まさか反応してもらえるとは思わなくて。いつも応援してます」などと言い出す。

「友達になりたいと思ってたのに。どうしてそんなひどいこと言うの」
と言われてやっと、自分も友達になりたかったと告白できる子供みたいに。

返信がもらえない。ライブの抽選に当たらない。
熱愛報道。自分は昔から知ってるのに最近売れてきた。
他のファンとはコミュニケーションとってる。
自分の言葉が届いている気がしない。無視されている。

そういう、好きだからこその心配や不安が募ると、相手を憎んでいるふりをして、悪口を言う側に回ってしまうのかなぁ。
そのほうが楽な気がするから。


…というところまで想像して心を落ち着ける。



ネット上で悪口を見かけると、腹が立つから、なんでそんなことを言うのか理由を考えるようになった。


おしゃれをしてディズニーで写真を撮った人に、自己顕示欲がすごいと言う。
いろいろなものを捨てて何もない部屋を保っている人に、人生つまんなさそうと言う。
悩みを漫画にした人に、自分のことしか見えていないと言う。絵が下手だと言う。
辛かったことをツイートした人に、お前にも悪いところがあると言う。呟く元気はあるのにと言う。

相手に届くように言う。相手に届くまで言う。相手が傷ついたと分かるまで言う。わざわざ言う。

わざわざ言うのはなんでなのか、理由を考える。
もし理由なんてないのであれば、もつべき心を失い過ぎている。
そんな人間ばかりじゃないと思いたいから、理由を知りたい。



例えば、おしゃれをしてディズニーで写真を撮った人に対して、腹を立てる理由は分かる。

ディズニーはみんなが楽しむ場所だから。主役はあなたじゃないから。自分のことかっこいいと思ってるでしょ。なのにそれを明言せずに写真を載せてる。かっこいいと思われたいんでしょ。

そう思ってムカついたとして、どうしてそのツイートを黙って閉じることができないのか。
閉じて5秒ぐらい壁を見つめれば多分忘れるのに。

「ムカつく」→「相手に言ってやろう」
その間にあるはずの壁をどうしてぶち破ることができるのか。


壁。私の場合はこういう気持ちがあって人に嫌なことを言いたくない。

・相手も生きている人間だから、言って良いことと悪いことがある
・わざわざ相手にぶつけなくても、自分の中にしまい込んでおくことができる
・単純に、自分がそういう嫌なことを言う人間になりたくない
・自分が中傷したときの周りの目が気になる
・相手が傷ついたとして、こちらの人生に良いことがない


この壁を破って、相手に嫌なことを言うには、どういう考え方が必要だろう。

相手も生きている人間だから、言って良いことと悪いことがある
→相手が生きている人間だということを忘れる。
 生まれて、今日まで育って、起きて、生活して、眠る、
 どこかで今も生きている人間だということを想像しない。

わざわざ相手にぶつけなくても、自分の中にしまい込んでおくことができる
→自分の中にしまい込むことをやめる。なぜならイライラするから。
 相手を傷つけることによって吐き出す。 

単純に、自分がそういう嫌なことを言う人間になりたくない
→別にもう、良い人である必要がない。
 もしくは、ネット以外では優しいって言われてるから大丈夫。
 現実の生活では我慢してるんだから、ネット上でぐらい嫌なことを言う。
→または、正義感。自分は良い人間であるからこそ、
 悪い人間を傷つけるためなら悪口を言っても良い。

自分が中傷したときの周りの目が気になる
→周りのみんなも同じこと思ってるかもしれないし、
 ズバッと言ってる自分の方がかっこいいかも。ウケるかも。
 それか、中傷するためだけのアカウントを作れば大丈夫。

相手が傷ついたとして、こちらの人生に良いことがない
→自分の人生とか考えない。相手を傷つけることと自分の人生は関係ない。
 現実とネットは別世界だから。


これだけの考えをもってやっと悪口を言えるのか。
疲れないのか。絶対疲れるよ。
考えっていうか勘違いと諦め、想像力の欠如だと思うけど…


でもそういう考え方に至ってまで、悪口を言う理由はなんだろう。

現実で嫌なことがあって、気晴らししたい。
人が傷ついてるのが面白い。
自分が正義となって誰かが社会的に抹消されるのが快感。
イライラしたら我慢できない。


そんな幼稚な感情が壁をぶち破ってるのかもしれない。
いや、そんな馬鹿なことがあるか…

おそらく想像できないような理由があるんだろう。
複雑な、いろんな経緯が。


と思って、一時期、
「愚痴専用。フォローしないでください。」
といったようなプロフィールの人たちを非公開リストに入れて眺めていた。

見ないでほしい、でもツイッターには書き込みたい。
それってどういうことなんだ。紙に書くのと何が違うんだ。

その人たちは鍵もかけずに、
毎日毎日、ニュース記事や、誰かの話題になったツイートに対して、誹謗中傷ばかりを送り続けている。

これがどういうことで、なんのための行為なのか、分かりたい…


でも分からなかった。
なんでこんなにも、という酷い言葉を書き続けていた。
すごい頻度で。

傾向はあった。
誹謗中傷の合間に、自分の生活についての疲れや愚痴を呟いている人が多くて、なんとなくだけど、

仕事場の人や、親戚など、多く接する人に対してストレスを感じている。おそらくその人には文句を言えない。
誹謗中傷の対象が、おそらく自分が手に入れたいものを持っている人。お金やルックス、楽に見える仕事、友達、幸せな生活など。
ニュース記事について「ほら。だから@@は迷惑なんだよ」というように、特定の世代や団体、人の属性を憎んでいる。

追っていくうちにこの人はこういうことに腹を立てているんだなというのが分かった。


分かって、どうしようもできない。
この人たちが幸せになって、こんな捨てアカから離れられることを祈るしかない。

この人たちを苦しめている何かがある。

こんなひどい言葉を吐ける人たちも今どこかで生きていて、
直接会ったら「えっ」と思うぐらい、ちゃんと人間の形をしたものなのだろうな。

理由を聞きたいなぁ。
聞いて、ちゃんと人間だって、安心したい。

じゃないとお前らは酷すぎる。



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