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通りすがりの出来事

 土砂降りの夕方、道路は渋滞していた。いつ通っても信号に引っかからないことがない道路で、青に変わっても車はゆっくり進んでいた。
左側には縁石で仕切られた割と広い歩道がある。広いのは近くにある小中学校の通学路になっているからだろう。

連休前のせいか、天気のせいか、早い時間から車が前にも後ろにも続いていた。左の先に傘をさした中学生が見えた。信号待ちなのか、別れ際のおしゃべりなのか雨の中立ち止まる様子はかなり離れたところからも目立っていた。

渋滞を諦めつつ幾つめかの信号に止まって、なんとなく歩道の中の立ち止まっている中学生を見たら、その足元にはピンク色の柄の服をきた小さな人がうずくまっていた。その柄でその人がお婆さんであることが容易に推測できて、瞬間的に車を縁石に寄せて、雨の中駆け寄った。

中学生は立ち話をしていた訳ではなく、転んだお婆さんを心配して何か声をかけていたのだろう。その声にお婆さんは反応することなく、きっと中学生は困惑していたのだろう。
私に何ができる訳ではないが、瞬時になんとか状況を把握して誰かに繋げなければと思った。その点オバサンは人生経験が中学生よりは多い。

 考えるよりも、反射的に「どうしましたか?」とお婆さんに駆け寄っていた。私が近付くと同時に、お婆さんは立ち上がって私の両腕を掴み顔を上げて、家に帰りたいという地元の言葉で訴えてきた。
車に乗せて家に送ること、或いは警察署に送ることもできなくはないと思ったが、お婆さんは転んだ時に、頭をぶつけたようで、顔中血だらけだった。

怪我をしていても、私の声に反応したこと、私が手を貸さなくても自分で起き上がってきたこと。数歩でも私に向かって歩けたことで、その時点では重症ではないことはわかったが、おでこの傷が大きく深い様にみえたので、これは外科の処置は必要だろうなとみていたら、同時に車から降りて駆けつけてきた、仕事帰りの男性が、「救急車呼びましょう」と言って下さったので、私もハっとして我に返った。

お婆さんに救急車を呼んでもらうから、とにかく雨の当たらない場所に行きましょうと促すと、男性に寄り添われて歩き出せたので、もう私は車を移動させなければと、その男性にあとはお願いしますと声を掛けて車に戻った。

 つい先日通りすがりに経験したことをメモに残しておこうと書き始めたら、なんだか長くなったけれど、実際には一分もかかっていないと思う。

なんで私車から降りたんだろうなと、振り返って考えるけれど、見えた瞬間、放っておけないという衝動以外なにもない。

衝動的に行動してしまったから、少し神経の昂りが今も続いてしまっている。