母は夏に生まれた。夏に生まれた子なので名前は夏子。生まれた子の順番や花木の名前から名付ける時代だったのだから、世代にも馴染んでいたのだろう。
母の姉たちも、生まれた日をそのまま名付けられたり、仏教にまつわる行事から名付けられているので、季節を名付けられるということも大きく手を抜いている感じもしない。
 母の父、つまり私の祖父が名付けたのだと聞いている。私の名前には祖父と同じ漢字が使われている。そのことを知ったのは随分大きくなってからで、祖父は母の記憶にないぐらい昔に亡くなっているから、私の記憶には実際の祖父の姿はない。
 祖父についての記憶で言うと、祖父の名前よりも先に知らされていた言い伝えがある。それは酒に溺れたことが原因で亡くなったということと、亡くなった日が大晦日だということ。
更には晩年の祖父は芸者遊びに興じて、芸者屋のある五、六里離れた温泉街に自転車で足繁く通っていたということ。
 仮に母に腹違いの兄弟がいたとしても不思議ではない祖父の放蕩ぶりに曾祖父もあきれていたようだが、気持ちを向ける相手が他所に居れば、自分の子の名付けなどに思い悩む隙はなかったのだろうな。
 夏に生まれたから、「夏子」。これほど明快な名前はない。