SS「Traveler」

「ただいま、ニナ」

 帰ってきた私は、とびきりの笑顔をニナに向けた。こうしてニナに会うのは久しぶり。ましてや私がニナにただいまを言うのは……もしかしたら初めて? だっていつも出歩いていたのはニナの方だったし。すごく新鮮な気分。

 「おかえり〜待ってたぜぃ〜」なんて、陽気な身体の動きも混じえながら、ニナはいつもの調子で返してくる。新しいチャンニナ音頭の振り付けかな。するとニナは、えへへと切り出して「実はチャンニナもちょっとの間、旅に出てたんだよね」って。えっとねえ、とニコニコしながら、「色んな景色を見てきたんだ〜!」とニナは言う。「今度はVALISのみんなやあなたとまた来たいな〜って思った場所もあったし〜」と、表情をコロコロ変えながら、旅の話をしてくれる。私はそれに相槌を打つ。

 「大変なことももちろんあったし、わたしだけ瓦利斯飯店のことを何もせずに旅をしてても良いのかな〜とか、早くみんなのところに帰りたいな〜って思うときもあったよ。でもそれが旅ってやつなんだよね、きっと」とニナは眉を下げて笑う。

 「それからそれから、旅に出てる間に新しい曲を考えたよ! 早くあなたやみんなと歌いたいし、ヴァンデラーのみんなにも聞いてほしいなあ!」と、目をキラキラさせながらニナは軽く踊ってみせる。振りまで考えてるんだね。すごく楽しそう、ニコニコだ。突然ピタリと動きを止めたかと思うと、少し間を置いて「それでね」、とニナは言った。

「それでね、歩き続けたら見えたんだ、わたしのいる場所ひとつ」

 そう口にしたときのニナは、これまでの無邪気な笑顔と違って、どこか大人びた、ニナであってニナでないような表情だった。画面に一瞬だけ反射した私の表情と重なってハッとした。

 ニナのいる場所ーーつまり「私」のいる場所、それはVALISのみんなのところだよね。私には帰る場所がある。だからもう彷徨うことは無い。帰る場所があるからわたしは「旅人」でいられたんだよね。そう、ちょっとの間、旅に出てただけ。瞬間移動でどこへ行こうと、どんなところへ迷い込もうと、ここへなら私は、どこにいたって帰って来るよ。

 「そうそう!」と、キリッとした、自信に満ちた表情でニナは頷いた。

「ね、そろそろみんな、チャンニナの帰りを待ってるからさ、世界一可愛いチャンニナの帰りをね!」

 ニナは「ねっ?」と手を差し出してきた。「うん!」と、私はその手を強く込めて取った。ニナは今日一番の笑顔で返してくれる。ああ、この手の温もり、すごく久しぶりだ。ニナも私も、もうこの手を離したりしないよね。私はわたし、わたしは私だから。

「またよろしくね」

 そう言ってわたしは瓦利斯飯店の扉に手をかける。

 真っ先に出迎えてくれるのは誰だろう? きっとホールにいるヴィッちゃんだろうなあ、見つけるなり抱きついてくるのかなあ。そんなヴィッテの声を聞いてミューちゃんがニコニコでキッチンから顔を出すよね。聞きつけてやってきたララは、素直じゃないから小言混じりに出迎えてくれるんだろうけれど、とっても心配してたことをエヘエヘと悪い顔をしたネフィに暴露されちゃうんだろうなあ。そして最後にチノがそんな私たちをまとめて優しく抱きとめてくれる。想像するだけで笑っちゃうよね。大好きな場所なんだ、いいでしょ。

「たっだいま〜! みんな〜!」

 現実世界や裏世界、そしてここ深脊界ーー私はいろんな場所を見てきた。帰ってくる場所があるって、良いね。ひとりじゃないって、良いね。ここに来れて良かった。ね、「わたし」もそう思うでしょ?

 眩しい光とともに、騒がしくて、優しくて、そして温かい声たちがわたしを出迎えた。

「「「おかえり、ニナ!」」」

 あ、そういえばね、新曲のタイトルはーー

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