正気の沙汰

私がドルオタだったことは、ドルオタしか知らない。

親にも職場にも誰にも言ってない。
Twitterでしか好きなものの話はしないのは、否定されるのが怖いから。
昔、若手芸人が好きだった頃に付き合ってた相手に好きな芸人の話をしたら「そういう男がタイプなんだ〜」と全く噛み合わない返答され、絶望してすぐ別れたこともあった。

好きなものを否定されると、自分の人格も人生も全てを否定された気持ちに陥ってしまう。
だから隠す。
自己保身のため、自分の好きなものを守るため。

しかし今やその好きなものがなくなってしまった。色々あって、アレです。推せる状況じゃなくなったんです。

「推せる状況」←変なとこにカギ括弧つけて強調すな

なので、笑い話として話のタネにできるんじゃないかなぁ〜と、そこまで気持ちの回復はしてないんだけど、うっすら思ったりもしていた。


いつも行っている美容室の、担当の美容師さんはプライベートのことをあまり聞いてこないのでとても居心地がいい。
少し前に髪切りに行った時、担当の美容師さんが実は坂道系のアイドルが好きで、握手会に行ったことがあることを話し出した。
その流れで、いつもならスルーするのに、その時は何故か自分でも吐き出してたくて私も言ってしまった。

「私も前にアイドル好きだった時があって、引くほどCD買ってたんですよ〜」

あくまで過去形で、遠い昔の思い出みたいな感じで言ったのは私の意味不明な見栄だ。

「え〜〜〜全然そんな風に見えませんけどね〜」
と言う美容師だが、私なんてどっからどう見ても何かしらのオタク風貌だ。

「正気に戻って良かったですね」

そう美容師に言われて、今まで正気じゃなかったことに気が付いた。

正気じゃないんだ。
3桁枚数の同じCDを買って推しと握手したり写真撮ることは正気ではないんだ。
毎週のように日本各地に遠征して推しを追いかけていくのも正気ではないんだ。
早朝からショッピングモールの入り口に並び、イベントの整理券を確保するために何時間も並ぶのは正気ではないのか。
国内どころか海外まで行っていたのは、正気ではなかったのか。

正気でなかったかもしれない。
じゃあ今は、今は正気なのか?
家と職場の往復で、特に楽しみもなく、休日も特に行くところもなく、お金を使うこともない。
これが正気の生活?

好きなものの情報を追いかけて、一個の言動や一つの写真に一喜一憂して、遠く離れて住んでるオタク仲間と毎週のように会って好きなものを共有して、美味しいもの食べたり、お金はすぐなくなるけど推しのためと考えて必死に働いてイベントに合わせて休みを調節して、楽しく、過ごしていたあの時が異常で今が正気なのか、そうなのか。



私は、もう正気での人生は無理だ。
早く異常にならなければ。

そう思いながら、新たな推しを今も探してる。

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