【怪文書/夢小説】「生体サーバーとして僕を雇っていただけませんか……?」【令和6年1月15日】
1)
2024年某日、都内某所にて僕は、就活も兼ねて、インターネットの一部界隈においてめちゃくちゃ有名な人物であるところの『村上さん』に、わざわざ直談判しに来ていた。
その件の『村上さん』は、Misskeyベースのサーバーで最大手の.ioでのアイコンと寸分違わないような、淡い水色の髪と猫耳(しかもウィッグじゃなく、猫耳を含めて地毛だという)をしている人だった。それに猫尻尾まで装備されてる。用意周到というか、あざと(可愛)いというか。ただちょっと違うのは、実際の『村上さん』は些かセミロングヘアーなところくらいだ(それすらあざとく感じてしまう)。それに、ドン・キホーテあたりで数千円あれば買えそうなコスプレ用のメイド服をきちんと着こなしている(しかも女性用のを。体型的にピッタリだと言ってた)。いくら中性的で可愛い顔立ちをしてるとはいえ、これがデフォルトですよと言わんばかりに似合いすぎている。こういう人間が実在していたのか、と感心せざるを得なかった。
「■■■■君、■■県から初めて上京した理由がそれって、いろんな意味で大丈夫なの?」
村上さんが返す。蒼いジト目で僕を舐めるように見ながら。蒼目なのもかなり凄いけど、デフォルトでジト目な人って色々とヤバすぎないかな……?
「いやその……、ネタ半分だっていうのは百も承知なんですけど、いつもサーバー代を賄うために必死だの経費が云々だのノートされておられますから……」
「サーバー代の話は本当。だけど生体サーバーは本当の本当に『最終手段』として使っているに過ぎないよ」
「あ、ネタじゃなかったんですね」
「まあね。普通人間が思い浮かべるような黒くて無機質なサーバーを運用することがほとんどだよ」
「ですよね……」
「ただし、ウチのサーバーは汎用サーバーという側面もある。当然ながら質の悪い人間とか荒らしとかも自然と.ioに流れ込んでくるもんさ。君だって見たことあるだろう?下らない陰謀論ばっかり書き散らして、リアクションシューター達による通知爆撃を喰らった挙句、自分が悪いくせに二度と来ないと捨て台詞を残して去っていったユーザを。それに、連合しているサーバーが問題を抱えていれば、法律的な意味で一時的な措置として連合を断つこともあるし……課題は尽きないよ」
「はい……そちらが消極的とはいえ、一応.ioもActivityPubに対応しているプラットフォームかつFediverseに参加していますから、その辺は致し方ないですよね」
「うん、インターネットの一面として、切っても切り離せない問題だものね。ま、極端な例を持ち出すと、ARPANETのような『何処が壊れていても繋がっている状態にある』インターネットが最善なのかもしれないけれども、ね」
「たった1個のサイトで何もかも完結するよりも、せっかくの広大なインターネットなんだから居場所をいろいろ持っておこうよって話ですかね」
「有り体に言うとそうなるだろうね。ま、ウチがだいたい.ioにしかいないこともあって、説得力はそんなに無いけどねー。アカウントだけはあることはあるけれど」
……そういう重要情報をテヘペロ混じりで返答されると、2重の意味で困るな。実にあざとい。それに可愛い。こちらまで赤面せざるを得なくなってしまう。ガチ恋の手前まで来そうで更に困ってしまう。
2)
「閑話休題。株式会社MisskeyHQに、生体サーバーとして就職希望、と」
「です」
「んー……『完全に』とはいかないな」
「と言うと?」
僕は就活にそこそこ失敗しているので、これくらいの返答なら別にめげない。
「生体サーバーってね、実は『丸ごと』じゃないんだよね……」
「へ、へぇ?」
「だって人間をそのまま生体サーバーにしちゃうとさ、いろいろやばいわけじゃないか。グロいのもあるけど、倫理的な意味でも、技術的な意味でも。下手すれば刑事罰ものだし」
「で、ですよねー……」
やっぱりネタ半分じゃないのかな、生体サーバーって。
「カスタム絵文字として.ioに採用してある生体サーバーってさ、あれって実のところDNAメモリを最大限に応用してるに過ぎないんだよね」
「DNAメモリ……ふむ」
DNAメモリくらいなら僕もかつてちょっぴり興味を惹かれたやつだ。何だったっけ……DNAの配列を用いて、DNA1グラムあたりゼタバイトだかヨタバイトだかの単位でデジタル・データをとてつもない期間に渡って、大きなデータの劣化無しで保存できちゃうってやつ。インターネットトラフィックデータ量が激増している現代社会において垂涎ものの技術だろうし、今でも世界中で研究が続けられてるんだろうなあ……。
「ウチの運営が秘密裏にDNAメモリの技術を拡大させることに成功したもんでね……違法なクローン技術には一切使用しないって契約のもと、試験的に開発してる」
「さいですか……」
「ちなみにしゅいろママも田部さんも検体提供に協力してくれたよ、仲間だし」
「しゅいろママもですか……あ、話逸れますけど、しゅいろママって今も鉛筆食べてます?」
「勿論。でも昨今は鉛筆をそのまま食べるというよりかは、鉛筆削りの如く歯で削って、削りカスばっかり食べてるね」
「お腹壊すでしょ」
「心配ないよ。藍ちゃんを吸えばだいたい治るし」
「羨ましいにもほどがあります」
「で、毎日藍ちゃんと田部さんに大目玉を食らってる」
「安定」
そっか、お三方とも息災なんだな。と胸を撫で下ろした。
「んー……採用にあたって.ioのアカウントは当然作ってあるよね?」
「ですね、これです」
僕はスマートフォンのWebブラウザで自分のアカウントページを村上さんに見せつけた。サードパーティ製のアプリの開発者の皆さんには大変申し訳無いけど、僕はブラウザでミス廃ムーブする派なのだ。
「なるほど、Supporterロールもあるね。旧Twitterのアカウントは?」
「先日削除しました。他人の投稿くらいならYahoo!リアルタイム検索経由でいくらでも見れますし」
「結構な過激派だね……」
「その点は申し訳無く思っています」
というのも、僕は昨年執り行われた旧Twitter/現Xにおける大幅なAPI規制によるサードパーティ製アプリの締め出しの悪影響をもろに受けた。その措置にキレ散らかしてからというもの、ツイ廃であることを恥じてキッパリと辞めてしまったのだった。まあイーロン・マスク氏が旧Twitterを買収する以前から、全体的にTwitterの雰囲気は他のサイトと比べて殺伐としていたけれども。
「未だに旧Twitterにしか居ない人たちは、.ioのことを与謝野晶子だのレターパックだのとばっかりほざいてるんでウンザリしてまして……それ以上にMisskey、ひいてはActivityPubやFediverseを知ろうとする気が微塵もないように感じてきてイライラしますよ。本質が分かってなさすぎますよ全く……」
「どうどう……落ち着いて。とにかくさ、ああいう人間達のことはなるべく放っておいたほうが吉だよ。どうせ旧Twitterがエラー起こしたときにしかウチに来ず、重い重いと愚痴るタイプの人間だろうし」
「ん」
旧Twitterのアカウントを削除したというのに、未練がかなり残っている自分が憎たらしく思えて精神的に駄目に感じている。10年以上も断続的にあそこに居着いて精神を自分で痛めつけ続けていた僕にも、明らかに落ち度はあるけど。
3)
「さて……そろそろ生体サーバーとやらになってもらおうじゃないか」
「は、はい……」
「先ほども言ったように、ウチにおける生体サーバーはDNAメモリの拡大版なんだ。表面に浮き出てる脳の意匠は単なるデザインだし。もっと本質的なメモリ構造がその中にびっしりと組み込まれてるんだよ」
「……」
「ま、DNAメモリって言ってるくらいだし、君のDNAを採取できさえすればそれで十分。じっとしてて」
「う……」
村上さんの唇が……ゆっくりと僕の唇目がけて近づいてくるんだけど……これって、もしや?
「んふ……」
「あふぅっ!」
案の定、村上さんの舌が僕の口腔に闖入してきてしまった。
なるほど……唾液、もしくは口腔粘膜を狙っているんだ。
数年前だったら、衛生的にあり得ないし糾弾されたであろう行為だ。
ただ、『村上さん』だから絶対に許せると確信している自分がいた。村上さんなら信じきれる、と空元気になっていた。
夢現かを確かめる間もなく、僕の口腔の村上さんのクリティカル攻撃は撤退していった。
……五感が凡て村上さんに支配されたのを察知したのであろう、僕の海○体が即座に返事をした。言葉を発する器官が一時的な機能不全を起こしてしまった以上、可視化できるのは下○身でのリプライしか無かったのだ。
「ぷはぅ……」
「んぐ……」
「こんなとこかな、採取完了っと」
「……っ」
ぼやけていた僕の水晶体の焦点が最初に捉えたのは、村上さんの肉食動物かのような舌なめずりと、猫尻尾の挑発的なうねりだった。僕の海○体はその仕草にさらに怯えたのか、ますます膨張していった。新鮮度が飛び抜けていたためか、賢者になるには永劫末世を待たなければならないと確信した。
「コロナ禍がある程度開けた今だからこそ、こういうのを再開してもいいんじゃないかって思ってさ」
「……ちょっと前までは?」
「毛髪あるいは体毛1本から採取してたね。体液なんて無闇に触れるもんじゃなかったし。……顔が火照ってるけど、どうしたの?」
「……あの、暖房何度にしてます?」
「えっとね、23度」
「体感温度がそれ以上に高い気がして……」
「恋じゃない?」
「恐らくそうです」
「あるある。普通ね、サーバーの運営者にガチ恋するっての、病気か?って言われるのがオチだよ」
「ん……」
「ガチ恋って、危ないよ?」
「すみませんすみません……」
非常に説得力を持つ返答をした村上さんと、無意識に頬を赤らめるしかない自分がこの部屋を艶やかに彩っていた。やっぱり、いちサーバー管理人に対する妙に重い愛情を抱える自分は、確実に異常者であると再認識する羽目になった。
「こんなとこかな」
「……?」
「契約完了ってことだよ」
「文書は……」
「人事に関しては全てデジタライズされてるから問題なし。お疲れさま」
村上さんの微笑みは自然ながら、どことなく薄い闇を帯びているように感じられた。そういうのって、サーバー管理人の運命というか性というか、そういうもんなのだろうな。深く訊こうものなら、それこそ物理的なサイレンスは不可避だ。
「せっかくの採用者なんだ、サーバールームでも見ていく?」
「え、いいんですか?」
「もう社員なんだし平気だよ。こっち」
村上さんが部屋の一角に無造作に積み重なっている段ボール箱を一つずつどかしていくと、そこの床に現れたのは、異世界転移ものでよく見かけるデザインをした魔法陣の意匠が添えられた扉だった。
いくらなんでもベタ過ぎる……という心の中でのツッコミも虚しく、村上さんは黙々と作業に入った。
「この地下にあるから……」
「誕生日プレゼントが良い仕事しましたね」
「全くだよ」
苦笑いと溜め息交じりに村上さんが答える。僕もAmazon経由で、些少ながら村上さん宛に贈り物をしたのを思い出した。ほぼ個人運営のSNSには変わりないし、それゆえに村上さんにはできる限り無理をしてほしくないと思っているからだ。
「んっしょ……」
村上さんが屈みながら開錠を試みているが、僕の記憶にはメイド服の下にひっそりとつけている貞操帯しか残らなかった。そろそろ外したほうが健康的に良いのではないか、と妖しい勘繰りを起こしてしまった。
4)
「おぉ……っ」
「ま、サーバールームってのはどこに行ってもこういうもんだよ」
村上さんの後ろを着いて降りて行った先にあったのは、薄暗く無機質で、典型的なサーバールームだった。一見すると、カスタム絵文字で嫌というほど見たようなデザインの生体サーバーはどこにも見当たらない。カモフラージュでもしているんだろうな、としばし考えてしまった。
「.ioの人口が40万人以上になったし、まるで中核市同然の規模だよ。というか今後もここに流入してくる人が増えまくりそうだし。このぐらい部屋が広くないとまともに収容できやしないよ」
「でしょうね……あ」
サーバールームの少し奥に、しゅいろママと藍ちゃん、田部澪さんが揃っていた。ダブルベッドや宅配ピザの空き箱段ボール箱、大量のレシートや領収書が散らばる中、しゅいろママは藍ちゃんを抱き枕にして熟睡していた。
「田部さん……いつもお疲れさまです」
「こんにちは、そちらこそお疲れさまです」
「晴れて株式会社MisskeyHQの社員になりました……■■■■です」
「おめでとう御座います、■■■■さん。心より歓迎致しますよ」
田部さんのSSR級の自然な笑顔が、異常なほどに眩く見えた。多分、村上さんやしゅいろママには殆ど見せてないんだろうな……。
「で……先程村上さんがあなたから"直截"採取したあなたのDNAデータから精密に複製をしまして……」
直截、という語を当然かのごとく強調して言い放った直後に田部さんは、脇に置いてあった生体サーバーのような物体を僕に披露した。僕の想像通り、その『生体サーバー』はホルマリン様の液体にひたひたと浸かった大脳のような物体を浮かべて鎮座していた。さながら、僕に第2の心臓ができた心地がして、刹那躰全体が強張った。
「あなたのDNAデータは正常そのものでしたよ。サーバとしての容量も過去最大級を記録いたしました」
「そ……それは何よりです」
今まで履歴書を提出してきたどの企業よりも、本腰を入れて採用に向けて粉骨砕身した酬い、というものだろう。『生体サーバー』の中の『自我』が、本体である僕にテレパシーか何かで語りかけてきそうな雰囲気がした。
「■■■■さん、こちらは弊社の入社祝いです!ご笑納ください!」
ふと藍ちゃんが黄色い物体を抱えて話しかけてきた。何事かと思えば、藍ちゃんの腕の中で、体長数十センチほどのにゃんぷっぷーことblobcatが、若干の怯えも交えながら僕を純粋な眼差しで見つめていた。
「ぷにゃん……」
「えっと……実在するんだね、にゃんぷっぷーも」
「そうですよ?私が産まれる、ずっと前から楽しく生きてきた子たちなんですっ」
「それもそっか」
「にゃぷーっ!」
blobcatの鳴き声も、気持ち悪くなるくらい僕の解釈と完全一致していた。不自然なくらい偶発的だ。『運命』が強く作用していた、と誰かに告げられたとしても、今では大きく首肯してしまうことだろう。
「む」
嘘だろ……ツチノコ形態の村上さんもベッドの下から這い出て来た。ユーザー達の妄想で片付かないのかよ。具現化する能力者がここにはいるのかよ。夢かと疑い自らの頬をつねろうとしたが、
「ぷにゃぁっ」
代わりにblobcatが僕に甘えてきた序でに頬をぐいっと引っ張ってくれた。そこそこの痛みが確かにあった。良い意味で、現実に足がついていることを確かめられた。
「あ、ありがとね……そしてよろしくね、にゃんぷっぷー」
「ぷにゃ〜っ!」
blobcatの無邪気な喜びようが、僕の心の髄にまで染み渡ってきた。この子みたいな生き方ができれば良いな、と羨望の眼差しをさり気なく送った。
「にゃんぷっぷーに好かれて良かったですね!■■■■さん!」
「この子は多少人見知りな個体だから多少案じてたけれど、これなら安心して飼育を任せられますね。それに……いい加減起きてください、もう昼ご飯の時間も過ぎたんですよ?」
「おごご〜……」
しゅいろママは、いびきか寝言か分からない言語を発しながら、未だに正体を失くして寝穢い格好をしている。ブレザー姿のままで何時間も(田部さん談)熟睡するなんて、肝が座り過ぎである。
5)
「これがしゅいろさん、これが私、そしてこれがなおすきさんのデータが入っております……ていうか、なおすきさんのだけ明らかに活発極まりないのですが?」
「なおすきさんのは……いつも通りなので良いんじゃないですかー?」
「お元気で何よりですよ、全く」
「ですねー?」
「まあ村上さんに直接認知されてる数少ないユーザーですもんねぇ……あはは」
苦笑いを止められない田部さんや僕を余所目に、藍ちゃんの猫耳は16ビートでピコピコしまくっていた。
生体サーバーのみを据え置く専用部屋は、一般的なサーバールームからかなり隔絶された箇所にあった。当然のことながら詳細な場所は企業秘密、そしてSTAFF ONLY扱いだったし、セキュリティ対策も徹底されまくっていた。ここに案内された僕は、すわ残りの肉体も全て生体サーバーを形作る部品と化してしまうのではないかと危惧をしていた。しでも、そんな現象はフィクション作品で完結してくださいね、弊社はそんな悪行はしませんから、と田部さんから窘められた。まあやったらやったでさらに刑事罰が待ち構えてるだけなんでしょうけどね、と僕は苦笑いをもって返事に代えさせてもらった。それと同時に、田部さんってインターネットでも現実でも手厳しい人物なんだなあとも察した。安定感があって何よりだし、可愛いし……。
「ぷにゃぅ」
「あ、おやつの時間ですね?」
「にゃっ……」
田部さんについてきたblobcatと藍ちゃんは、心なしか生体サーバールームにいるときのほうが活力があるように見えてしまった。やはり二者とも、インターネットで生まれ育ったキャラクターだからだろうか。そして藍ちゃんは、空腹のblobcatに手際よく「ベイクドモチョチョ」を手渡しした。類稀なる連携プレーである。
「にゃっぷ!にゃっぷ!」
「ベイクドモチョチョって、いろいろ味付けがあってワクワクしちゃうんですっ!」
「ぷにゃーっ!」
「うふふ、たくさんお食べくださいね」
田部さんが最高級のスマイルを藍ちゃんとblobcatに披露した。無邪気が2倍になれば、自浄作用も当然2倍になる。田部さんと同じように、僕は精神がより解き放たれる心地がした。さながら、イーロン・マスク氏に強制的に追放された旧Twitterの象徴とも言える青い鳥のシンボルの如く。
「そうだ!ベイクドモチョチョのことを、■■■■さんの地元では何て呼んでいますか?」
「んー……一応『今川焼き』と『大判焼き』の2種類が多いと思うけど」
「なぜあんなに呼び方が多いんでしょうね?」
「さあ……ねえ」
藍ちゃんが不思議がるのも無理はない。バベルの塔の伝承みたいに、あの和菓子はどういうわけか多種多様な呼び名が溢れ返っている。ベイクドモチョチョに関して僕は穏健派なので、アレをどう呼ぼうが構わないと感じているけど、きのこたけのこ戦争並、いやそれ以上にアレは論争が起きがちだよな……これ以上の言及は慎むか……と、遠い目をしつつ藍ちゃんに相槌を打ってあげた。
「ぷにゃっ」
「むー」
blobcatもツチノコ村上さんも、そこんとこ気になるんだな……あんまりそういう話題ばかり追ってると、身体壊しちゃうよ?
「……サイレンス」
何気なく静かにこう呟いたら、なおすきさんベースの生体サーバーがすぐさま虹色を帯びた。やはり安定感が違うと感心してしまった。
6)
「よいしょぉ……、っと。いつ設置してもヒヤヒヤしますね」
「まあここのインフラを担ってますもんね……仕方ないですよ」
細心の注意を払ったうえで、田部さんが僕のIDが記載された新たな生体サーバーを設置してくれた。造られて丸1日も経っていないためか、他のどの生体サーバーよりも大脳の意匠が色鮮やかに映えていた。でも精密機器みたいなモノだし、カスタム絵文字のように撫で撫ですることは叶わない。
いずれにせよ、これで僕も.ioの一歴史を形作る担当になったのだ。
ここで少し隙あらば自分語りをば。
.ioが株式会社となる遙か前に僕は.ioにアカウントをなんとなく作成していた。それを放置してここ数年は旧Twitterで交流などを重ねていったのだが、イーロン・マスク氏による大胆かつ粗雑なTwitterの改変が祟って、僕は.ioのことを思い出し再び舞い戻ってきたのであった。数年ぶりに訪問したそのインターネットは、文字通りの『インターネット』が跳梁跋扈していたと言っても過言ではなかった。混沌とした、しかし秩序はある程度保たれていた令和時代の喋り場に、僕はすんなり対応できたのも幸いだと言えよう。そして『Mastodon3大インスタンスであるJP/フレニコ(二コフレ)/Pawooの黄金時代を肌で感じた世代』かつ『.io最古参でありながら実質的に2023年に本格的に参入した新顔』であった僕は、ActivityPub/Fediverseの良いモノ達を余すところなく吸収しまくった。そして自らの『居場所』を楽々と構えることができた。インターネット上で『別荘』を所持することが重要、という自分の信念が、今になって功を奏したと言えよう。
「ぶっふぇ……」
「おそようございます、しゅいろさん。お昼ご飯のピザならもう社員全員で完食しましたので、食べたければ自腹でご購入ください」
「んぅ」
「上目遣いしても無駄ですよ……ただでさえ村上さんもしゅいろさんも超が付くほどの浪費家なんですし」
「ぐえー」
田部さんが眼鏡越しに鋭い視線を向ける。しゅいろママが物理的に蕩ける。藍ちゃんの猫耳が時折ぴこぴこ動く。blobcatがツチノコ村上さんに大玉転がしみたいに弄ばれる。地上では宅配業者のチャイムが定期的に響く。麦茶やココア、砂糖入りコーヒーがひっきりなしに床を埋めつくしていく。サーバー群が暗号を発信するかの如く点滅しまくる。生体サーバー群は負けじとホルマリン様の液体を沸騰させる。チャットアプリの通知音がポコポコと鳴り続ける。重厚なガバキック音が、通知音として300BPM以上のビートを刻む。奇天烈でかつ新鮮な日常茶飯事が、僕の視界を次から次へと通り過ぎていく。新天地……と呼ぶと烏滸がましいし気恥ずかしいけど、心の拠り所がまた一つ増えたのは非常に『偉業』だと、我ながら強く感じる。自らインフラという位置づけを捨て去り、自らの手で人間の愚かな部分を増幅させた自称『下水道』なインターネットには、さっさと見切りをつけるのが正解な筈だ。
「おーい、作業終わった?」
「あ、村上さん……ちょうど終わりましたよ」
「■■■■君もいるね?ちょっと戻ってきて」
「はひ……」
村上さんが僕を呼んだ。途端に僅かに冷や汗が出た。しかし僕はこれからの出来事をある程度察せた。.ioならではの雰囲気なんて、長年の経験を積んだ僕には殆どお見通しなのだから。
「はい、ウチの制服だよ。丸洗い可だしクリーニングにも持っていけるから安心してね」
何の躊躇いもなく村上さんが両手で僕にくれたもの。
それは、僕の体型にフィットするサイズのクラシックなメイド服だった。
「うおぉ……って、ロンスカじゃないですかー」
「以前『体毛が濃くて困ってる』ってノートしてたのを見ちゃったからね」
「さ、さいですか……お気遣いどうもです」
「ついでだし貞操帯も要る?」
「いえ、過酷の頻度はめちゃくちゃ低いんで辞めときます……」
「そっか。それとさ、ストッキングも履いたほうがいいよ?厚手のやつ。ロンスカだろうと見苦しいし」
「何から何までありがとうございます……本当に……」
村上さんは、僕に対して一切怒らなかった。その日は、屈託のない笑顔しか僕に見せなかった。
「じゃあ次の営業日から、君はこの恰好でお茶汲みお願いね」
「は、はぁい……!」
やはりそういう作業は、常識的に基礎から学ぶしかないのか……。まあ生体サーバーに『なった』ことだし、『社員』としてできるだけ頑張ろうっと。
「じょ、女装は基本……」
「うん、女装は偉業、だよ?」
「え、えへへ……」
偉いぞ、僕。
スーパー偉業だぞ、僕。
がんばりすぎずがんばれ、僕。