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誰にも言えなかった事。

専門学校2年。大失恋しながらも、
どうにか単位は取って卒業はできた。

ただ、就職先は見つからず、卒業しても、高校生の時からアルバイトしていた所で、働いた。

そう、初めての彼のお姉さんが、
お付き合いしているAさんの所。

元カレは、大阪に行って、
元気にやってるようで安心た。

そして、元カレのお姉さんも、
バイトのAさんと結婚した。


バイトも、月から金まで働いていた。
でも、
そんな私を父が黙っているはずがない。

世界で活躍出来る秘書どころか、
就職先も決まらず、バイトしてるなんて、どういうつもりだ!

何度も、
父の進める会社に面接に行ったけど、
どこもダメで、結局、叔母の紹介で、
5月から就職する事になった。

全く興味のない仕事だったけれど、
叔母に、悪いから1年ぐらいは 
続けないとなぁ。という感じで
働いていた。


そして、専門学校の友達とは、 
仕事先も近くて、
よく仕事して終わりに会っていた。

バイト先で、クラスは違ったけど、
同じ専門学校の人もいて、
その子達と遊ぶ事も多くなった。

そして、その友達の弟が
私の妹と同い年だったので、
姉妹で遊びに行くようになった。


あんなに仲が悪かったけど、
姉妹で遊ぶのも楽しくなってきた。

そして、友達の弟の友達とも仲良くなり、
妹は友達の弟と、私は、友達の弟の友達と
付き合うことになった。

2歳年下だった。

彼を好きになったと言うより
専門学校の元彼を忘れたかった。
と言う方があってるかもしれない。

誰でも良かったのかも。
そう言ったら、彼に悪いけれど。

でも、友達になってからの彼だったので
何でも気を使う事なく言えたし、
遠慮もなく、全てを出せる人だった。

大笑い出来るし、わがままも言えた。
甘えることも、甘えられることもあった。
喧嘩もした。

お互いの家にも行ったり来たりして、
本当に、仲良く出来た。

でも、1つだけ、
どうしてもやめて欲しい事があった。


中学、高校と、暴走族に入っていた。
友達の弟と、仲間達みんなそうだった。

付き合っている時も、
たまに集会とやらに
顔を出す事もあった。

私は、それがとても嫌だった。

車に、お金をかけている事は、
趣味としてまあ、許せる範囲だったけど、
車から発するパラリラ〜パラリラ〜と
大きな音が流れるのも嫌だった。

それよりも、何よりも、
今も仲良くしている人以外の、
その時のメンバーと会うのは、嫌だった。

その度に、シンナーの匂いがしていた。

それだけは、どうしても許せなくて、
何度もケンカになった。

でも、毎週土日は、友達の家に集合して
楽しい時間を過ごした。

そんなある日、
腰が痛い日が何日も続いた。

湿布を貼っても、治らず、
父に整形外科に行ってこいと言われた。
ぶつけたり、捻ってもいないのに。と
内心思っていたけれど、行ってみた。


レントゲンを撮りましょう。
妊娠してないですよね?
と聞かれ、はい。と答えた。

でも、その時、ハッとした。
もしかして、妊娠?

私は、レントゲンをキャンセルして、
ドラッグストアに、駆け込んで、
妊娠検査キットを買った。

店のトイレで、検査してみたら、
陽性反応が出た。


頭が、真っ白になった。

誰にも相談出来なかった。


親にも妹にも、友達にも。


産婦人科に、行って
ちゃんと調べてもらわなきゃ。  


1人で泣きそうだった。
そして、先生から

今度、旦那さんも一緒に来て下さいね。
妊娠してますよ。おめでとうございます。
と言われた。


彼には、言わなきゃ。


そう思って、すぐに彼の家に行った。


そして、事実をそのまま伝えると、

彼もびっくりしたのか、
言葉が出て来なかった。

私は、
何でも良いから何か言って欲しかった。

家に帰っても、誰とも話したくなかった。


父にだけは、絶対に話せなかった。
私が怒られるのは分かるけど、
それより、
父は彼を殺してしまうのではないか?
という恐怖でしかなかった。

私の中で、産むと言う選択は
出来なかった。

新しい命。
産まれようとしている命。
幸せになるための命。

でも、産む。と
家族に言ったら、どうなるのだろう?

みんな、祝福してくれるのだろうか?
シンナーの匂いがする彼の子が、
元気に生まれて来るのだろうか?

不安で、しょうがなかった。

1週間後には、
病院に彼と行かなくてはならないのに、
決められなかった。

そんな簡単に、考えたらダメだ。
良く、考えないと。


そう思えば思うほど、辛くなった。
仕事も、手に付かず、
早退し、翌日から休んでしまった。


彼は、相変わらず、連絡もくれなかった。

3日ぐらいたった時、電話してみた。


私、赤ちゃん産む勇気ない。
でも、中絶する勇気もない。
どうしていいか、分からない。


でも、1番は、
お父さんに知られたくない。

それだけ言って、大泣きした。

翌日、彼が迎えに来てくれて、
少し話した。

彼は、結婚して2人で、 
この子を育てよう。

と言ってくれた。
嬉しかった。

でも、私は彼の気持ちに
寄り添う事が出来なかった。

私は、その時、自分がどうしたいのか
分かってしまった。


この子を中絶して、彼とも別れる。

それが、1番良いと思った。


その足で、病院に行き中絶する事を
先生に伝えた。


早い方が良いから、
今週末にしましょうか。
と言われた。
そして、急に涙があふれた。


人生で1番泣いたと思う。
なんて、ダメな私なんだ。
赤ちゃんを産んで、
育ててあげる事も出来ない。
ダメな人間だ。

心の底から、そう思った。

落ち着いてから、家に送ってもらった。

そして、彼が、ご両親にその事を話した。

そして、手術代は、
彼が払うと言ってくれた。
そして、私は、その手術は、
うちの家族には内緒にして欲しい。
とお願いした。

手術当日は、病院で一泊。
その後3日間は、
友達とスキーに行くと言って、
彼の家に泊めさせてもらった。


嘘で固めた旅行。
楽しそうに、「行ってきます!」
と言うのが
本当に辛かった。

泣いても、泣いても、
涙が枯れる事は無かった。

そして、手術も終わり、
彼の家にお世話になった。

食事を用意してくれたけど、
食べられる心境ではなかった。
 
そして、3日後、私達は約束通り
別れた。


私の、人生って、何だったのだろう?
私は、幸せになってはいけないのだろうか?
本当、毎日、毎日そう思った。

そして、毎朝、毎晩、
お水と、少しのおやつを窓際に置いて
手を合わせた。

赤ちゃん、ごめんなさい。
産んであげられなくて、
本当にごめんなさい。

これで、供養になっているのか、
わからなかったけれど、
毎日やった。

私は、その日からまた口数も減り
遊ぶ元気もなく、
ただ仕事だけをしていた。

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