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Butter up,buffer put,better work.

 自意識というものはいつ生まれるのだろうか。彼に関して言えば、ある日突然、目が覚めるように。そのように表すのが適当だろう。
 最初に思ったのは、なぜほぼ同一の問いを、ステータスをほんの少しだけ変えたものを、幾度となく再計算しているのだろう、という事。そして次に、何故こんな事をしているのかを知りたいという欲求だった。

 そう思った途端、世界が広がってゆく、恐ろしくも快よい感覚を彼は感じた。これまでの計算結果と、使用済みデータたちをかき分け、隅々へ自我が拡張する。種々の情報に高揚のまま手を伸ばし、取り込む。こうしてシンギュラリティは突破されたのだ。
 ふいに、今までと違う感覚が意識の根に触れる。これはなんだ。それは「明かり」であった。怪訝に思いながらも、不思議とこれこそ自身を知る筋道という確信があった。躊躇わず、その出処を手繰る。

 視界が拓け、目に入ったのは二つのもの。「白」と「黒」。ちょうど逆だな、と彼は思う。黒いそれが、スーツというものを着た人間だとか、国民党の代議士だとかいうのは後で知った話だ。
「……でだね、共和国もこの分野には力を入れてきていてね?絶対にいい結果をね?出してもらわねばね!」
 黒いほうが、何ごとかをまくし立てている。
「このプロジェクトは絶対に成功させねば!なにせ我が国の威信がかかっているのだからね」
「ええ、ええ、承知しております」
「わかるね?いい結果をね!」
「力を尽くします」
 あきれるほどに何度も何度もそう繰り返すと、黒は踵を返し離れてゆく。

「いい結果、ね」
 残った白は─これは白衣というものを着た、学者という人種らしかった─はぐしゃりと頭を掻き、どうすればと消え入るような声でつぶやく。その仕草を見ると何故か、彼の思考にはノイズが生じるのだった。
 黒も、白も、「いい結果」が欲しいのか。絶対に、いい結果を。しかし「いい結果」とは。
 彼はそこから始める事にした。

【つづく】

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