NITEに入って何でもかんでも爆破したい母

 暑い日が続いている。
 外出時は、家から目的地までの間に個人的な給冷ポイントを設け、公共施設やコンビニを通り抜けながら歩いている。電車の時間を逆算し、ギリギリまで図書館で冷気を溜めたり、水筒が空になれば無印良品にピットインして冷水をもらったりする。最近では、老若男女問わず日傘を差す姿を見かけるし、ネッククーラーや携帯扇風機を使う様子は珍しくなくなった。
 私も、アツアツの状態で電車に乗り、冷えた車内で携帯扇風機の冷風を浴びまくり、電車を降りる頃には体が冷えきるような毎日を過ごしている。そういえばいつか特撮作品で、弱点を持たない無敵の怪人に対し、炎と氷の両属性の攻撃を浴びせ続け、体組織を劣化させることで倒しているのを観た。急激な体温の上下は不死の怪人をも打ち砕くらしい。かくの如き状況でよく我々は生き延びているな、と思う。破滅に向かうと知ってもなお、扇風機は手放せない。

ハザードトリガー携帯扇風機

 生き延びるためには、日常に潜む危険を回避しなければならない。例えば、携帯扇風機ひとつとってもリスクは付きものである。携帯扇風機はその性質上、充電式がほとんどであるが、それらに用いられるリチウムイオンバッテリーは、往々にして火災の原因となっている。事例を調べると、以下のようなものが出てきた。

・落下の衝撃で損傷し、その後急に爆発四散
・ゴミとして捨てた際に、変形して発火

 どちらも小さな扇風機によるものだが、交通機関に影響を及ぼし、住宅やゴミ収集車を全焼させ、人間に危害を加えるほどの威力を持っている。
 このように、電化製品なしでは1日と暮らしていけない我々だが、付きものであるはずのリスクに対する理解が足りていない。上記の事例においてもそうだが、あり得ない使い方をしたわけではないのが特徴だ。説明書を読めば書いてあることではあるが、最悪の事態は想像がつかないこともしばしば。燃えるか試すわけにもいかない。ケーススタディが必要だ。

NITE 製品評価技術基盤機構

 『そのケーススタディを担う爆烈頼もしい組織をご存知か?NITEをご存知か??』

 心の中の英国紳士が聞き返しているところ悪いが、NITEは、片足ぶん回し友情激アツダンスバトルことナートゥとは関係ない。NITEとは、《National Institute of Technology and Evaluation》、【製品評価技術基盤機構】という独立行政法人組織の略称である。
 独立行政法人であることがその実態をほぼほぼ指し示しているが、要は、世の中に出回る製品がどのようなリスクを孕んでいるかを確認し、評価して認知させるための団体だ。もちろん業務内容は多岐に渡るが、私も無関係人間なのでよく知らない。我々一般人と関わりが深いのは、冒頭で述べたような「携帯扇風機の使用による事故や火災」といった、危険性を注意喚起する製品安全の分野だろう。

 ここまででピンときた方もいるだろうか。
 ニュースでよく見る資料映像、例えば「タコ足配線に埃が溜まって発火」とか「IH調理器の温度センサーが作動せず鍋が爆発」とか「ストーブに洗濯物が落ちて着火」とか。アレ全部NITEの実験映像だ。季節の変わり目なり行楽シーズンなり、電化製品の事故が増えそうな時期に、マネキンが爆散する映像を見たことがあると思う。彼らはありとあらゆる製品に対し実験を行なっており、資料映像として大変重宝されている。というかその危険性を認知させるための組織がNITEなのだ。

 私の母はこの類の映像を見る度に、来世はNITEに就職したいと言いだす。やってはいけないことが合法的に出来るから、ということらしい。NITEの話を事あるごとに言ってくるおかげで、母より息子がこんなに詳しくなってしまった。今世で入れるなら入ろうかしら。

 リスクのあるものによってしか豊かさは得られない。また、リスクと便利さはバランスがとられていて、製品が安全になるほど人間の行動はリスキーになるとも言われている。「暗い道は交通事故が起きやすいが、電灯がついて明るくなると今度はスピードを出す車が増えるため、結局事故が起こる確率は変わらない」。リスク・ホメオスタシスと称されるこの理論は、減ることのないリスクへの認識を改めさせてくれる。

 NITEは企業理念の中で、「社会に顕在化するリスクをきちんとリスクであると認識し、それらのリスクに真摯に立ち向かう、ひいては確かな技術と情報によって、リスクを引き受けることで暮らしの安全を守る」とまで言っている。ナイトは、NITEであると同時に私たちのKNIGHTでもあるようだ。

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