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-03- 追う?追われる?


女は追う恋愛より追われる恋愛の方が良い。


何度も諸先輩方に言われ、テレビや雑誌、
恋愛指南本などでもよく目にしてきた考え。



またと出会うことがないであろう、
1番の親友でもある夫と結婚して、
いま一度結婚前を振り返ってこのことについて考えてみる。


「追うよりも追われた方が良い」は、
個人的に

「大切にするより、大切にされた方が良い。そうゆう流れで恋愛を進めた方がいい。」



という解釈をしている。


本当にそうだろうか。
正誤を決めるようなことではないと思うが、深堀りしてみる。

結婚して4年。私は幸せに過ごしている。
先に書いたように、今後恐らく出会うことが
ないと思えるくらい気の許せる夫と出会って、
付き合って1年の日にプロポーズをしていただき、今月で結婚5年目に突入する。

夫と出会ってからの付き合いは
どうだっただろうか。

そもそも、私はどちらかと言えば追う恋愛が多かった。
厳密にいうと、先方から好意を持っていただいて
告白していただき、付き合うのだが、
付き合うとともに私の好意の方が大きくなり、
尽くすことでお付き合いが継続していくことが多かった。


「尽くす」と言っても、お金を貸したり物を貢いだりすることではなく、気持ちと行動にかける比重が明らかに私の方が重いという状態だ。

相手を傷つけたくない気持ちとそれに伴う行動。
自分がこうしたいからというより、
相手を傷つけたくない。せっかく出会えたのだから嫌われたくない。
と思う気持ちが強かった。

その気持ちと行動は基本的に報われることはなく、
相手の好意はどんどん少なくなっていき、
振られるパターンが多かった。

友達は、優しいよね。母性が強いよね。と
オブラートに包んだ言葉で慰めてくれたけど、
結局のところ、つまらなくなったから、飽きたから振られたんだと自分は理解していた。


そんなこんなで、人並みに恋愛をしてきたが、
わかっちゃいてもなかなか恋愛スタイルを変えることができず、
相変わらず尽くすスタイルを継続していた。
それでもさすがに20代中頃になると、
多少の浮気や男友達とサシ飲みを意図的にしたりしてみて、
彼に対して100%で臨まないように意識するようにしていた。
(浮気はバレなかったけど、結局いつもと同じような理由で振られた)
今思えば振られても受けるダメージを最小限にしたかったのと、
矛盾していると思うが、多少やきもちを焼かせたかったのだと思う。


実は夫とは、そんな少々こじらせていた頃に出会った。

正直、恋愛はちょっとつかれたな。
きっとまたいつものパターンだもの。
尽くして、気持ちを込めても、所詮他人。損得でジャッジされて、傷つけられる。


もう自分をすり減らして誰かに尽くすことは
したくない。


と思ってた。


のに、


偶然出会って、好きになってくれて告白されて付き合って。
ここまではこれまでと同じ。


でも、このときの私の気持ちと行動の原動力は
いままでの、どの人に対してとも違った。


見返りや自己防衛を一切考えなかったのだ。

これまでは

相手を傷つけない、大切にする。
だから私のことも傷つけないで、大切にしてくれるよね。

と心のどこかで思っていて、
「正当な理由」を保険としてかけておき、行動を遂行することで報われるはず。
それが原動力になっていたのだ。


でも、夫に対しての「尽くす」原動力は
ただただ、この人を裏切りたくない、幸せに過ごして欲しい。
例えばこれで飽きられて振られても、私がこの人を大切にしたかったから。後悔しないほど大切にする。

言語化するとこんな気持ちだった。


そうしたら、夫も同じように(それ以上に?)
私を大切にしてくれて、これから先も必ず幸せにする。と決意してくれて、人生の伴侶として選んでくれた。


以前、夫になんで私と結婚したいと思ったか、聞いたことがある。

色々理由を教えてくれたが、
その中の1つが
「こんなに自分を大切にしてくれて、自分も大切にしたいって思える人にはもう出会えないと思ったから。」
だった。


結局のところ、相手に何かを求める気持ちから生まれる行動は
相手にも見返りを求めてることは伝わっていたのだな。(だから萎える、飽きる)ということ。


逆に何も求めない純粋な愛情もまた、きちんと伝わる。

「追うより追われる恋愛」は楽しいのだと思う。きっと。
虚しくなることも少ないかもしれない。

それでも、自分が相手に尽くしたい見返りとかも考えず。と思える
相手に出会った場合はぜひとも追っていただきたい。
そしてお互いに「追いあえる相手」とこの大変な世の中を一緒に謳歌して
もらいたいと思う。




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