最後の逃避行だった


はじめに

にじさんじ所属、世怜音女学院中等部1年演劇同好会にも所属のバーチャルライバー、周央サンゴさんの逃避行歌枠というものをご存知だろうか?

ちょうど一年前に配信され、当時異色の配信として私の見ていたTwitterではかなり話題になっていた。が、逆張りすぎて「なんかTwitterでよく二次創作されてる歌枠か」くらいにしか思わず見ていなかった。気になってはいたものの逆張りすぎて見ていなかったのだ。
周央さんのオタクと名乗れるほど配信を見ているわけではないいわゆるライト層のオタクで、気になるものをたまに見る程度の距離感だったのもあるかもしれない。

私がこの歌枠のアーカイブを初めて見たのはつい二週間前くらいのことで、たまたまYouTubeのおすすめに流れてきて、見る運びとなった。一年も経つとそろそろ見てないのもなんかな……の気持ちになった。逆張りオタクとはそういう生き物なのだろう。

そんな逃避行歌枠のセットリストで一番最初に歌われたスピッツの「ロビンソン」が、権利関係で見れなくなってしまうことが発表された。

初見時の私はとにかくこのロビンソンに掴まれて、完全に周央サンゴの作り出した物語に引きずり込まれた。何とか見返して、この感情を記録しておきたい、と思い今に至る。

これは周央サンゴさんの逃避行歌枠によせたnoteである。

書き換えられたドライブレコーダー

「ん……あのさ、今からさ、車、とか、出せる?……実はね、サンディのこと、殺しちゃったかもしれない……」

細く、かすれた声が雨音と共に聞こえる。その瞬間、私は見たことも聞いたこともないサンディという存在が共通の知り合いになり、免許も持ってないのに、いつのまにか目の前の中学生の女の子のために、車を出していた。演技の上手さも相まって、一気に世界観に引き込まれる。

──あの日は雨が降っていたんだった気がする。彼女と自分と、もうひとり。三人を乗せた車内では、こんな曲が流れていたんだっけ。

そんなモノローグの後に、聞き覚えのあるイントロが流れ始める。

スピッツのロビンソンだ。

彼女の歌声は、泣いているような、不安定な歌声で、少しだけピッチがズレていた。デフォルトで微笑んでいるような表情だからか、泣き笑いのように見えて、余計に臨場感が増す。

「別に声震えてないよぉ。やめてよそういうこというの。ふふふっ」

自分が指摘したのだろう。間奏で彼女はそう言った。2番からは少しづつ声が安定し始めて、ラスサビで間違えてしまったところでは笑みもこぼれ出した。

「急なのに車出してくれてありがと」「ドライブとか好きなの?ドライブ用のプレイリストまで作ってるんだ」

曲が終わり、彼女は自分に色々と話しかけてくる。

「殺すつもりはなかった」「ワイパーの音だけだと辛くなるから曲を流してもいいか」などと明るく振る舞う会話の中には現実(虚構の中の現実)を見せてくるようなものもある。

さて、このあたりの下りまで(曖昧なのは想定していた時間よりも前に二曲目の中央フリーウェイまでカットされていたからである)が現在は見ることができない。

新しくなったアーカイブでは、モノローグが終わって直ぐに松任谷由実の中央フリーウェイが流れる。

あのロビンソンを聞いた身からすると、違和感がある。まるで、ドライブレコーダーが意図的に編集されたような感覚だった。免許もない自分には、ドライブレコーダーの映像が編集できるかはわからないが、感覚としてはそんな感じだった。

歌い始めた彼女はあっけらかんとしていた。まるで、何も起きていなかったかのように。

存在しない記憶を脳内に無理やり埋め込まれるような配信で、序盤がカットされても、それは変わらない。

自分たちはたしかに真冬の夜に車に乗ってサンディを埋めた。寄り道して、海にも行った。人を埋めた経験なんて当たり前だが一度もないのに、誰か一人埋めたような感覚になった。家の中でぬくぬくとしながら画面を見ているだけなのに。

「今晩最後、ンゴとサンディを埋めにいこう」

あのロビンソンはあの配信における核のひとつだと思う。今日は確実に最後の逃避行だった。

今残っているのは編集されたドライブレコーダーの記録だけで、あの時の体験を追体験することはもうできない。


最後に

もっと早く見ておけばよかったという後悔はもう遅い。あの時のことを思い出しながら、残された記録を見ることしかできないのだ。

多くの人を魅了する理由を見て初めて理解できた。演技の上手さ、絶妙な選曲、言葉選び、音や画面の臨場感、全てが噛み合って完璧な物語になっている。ロビンソンの部分が消えた今、序盤の一部が読めない本のようになっているため、本当の輝きを理解することはできないかもしれない。

このnoteを読むような人で見てない人は恐らくいない(し、多分私が見るのが遅すぎたためこのような文は他にある可能性もある)とは思うが、仮にもし見たことがない人がいれば、よければサンディを埋めに行ってみてほしい。


※当該noteに関して問題があれば削除いたしますのでご連絡ください。

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