書評:『迷走する帝国──ローマ人の物語[電子版]XII』(塩野 七生)

さて、いよいよ傾くローマ帝国である。

終わりを直接的に作ったのは、カラカラ帝であろう。

カラカラさん、理想主義者で、今まで属州民とローマ市民に分かれていたのを属州民を含めて、全員ローマ市民にしてしまった。みんな平等。人権という面ではなんと素晴らしい!だけど、うまくいかない。

まず、税制。属州民には10%の直接税をかけていた。ローマ市民は直接税がない代わりに兵役などを課していた。全員ローマ市民になると、属州税がなくなる。直接税の10%がなくなれば、税収がおかしくなる。安定財源の代わりが、ローマ市民にかけられていた相続税の5%という不安定な財源を全体に、であった。これでは、財政が回らなくなる。挙句、臨時戦争税をとり、相続税を10%にあげているが、財政は火の車。安定財源大事。ちょっと考えればわかると思うのだが。

軍隊にも問題がでる。今まで、属州民も兵隊に志願して補助兵として勤め上げると、ローマ市民権が得られた。貧しい家から成りあがるには良い手段で、これで兵隊のなりてがあった。しかし、誰でも生まれた時からローマ市民となると、わざわざ補助兵になる必要もない。結果、兵隊不足。

ローマ市民で構成されるローマ兵と属州民の補助兵には差があった。これがなくなった。年金とか除隊までの年数などの待遇差があった。待遇の差をつけようがなくなった。現代に例えると、今まで子会社の社員で給与テーブルも福利厚生も低くてすんでいたものが、全部合併したものだから、給与テーブルも本社の正社員並みということで、こちらも費用が増加。まあ、同じ品質の仕事をするなら一緒でもいいのだが、実際は、仕事の内容も、仕事に取り組む姿勢も違うから困ってしまう。

税収が減って、費用が増える、しかも、費用の中でも固定費を増やしているんだから、財政が傾くことは簡単なわけで、ローマ帝国が崩壊に向かう。

ローマ市民権を与えた人に対して、あとで「やっぱり、あれ、なしね」とはいかない。後戻りできない泥沼の財政難。

ローマ帝国のグランドデザインは、初代皇帝アウグストスが作っている。

・みんなで消費税1%、
・属州民の直接税10%
・ローマ市民の相続税5%(ただし、直系の親族へは0%)
・港で関税かける
・この範囲内で軍隊を組織し、平和を維持する

それを崩して、税金高くして、よく分からん理想を追求させても、民衆が高い理想に付いてくるわけもなく、ローマ帝国は崩壊に向かう。

結果、読むのも憂鬱になるくらい皇帝が変わる。

皇帝がいない無政府状態というのにも近い。皇帝とは名ばかりで、防衛線の軍隊が勝手に自分の親分担いて、皇帝と名乗らせる。防衛線は、ライン川、ドナウ川、東方とあるので、ここで違う人を担いて、順次、内戦に陥る。雑魚の兵卒が親分担いでも、親分には皇帝の仕事はできない。混乱の極み。

北の蛮族がドナウ防壁を超えてきて、略奪を繰り返す。彼らは馬に乗ってきて、略奪する。当時のローマ軍は歩兵が主体。徒歩で追っても、馬には追いつかない。捕まえれば勝てるが、捕まえられない。国土荒廃が進む。

ペルシアも再興してきた。皇帝ヴァレリアヌスは、お人好しでペルシア王シャプールの捕虜になって、そのまま死んでしまう。ローマの覇権も地に堕ちる。武力で周りを従わせる意味の「覇」はなくなり、ローマ帝国の覇権は終わる。

どうでも良い理由で、ガリアは、ガリア帝国に分裂。中身はローマ帝国と同じだが、くだらぬ理由で分裂。トルコ・シリアの方も独立してしまって、帝国が3つに分裂。

耕作地も荒れる。

今までは、防衛線に守られて、ローマ帝国の内部は平和そのもの。だから、農家は田舎の平野に住んで、畑を持って、色々やるので、豊かであった。特に、塀に囲まれた家に住む必要もなかった。

ところが、頻繁に蛮族がくるものだから、平野に住んでいると殺されるし、農作物も持っていかれてしまう。不便な山に住んで襲われないようにしたり、都市部に移住したりで、土地は荒れる。農作物は取れない。商業も似たようなもので、国の経済力が落ちていく。税収も落ち込む。金がないから軍隊も持てず、ますます平和を維持できないのが、このころのローマ帝国。

軍事から変えるということで、皇帝ガリエヌスが頑張って、重装歩兵から騎兵へと軍隊を変える。敵が騎馬だから、ローマ帝国も騎馬に変える。これは、必要な改革だったんでしょうね。でも、軍隊の中身も変わる。また、元老院議員というジェネラリストでは、鐙のない騎馬は乗れないので、軍人は軍人、元老院は元老院となってしまい、政治も軍事もわかるという本来のローマ皇帝が持つべき能力を持つ人がいなくなってしまう。

ちなみに、皇帝ガリエヌスもどうでも良い下士官に暗殺されてしまう。このころの皇帝で多少良い仕事をする人もいたのだが、皇帝が雑魚にあまりにも簡単に殺されるのが、この頃のローマ帝国のやばいところ。

皇帝アウレリアヌスが武力で統一。北の蛮族を撃ってダキアを放棄し、東の謀反人を撃って、西のガリア帝国をまた再征服する。やっと統一なるが、この皇帝は秘書エロスという雑魚の手にかかり、この皇帝も在位4年で殺されてしまう。

次の皇帝プロブスさんが、蛮族を大いに撃って、平和が安定。しかし、北アフリカの地でどうでも良い奴に暗殺される。殺された理由は、兵隊にツルハシを持たせたから。昔の重装歩兵は工事もしたけど、騎兵は工事をやりたがらない。工事をやらせようとしたら、どうでも良い一兵卒に工事用の塔を倒されて、皇帝は死んでしまう。なんとも残念。そのあと、落雷で死ぬ皇帝とか出てくる。

というところで、この巻は終わり。

だらだら長いので、まとめておく。

紀元201−300年は、「三世紀の危機」と呼ばれるやばい時代になる。騎馬隊である蛮族が北から攻めてきた。その騎馬に重装歩兵は対抗できる軍事力の質ではなかった。戦車に竹槍とは言わないが、艦隊戦に戦闘機の様相で、機動力が足りない。有効な軍事力に立て直すまで、土地は蛮族に荒らされ、経済は落ち込み、ローマ帝国は落ち込んでいく。内政・経済面では、安全保障がないのもまずかったが、安定した税制を壊したのがよくなかった。初代皇帝アウグストスの功績をぶち壊す、カラカラ帝の大チョンボである。

結局、敵を見て、同質の騎馬部隊を作ることで、仮初めの平和は作られる。この先の皇帝の殺され方がヤバい。どうでもいい雑魚に、大した理由もないのに、良い皇帝が殺されまくるのが三世紀の危機。皇帝は、近衛軍をしっかり持っていないと、足元すくわれる。また、すぐ最高権力者が足元すくわれるような組織は救われないということだろうと思う。

やっぱり、ガバナンスは大事である。リーダーをコロコロ変えるような政体も悪である。クーデターを起こす雑魚は、排除する文化を作っておかないと、帝国自体が壊れてしまうということであろう。

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