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書評:『PIXAR 〈ピクサー〉 世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』(ローレンス・レビー, 井口耕二)

極めて読みやすい。そして、面白いストーリーだった。

倒産寸前の冴えない会社であるピクサーが、トイストーリーを完成させ、大きく羽ばたくまで、そして、落ちぶれてしまったスティーブ・ジョブスがビリオネアとして復活するまでの時代を描いた作品である。主人公は、PixarのCFOだったローレンス・レビーさん。文章も綺麗で、章の構成もよく、井口さんの邦訳も良く、大変わかりやすく、読みやすいし、面白い。


私は、Pixarの映画が大好きである。

子供を持つ今、ディズニーの映画などどうでも良いが、Pixarの映画が好きで、ジョン・ラセターの作品が大好きである(ジョン・ラセターはもうPixarにいないけど)。そういう素晴らしい会社と作品がどのようにできたのか、管理本部長という感じの弁護士出身のCFOであるローレンス・レビーさんの視点から、ピクサーの物語を描いている(逆に、クリエイティブの現場のことは何も書かれていないので、ジョン・ラセター的なクリエイティブの現場を期待してこの本を読むとがっかりすると思う。驚くほど何も書いていない)。

内容は、詳しくは読んでもらうとして、私として意外だったのは、ピクサーの歴史である。スターウォーズのルーカス・フィルムのCG部門がスピンアウトしてできたのが、ピクサーであることだ。知らなかった。ジョブスはそれを買って、新しいコンピューターを作ろうとしたらしいが、この本の舞台になる頃には断念していた。残ったのが、レンダーマンというマニアックなレンダリングソフト、CMのCG制作、短編アニメーション、そして長編アニメーション。よくよく精査して見ると、どれも、事業としては絶望的なものばかり。しかも、唯一でかい事業になりうる長編アニメは、ディズニーとの契約はヤクザで(まあ、ディズニーと結ぶ契約としては、それが標準なのだろうけど)、うまくいってもピクサーの事業はうまくいかない。CFOが来るまで、毎年5億円ぐらいスティーブ・ジョブスが小切手を切って、会社の赤字を補填していたという。その、スティーブに招かれて、ピクサーに入ったのがCFOのローレンスさんなのである。

そして、ジョブスとピクサーは驚くほど関係ない。ジョブスは、良きスポンサーではあったけど、映画のことは何も知らなかったし、CGの可能性にかけてPixarを買ったわけじゃない。コンピューターを作りたくて買って、それは挫折している。だから、今のピクサーの事業を作ったのは、エドさんとジョン・ラセターであって、ジョブスじゃない。驚くほど関係ないのだ。

ただ、管理本部のローレンスさんとスティーブ・ジョブスは大活躍をする。全く儲からないCG屋をタイミングがよかったとはいえ、IPOまで導く。全く無名のジョン・ラセターに当時の慣習に逆らって、クリエイティブをすべて任せて、賭けに勝ったのである。本に書かれているのは、そういうクリエイティブを支える管理本部のみなさんの物語である。

そう言った意味での管理本部のスティーブ・ジョブスさんとローレンスさんのやりとりが見られるこの本は面白い。また、ジョブスの意外な側面が垣間見れて面白い。

ローレンスさんがジョブスに呼ばれたのは、ジョブスが落ちぶれている頃である。ジョブスが砂糖水を売っていたCEOにappleを追い出され、appleの株を売って、ネクストコンピューターを作っていた。ハードウェアはちっとも売れず、OSだけを切り出して事業がどうにもいかない時期(next step使ってたぜー)。そのネクストの対岸にあったのがpixarだったけれども、こちらもジョブスの本命のCGレンダリングコンピューターとしての事業は破綻して撤退。SGIみたいなスーパーコンピューターを目指したんだろうけど、見事に破綻してた。スティーブ・ジョブスが過去の人になっていたその時に、ローレンスさんは呼ばれて、ジョブスと一緒にピクサーをどうでもよかったアニメーション事業として再生させていくのである。ただの敗戦処理ですな。

そこから、Pixarは成功して、ジョブスは時の人になるわけだ。描かれているのは、時の人になる前のジョブスだから、距離感が違う。ローレンスさんは、ジョブスの自宅に勝手に上がって良い人であるし、近所の人だし、関係が非常に近いのである。

そういう、事業を作っていく人たち(傍観者じゃなくて)の話なので、事業を作っていく人たちにはすごく役立つ話が多いと思う。

クリエイティビティが必要な仕事において、悩むのは、管理本部的な管理をどこまでするのか、と、思いつき的な自由な発想をどこまで許容するのかの部分である。私風にいうと、アートとビジネスのバランスである。

ローレンスさんは、あとで気づくのだが、彼は中道という言葉を使う。儒教用語で言えば、「中庸」であり、明治時代に渋沢栄一さんが気づいていたことである。

ピクサーは、クリエイティブをすべてジョン・ラセターに任せて、口出しをしない会社である(ディズニーは彼をセクハラで追い出したけどね)。それが意味するところは、制作費用を管理できないということである。その中で、CFOをやるという仕組みをピクサーは作っている。

私自身、すごく昔に、CGのコンテンツをチームで作っていた。プロジェクト管理とアートのバランスが凄く難しかった。でも、アートのところと管理というのは非常に相性が悪いので、ほおっておくしかない。アートというものは、計画からは出てこない。運に任せるしかないし、ワーワー遊んで試行錯誤しているうちに、ふと良いアイデアが浮かんできたりするのである。

これを経営としてどうマネジメントするか。私は、こういうのが嫌いではないが、ハーバードビジネススクールからすると難しいんだろうと思う(ちなみに、私にアートの才能はゼロである)。結局、クリエイティブは放っておくけど、財務的には手当てをしておくのが一番の良い管理なのである(任天堂とかがうまい)。


さて、私も映画を見ると見てしまうのはエンドロールである。ピクサーの映画がすごいなと思うのは、Rendering artistと肩書きが書いてあることである。CGの仕事は地道な仕事が多いんだけど、そこにShading Artistのようにアーティストという言葉があるのだ。Disneyの映画だと、staff, managerのように書かれているのだが、Artistなのだ。私は、これを見て、「やっぱ、ジョブスはすげーな。現場が俄然やる気になるよな」と勝手に思っていたのであるが、この本を読んで、それを主導したのは、ジョン・ラセターとか、元からピクサーにいた人であるということがよく分かった。この件について、ジョブスは何もしてない。

そして、ピクサーという会社が、かっこよくスタートアップで3年で上場みたいな話では全くなく、ルーカスフィルムのスピンアウトで、10年15年もパッとしない倒産しかけの中小企業から、やっと夢叶って、トイストーリーを出して、ディズニーとの契約に苦しみながらも、画期的なアニメーションを生み出したのだということに、改めて敬意を表すると共に、画期的なことをするのって、大変だよねー、と思うのであった。

やっぱり、こういう大変な仕事やチャレンジって、そういうことが好きな人と本当のプロフェッショナルしか、続かない。ローレンスさんというCFO・管理本部長のプロフェショナルが書いたこの本を読んで、心の底からそう思いました。そして、エドやジョン・ラセターといった経営陣を心から尊敬するのでありました。

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