書評:『賢帝の世紀──ローマ人の物語[電子版]IX』(塩野 七生)

前巻とはうって変わり、賢帝シリーズである。

皇帝と言うと世襲のイメージがあるが、この時代のローマ皇帝に血の繋がりは薄い。一応、血縁ってことになっているけど、養子縁組で次の皇帝を外から取ってきている例も多く、実子が継いでいる例は少ない。世襲というよりは、日本企業の社長が勝手に公認を決めて、禅譲するのに似ている。但し、任期は死ぬまで。伝統的な日本の大企業における社長システムは、ローマ皇帝的なのかもしれない。

さて、老齢の皇帝ネルヴァはすぐ死んで、皇帝トライアヌス。よくできた皇帝すぎて、読後の印象があまり残っていない。

ダキア戦役が面白い。

ローマ軍は攻める時、道というインフラを作りながら攻める。軍は戦闘もするが、全員が工兵という徹底ぶりで、土木のプロフェッショナル集団でもある。道と城と都市を作りながら転戦している人たちで、山があれば削り取り、平らにして道を引いてしまう。軍団の駐屯地は都市みたいであり、実際そのあと都市として使われる。軍営と城と都市はほぼ一緒。土木屋が大量に動いて、城を構築しながら、相手を追い詰めていくのがローマ式の戦い方と言えるだろう。だから、数が少なくても強い。いつも城で戦っているようなものだから。特に、守りも強い。

ドナウ川に橋をかけ、徐々に蛮族を追い詰めていく。一度、冬に、予想外の東の陣地に攻められたローマ軍。守りが硬いので、城で守りきって援軍きて撃退する。逆に東から侵攻できると知って、次の春には、そっちからも軍を回す。拠点を一つ一つ制圧して、基地や都市や道を作りながら、相手の本拠地をぶっ潰したのがダキア戦役。ダキアの人は、奴隷に売られて国が滅ぶ。

となると、この人がたくさんの建物、港、インフラを残した名君だったことも繋がってくる。建築家アポロドロスに任せて、インフラを作りまくったのがこの人。それが名君のなをほしいままにする。軍も土木の人だから、この皇帝は、土木の皇帝だ。

嫁さんも大人しく、偉そうにしないので、問題も起きない。唯一悪いと言われていたのが、酒飲みであったことらしい。ローマ人は葡萄酒を水でうすめて呑んだのが普通らしく、そのままのむと色々言われる。お酒が大好きな私は、好感持っちゃう。

唯一の味噌が継いたのは、晩年にパルティア(今のイラク)に攻め込んだこと。一度は制服するが、ちょっと冬の間に軍を引いたら、各地一斉に反乱を起こされて、元の木阿弥。ダキア人を同化せず、滅ぼしたのが、良くなかったと塩野七生さんは解説している。ちょっと頑張りすぎたぐらいの名君。

さて、その次はハドリアヌス。この人は、辺境の旅ばかりをして、ローマ帝国の防衛線を立て直した人。防衛線における設備や都市の整備と、軍隊の再編成と慰問や励ましなどをして回って、ローマ帝国の安全を万全にした働き者である。

皇帝になるぐらいで、パルティアからうまく兵を引いて、元に戻す。失地回復などせず、負けたことにもしないあたりの処理がうまい。

辺境の旅は、ドイツのあたりのライン川の防衛線から始まり、イングランドとスコットランドの間の防衛線を回って、スペイン、アテネを通って、北アフリカの防衛線と軍隊を固めて、帰国。しばらくして、エルサレムでユダヤ人の反乱をおさめるために出兵する。こちらも、土木関係の技術者を引き連れて、土木工事をしながらの旅である。

まあしかし、塩野七生さんがユダヤ人が嫌いなこと。直接は書いていないが、要するに、この人は選民思想が嫌い。その背景にあるのが一神教である。多神教は違う人を認められるが、一神教は、一つの神を巡った争いになって、妥協と融和ができない。ローマ帝国とは、人種のるつぼで融和の世界だから、ローマ帝国が好きになれば、ユダヤ教とユダヤ人は嫌いになるのは、当然の構造ではあるのだが。読んでるこっちも、ユダヤ人が嫌いになってくるわけだ。

同様に、塩野さんは、キリスト教も嫌い。結局、キリスト教史観というのがあって、結構我々が学んだ世界史の教科書には、バイアスがかかっているんだなと思う。最近の考古学とDNA解析の発達で、バイアスかかりまくりの人間が書いた歴史書ベースの歴史が、本当の歴史に書き換えられつつあるのをちょっと感じる。

というわけで、極めてローマ的に、兵站を固めて、城を作って、じわりじわりとユダヤ人過激派が立てこもるエルサレムの要塞都市を追い詰めてぶっ潰していくハドリアヌス。ローマ帝国に歯向かうエルサレムのユダヤ人を追放し、離散させる。これを「ディアスポラ」というらしいね。意味は離散の外国語読みだから、覚えても意味ないけどね。

後継関係はちょっと失敗して、後継者に予定していた病弱な人を戦線に送って、病死させてしまう。大統領がいる国の首相みたいなことをやっていて、いろんな大臣やっていたアントニウスさんを後継にしつつ、その先の人をアントニウスさんの養子にさせて、二代先まで安泰にしつつ、死亡。若い頃の無理がたたり、60代で体は不自由になったそうだ。病気一つしない人というのは、体を酷使しすぎて、結構寿命が短いのかもしれない。

その次のアントニウス・ピウスさんは、平和なおじさん。皇帝ハドリアヌスが各地を回って、ローマ帝国の国境防衛を固めてくれたから、その中の各地は極めて平和。内閣で仕事が長かったので、仕事も安定しており、平和なローマ帝国を平和に治めましたとさ。平時にはとても向いた人で、無理せず、ローマで指揮をとったので、こちらは長生きして、5賢帝の4賢帝目まできて、この巻はおしまい。

しかし、この本を読んでいて思うのは、なんで歴史の教科書はあんなにつまんないんだろうなということ。三国志も同様だけど、本で詳しく読むと面白いのだが、詳細度が下がると途端につまらなくなる。年号覚える授業じゃなくて、数々のローマ皇帝を通じて、人間の良し悪し、結果の出る出ないを歴史を通じて、授業で教えたのであれば、もっと人気が出たんだろうねと思う、理系的な私でありました。

まあ、あと、塩野さんの文章が簡潔から程遠く、重複だらけなこと。連載がきつかったのかな。カエサルがいたら、内容そのままに、半分ぐらいの厚さの本に書き直してしまうと思う。


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