書評:『ギリシア人の物語III 新しき力』(塩野七生)

塩野七生さんのギリシア三部作の最終巻。マケドニア王フィリッポスとその息子アレキサンドロス大王を巡る物語。あえて、父親としてのフィリッポスに注目して読んでみたい。

漫画「ヒストリエ」に詳しいが、アレキサンダー大王の父親はフィリッポスである。この父、塩野さんも書いているが、なかなかに王としても優秀、父親としても優秀である。

アレクサンダー大王は、騎兵とファランクスという長槍を持った重装歩兵を駆使して、ペルシアを破り、大きな国を作る。寡兵とはいえ、精鋭ぞろいであり、その精鋭を作ったのはフィリッポス大王である。アレクサンドロスは、極めて優秀な指揮官であり、リーダーではある。しかし、彼を教育したのは、フィリッポスである。

体育という意味では、スパルタ方式を施し、他の強化はアリストレテスを招聘して教育に当たっている。アレクサンドロスだけでなく、学友を作り、そこにも同じ教育を与えている。王とその取り巻きをエリートとして育てたのはフィリッポスである。

また、衆愚政治に陥っていたギリシア世界を「ペルシアを破る」という名の下に統一したのは、フィリッポスである。残念ながら暗殺されてはしまったが、なかなかのイノベーターである。

アレクサンドロス(面倒になってきたので、以降アレックス)の体力・武力は凄まじく、傷を負いながらも常に部隊の先頭に立って軍を率いていた。寡兵でありながらも、遊兵が少なく、実効的な兵士数が全ての対戦において互角以上にしてしまうその手腕、戦術眼、指揮が素晴らしい。またアレックスは、政略にも長け、戦闘での勝利を最大限に活用し、支配に続けていく。外交の手腕もしっかりつかっていく。

ペルシアという大国があって、それをのっとっただけかと思いきや、実際詳しく読んでみると違うようだ。ペルシアの実態は、中くらいの国の部族長が集まっているのの連合という形であるので、ペルシアの長をうっても、実質的な支配者である部族長を抑える必要がある。その仕組みを作ったのはペルシアだが、部族長をすぐに従わせるのも容易ではない。

また「すでにできていたペルシア帝国をのっとっただけでしょ」と思っていたのだが、実際は、現在のアフガニスタンあたりは、山岳地帯で、ゲリラ戦を仕組まれてアレックスも苦労している。その中でも、兵站がしっかりしていて、兵を飢えさせることもなかったし、兵員の補充もちゃんとされていたようだ。

まあ、原著を読んだわけでもないが、アレックスやローマが帝王学と言われるのはよくわかる。

ただ、塩野さんの本の重複の多さはちょっと辟易がする。ローマ人の物語との重複も多いが、同じ本の中で、繰り返しの記述も多い。年を経る毎に重複が増えるような気がするのは、老人の話に繰り返しが多いことに似ている。忘れた人用に繰り返しというのもあるのだがろうが、親切を超えて、大変にくどく私は感じる。昔の欧米の本のように、文字数で価格が決まっていたのではないかとさえ、思ってしまう。まあ、売れっ子の作家であるし、連載で記事を埋めなくては行けなかった事情があるのだろうが、もう少し、簡素になってくれれば良いなと私などは思ってしまう。

とはいえ、日本の歴史とともに西洋の歴史という意味では、こういう話をこの詳しさでは知っているべきなのだろうという意味で、意義ある1冊であった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?