書評:『オランダ商館長が見た 江戸の災害』(フレデリック・クレインス)

この本は、本の位置付けが面白い。

時代は江戸時代、場所は長崎の出島である。鎖国の日本の中で、数少ない国として日本との交易をしていたオランダ。その東インド会社の商館が長崎の出島に置かれていて、そこのボスの日誌を振り返るというのがこの本なのである。

アンネの日記のように、日記なのではない。これは、おそらく日誌である。日本出張所の長として、業務として日誌をつけることになっていたのが、日本支社長である。株式会社のサラリーマンなので、毎年、この館長が変わるのだが、日誌がオランダに残っていて、磯田さんが、江戸好きのオランダ人に「ゆー、本書いちゃいなよ」と言ってできたのがこの本(多分)。

明暦の大火って大変だったのね

江戸時代のまだ最初の方に明暦の大火というのが起きる。

オランダの商館長というのが面白い。オランダ東インド会社に所属している。江戸に来ているのは、最初年数隻の貿易船。これが最後の方には、年に1隻しか来ない。

今で言うと、南極大陸の観測船と昭和基地のようなもので、夏のうちに隊員が船で来て、1年昭和基地で過ごして、次の年の夏に帰るみたいなものが、オランダの出島で行われていた。とは言っても、オランダに帰るのではなく、インドネシアにある拠点との交易だったのだと。インドネシアでは香辛料などがいっぱい出たので、そこに大きめの拠点があり、日本支社ともちょっと取引しとくか、その程度の話であったらしい。

とはいえ、鎖国の中、貿易をコントロールしたい江戸幕府なので、商館長にも参勤交代をさせていて、年に一度、江戸に来て、将軍様に挨拶せいとやっていたらしい。

オランダ人にとっては、将軍様は王族なので、むしろ、面会の機会があることは名誉であったらしく、はるばる長崎から江戸まで船に乗ったり、歩いたりして、来て、ご挨拶して、貢物して帰っている。その道中で、明暦の大火にあってしまった商館長の話が詳しく乗っている。

長崎屋という銀座にあるお店が、オランダ人の宿であったらしいのだが、こちらも見事に焼けてしまう。将軍様への奉納品についても、蔵に入れていて焼けてしまうとか、長崎奉行の屋敷の蔵に入れて焼けてしまうなど、生々しいその道中がその本には書かれている。

江戸の町を右往左往していたら、浅草の方まで逃げる羽目になり、浅草の農家の家に止めてもらってどうにかなったとか、命下ながら逃げる様子がリアルに描かれていて、面白い。危機管理である。

内容は、「江戸の火事サバイバル」みたいになっていて、まるで小学生向けの漫画のようにドキドキハラハラの展開である。現実は小説より奇なりというが、まあ、面白いです。

江戸の町って、燃えやすいし、ほとんどが、単身で出稼ぎをしに来た労働者だから、景気が悪くなると、ちょっと燃やして建設需要を作るみたいなところがあって、火事が絶えなかったみたい。

立派な江戸城まですっかり燃えてしまい、将軍様は、蔵を開いておかゆをみんなにあげていたり、街の再建費を出してあげたりしている。

まあ、たまに起きるぐらいなら良かったんだろうけど、こんな大火が何度も出ているから、将軍様の資産も、江戸城もままならなくなってきて、江戸時代の停滞は起きたんじゃないかと思う。

江戸時代初期の、華やかな江戸城と、華やかな徳川の将軍様は見てみたかったなあと思います。

ただのオランダ人の江戸本ならつまらなかったのだが、磯田道史さんの解説が入っているので面白い

「ゆー、本書いちゃいなよ」の磯田さんなんだけど、オランダ人がただ江戸時代のオランダの書籍を書いただけだと内容が薄くてつまらない本になっていたと思うのだが、この本はそんなに薄っぺらい内容の本ではない。磯田さんなどが時代考証を手伝っていて、当時の江戸の町の地図などとバッチリ見比べて検証しているので面白い。

江戸の町がどうだったのか、江戸城がどのような作りだったのか、その中でオランダ商館長は将軍にどうあったのか、など当時の江戸の様子と見比べながら話が進むので、リアルで面白いのだ。

西洋人の目から見た日本ということで、これをいろんな人が検証しているので、この本は面白い。

元禄地震の話

1704年の話。江戸では大地震が起きるのだけれども、やっぱり、オランダ商館長は、江戸に来いと言うことで、江戸に呼び出される。

まだ余震が続く中の道中となる。当時の商館長であるタントの描写が面白い。川の増水で川越できずに宿に泊まるとか、箱根峠を超えて小田原に着くと、屋敷が燃えて町がなくなっていたとかありつつ、無事銀座の長崎屋にたどり着く。

時代は犬将軍綱吉。将軍様との謁見も済ませる。その後、奉行の屋敷に寄ったりするのだが、ここの御武家の奥さんたちの興味のまとは異人さんということで、色々いじられそうになるのをかわして、なんやらという様子が、こらまた、面白い。

その他の話

他、京都の大火事とか、長崎の地震、熊本あたりの大地震と津波の話などが載っている。

京都の大火事では、京都全体が燃えていて、天皇も避難している。その避難のルートが非常に合理的など、時代考証が面白い。

中でも、オランダの貴族たるファン・レーデさんが面白い。親父がオランダのいい貴族で、重役に圧力かけてバカ息子のファン・レーデさんを出世させるべく色々裏で交錯している。レーデさんも坊ちゃんだから、色々な人に指示したり、お小言を並べてみたりとその人間模様が面白おかしく書かれており、当時の様子が伺えるのが大変に面白い本でした。

感想

いや、江戸って地震が起きるよね。関東大震災は必ず起きるよね、そして、火事もきっと起きるよね。

これって、ほぼ確実におきることなのに、しばらく地震がなかったという理由で、それに本気で備えていない東京都民がいるわけで、本当に慣れって怖いなあと。

地震も火事もいつ起きてもおかしくないのが東京だと思う。その時に、どう逃げるべきなのか、そういうことが江戸時代を見ることでわかる気がするのがこの手の本である。

とりあえず、当座の食料を確保して、寝る場所を確保して、遠くの親戚のところに逃げるのが正解だろうなと。火事は、方角見て逃げるのが大事なんだけど、風向きが変わるということと、1日過ぎたら安心ではなくて、しばらく火事は続くから、その前提で広域を捉えていないと危ないということがよくわかった。

あと、土蔵というのが当時あって、「火事になっても大丈夫」と言われていたけど、んなものは都市伝説で、あんまり役に立っていない。科学的な根拠がないものは、災害対策には信じない方が良さそうだし、実証として、同じ災害にあっていないものは信じないほうが良さそう。

そして、5年、10年経てば元に戻るんだろうけど、それまでの再建は結構大変だよねと。

江戸時代の木造住宅なら良いけれども、今のコンクリートの高層ビル時代、富士山噴火して火山灰が積もったら、日本はどうなるんだろうか。

ちゃんと考えておこうと思いました。


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