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書評『動物たちの内なる生活 森林管理官が聴いた野生の声』 (ペーター ヴォールレーベン, 本田 雅也)

前作の植物の本はよかったけど、こっちはそうでもなかったかなというのが感想。まあ、これはこれで面白い本なのだけど。

ヴォールヘーベンさんの本は、随筆なんだけど、そこに科学的な考察が加わっているところが面白い。前回は森に対する愛を語っていたわけだが、今回は森にいる動物への愛を語っている本である。

密かなテーマは、動物の知性である。しかし、物事が動物と人間になった瞬間に、欧州人と日本人では大きく感覚が異なるわけで、日本人にとっては、すごく幼稚な本になってしまうのが残念である。

背景として知っておかなくてはいけないのは、キリスト教。この手の本を読むと、本当に欧州人はキリスト教に毒されているなあと思う。キリスト教の根本は「人間は神に選ばれた存在であって、他の動物とは違う特別な存在である」という考え方にある。

こっちは日本人なので、科学を信じてる。なので、ダーウィンとかメンデルの法則などを知っているから、人間が特別な生物であるとは思っていない。脊椎動物から出てきているのだから、魚の特性を人間は持っているし、ネズミをはじめとした哺乳類の特性を人間は持っているし、類人猿なんだから、猿の特性を持っている。猿も知性はあるだろうし、イルカもクジラも知性はあるだろうよと思うわけだ。まあ、文字を作ったのはすごいけど、恐竜も文字を作ったかもしれないし。人間は動物の一種であり、哺乳類の一種である。日本人にとっては、人間が特別な存在ではなくて、ただ、相対的に地球上の他の動物より知性が優れていて、勝っているから地球を支配しているだけであるという考え方を自然と受け入れられるだろう。しかし、欧州人はそうではない。欧州人にとって、人間の知性は、他の動物とは違う絶対的なものでなくてはならない。欧州人は、死んでも魂は生き残って、輪廻転生しなくてはならないらしい。しかも、その魂は、人間様にしかないらしい。

ああ、なんと馬鹿らしく、幼稚な考え方だろう。

動物にも知性はあるし、ブタにも感情がある。当たり前じゃないか。でも、欧州人は、「動物を擬人化している」「アミニズムだ」とかいって、バカにして幼稚な人と捉えるらしい(そもそも、ノアの方舟を信じてること自体が、こっちからしてみりゃ幼稚なわけだが)。

という前提があって、この本は、「まあ、でも、ブタにも感情があるよね、ほらね。」という話をしている。私などは、「ブタさん(命を有り難く)いただきます」と思って今日の夕食を食べたわけだが、欧州人は、「人間と違って、ブタには感情がないから殺して食べて良い」ということらしい。まあ、そりゃ、原住民の人権無視した植民地支配もするわな。

さて、本の内容に入ろう。

蜂は、結構複雑なコミュニケーションができるらしく、行ったことのない情報を持って、場所の三角関係を正確に捉えるらしい。新情報を得ると、ちゃんと場所をショートカットして、餌のある場所に行くんだそうだ。直接聞かなくても、噂話で飛んでいけるらしい。結構、意思疎通は高度なようだ。流石に文字はないけど。

他にも、『サピエンス全史』のいう、「人間が人間たるのはフィクションを描けるから」というのがあるが、結構、鶏も嘘をつくらしい。すぐばれちゃう嘘なんだけど、雄鶏が雌鶏とセックスするために、「餌があるよ」って嘘を言って、飛び出てきたメスを襲うなんてことがあるらしい。ツバメのような鳥も似たようなことをするという話が出ている。だから、サピエンス全史が本当なら、「人間が人間たるのは、ばれない嘘を付ける」としないと正しくなさそうだ。嘘と言わずに、フィクションと書いたのはそういうことかもしれない。

利他主義というのも、チスイコウモリが他のコウモリに血を与える例があるので、特に人間だけというわけではない。

教育はヤギでもする。

イノシシは恐怖を感じるし、保護林を理解して、そっちに逃げたりする。

ウサギに上流社会と下流社会があるらしく、上流階級は下流階級より長生きするらしい。

猫も犬も、ペットにして長生きさせるとボケるらしい。

都市は動物にとっても住みやすい空間で、住めるらしい。

まあ、でも、心通わせたクマでも、お腹が空いたら君子豹変して、人間食べちゃうよね、という話も忘れていない。


というわけで、この本全般の主張は、「動物にも知性があるよね、人間とは程度の違いだよね」ということなのである。

まあ、こちらからすると、「進化の過程なんだから当たり前で、人間って哺乳類だからね」で終わってしまうんだけど、どうも欧州ではそうならないらしい。

この本は理解できるが、キリスト教を本気で信じている人は、受け入れるけど、やっぱり、理解はできない。どうやって、科学と宗教の矛盾を受け入れているんだろうか。人間って不思議だ。という、本の趣旨とは違う感想を持つ本だった。

最後に、この本を引用をして、書評の最終段落にしようと思う。

動物にも感情があると認めることへの拒否反応にたびたび接していると、人間がその特別な地位を失ってしまうことへの不安感がそこには見え隠れしているなと、ふと感じることがある。

私は動物と人間とは全然違うんだという人を見聞きすると、なんというか、人間として存在することへの不安感というか、自信のなさを感じてしまう。

私は、自信満々にこういって、夕食を食べるのだ。

僕、ジャイアンだから、ブタ食べちゃうもんね。いただきます。

(ブタさん、いつもありがとう)

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