書評:『危機と人類』(ジャレド・ダイアモンド, 小川敏子, 川上純子)

国家は危機にどう対処すべきなのか?個人的危機の研究は進んでいるが、国家の危機の対応研究は甘い。ということで、9個ぐらいの事例を研究したのがこの本である。ジムコリンズの『ビジョナリーカンパニー4』などのシリーズを国家版にしたと説明するとわかりやすいかもしれない。そこから、国家が危機にとるべき対応を書いている。

なんとコロナ危機のこの時にちょうど良い本だろう。ちなみに、私がこの本を読み始めたのは1月である。

個人的な危機の研究

個人的な危機の研究というものがあるらしい。ある米国のナイトクラブが火事になり、入り口に人が殺到して大量に人が死んだという事件が起きた。という個人的危機がきっかけで、その危機に巻き込まれた本人、家族のケアという形で研究が進んだらしい。

あの時、旦那と飲みに行ったから旦那は死んでしまったとか、突然、家族を失う悲しみにくれる人たち。ただ、飲みに行っただけなのに、ということになる。

こちらの方は研究が進んでおり、危機に対して、こうすると良い、という処方箋が上がっている。

また、著者のジャレド・ダイアモンドさんの危機が語られている。ジャレドさんは親父さんからスーパー頭が良いので、米国の大学ですごく良い成績をおさめて、英国の生物化学の大学に行く。しかし、ジャレドさんは、手先が不器用で実験がうまくいかない。「それなら、生命科学はやめて、得意の語学で通訳になろう!」とやけくそになっていたのが、ジャレドさんの危機。親父さんがやってきて、「半年頑張ってみれば」で解決したという話。

ジャレドさんは、結局、実験は他の人に手伝ってもらい、見事に新発見をして博士論文を書き上げた。一方、翻訳者の道というのはそう甘いものではないらしく、多少語学が得意ぐらいではうまくいかないことがあとでわかり、そっちにいかなくてよかったという話になっている。

危機というのは、危機存在を認め、問題の範囲を限定的にとどめ、対処することが必要だということ。そこに外の力も借りれると危機が克服できるということらしい。あまり、くわくしかくとネタバレになるので、買って読んでください。

危機への処方箋としてはよくできている。


危機というのは、ピンチでありチャンス

危機という言葉は、日本語でも英語でも「危険」+「機会」であるらしい。つまり、危険なことでもあるがこれを機会としてうまく変わっていくことで、その将来を開いていくという意味があるらしい。

それの意味するところは、危機が良いきっかけとなって、行動が変わって、うまくいくという話である。

上記のジャレドさんの例がまさにそうで、ジャレドさんはそういう危機をくぐり抜けて、医者になり、民俗学者になり、今の人気作家というポジションがあるのである。そこで危機に屈していたら、三流の通訳で終わっただろう。

災い転じて福となす。
自分の道は、自分で切り開くのが、危機対応である。


さて、国家的な危機の話

という、個人的危機の話の応用として、国家的な危機の研究を進めているのがこの本の趣旨である。様々な事例を元に研究が進められている。

フィンランド、明治維新の日本、チリ、インドネシア、第二次世界大戦後のドイツが歴史として語られている。

さらに、今の日本の危機、米国の分析と危機、世界の抱える危機へと章が進む。


フィンランドの話

この辺りは知らない歴史なので非常に面白かった。フィンランドはソ連と戦争をしている。フィンランドという小国が、ソ連と戦争できるわけがない。あっという間に危機になった。その対処を書いている。

フィンランドという小国があって、隣にソ連と国境がある。フィンランドは西側諸国だから「誰か助けてくれるだろう」という希望的な観測でソ連と敵対して、いざ戦争になった。そうしたら、誰もソ連を恐れ、助けてくれなかったという話。おそロシア。

軍備もさしてないフィランド軍が、国民を徴兵し、多大なる死体の山を積み上げつつ、ソ連の戦車隊にゲリラ攻撃をかけて、どうにか、ましな条件で停戦に持ち込んだ。

賠償金もたんまり払い、国土も割譲して、ソ連の西側窓口的なポジション(長崎出島的なポジション)を取ることで、平身低頭、謙虚に出ることで、「ソ連にフィランドは敵ではない」という認識を持ってもらい、賠償金を払うために国内に工業を興し、国が復興したという話。

そのために、ソ連の覚えめでたいフィランド大統領の任期を伸ばしたりして、民主主義的にはあれなのだが、そういう犠牲を払ってでも、フィンランドの独立を守りましたよ、という事例である。

何もフィンランドの歴史を知らない米国人やその他愚かな人たちが、「そんな人権を制限するなど民主主義国家として恥ずかしい。ソ連になびくフィンランド化だ」などとなじられたらしいが、そんなこと言っている奴が、いざ戦争になって助けてくれるのかといえば、なんのアテにもならず、西側各国はソ連の侵攻を全無視し、フィンランドを見捨てたのである。

だから、フィンランドは自活の道を求めるしかなかった。そのために、フィンランドは懸命な道を選んだのであるという危機対応のお話。


日本の明治維新の話

日本の過去の危機対応はすごい。それは明治維新である。

江戸時代の長い鎖国政策で、日本の軍備は遅れ(刀狩りしてるからね!)、平和が続いたおかげで、文化的には大変育ったけれども、文明の方は遅れて、併合や植民地化の危機にあった。実際、ペリーさんがやってきて、色々やって来られそうだったけれども、日本の大砲の威力は足りず、今すぐ戦争しても勝てそうもない江戸時代末期だったのである。大変な危機だ。

そこで、明治維新を興した。全くの西洋化をしたのかといえばそうでもなくて、例えば、天皇という仕組みは残した。日本語も残した。和食も残した。残したものもありつつ、服は和服から洋装に変え、軍隊はドイツやイギリスから学び、工業も学んで興した。この辺りは、外国をお手本にして急激に、そしてだんだんと日本を変えて行って、植民地化の危機を防いだのである。見事な選択的変化である。

というところで、この本のいう危機管理のフレームワークを説明するのが一番日本人にはわかりやすいだろうと思う。

1 危機であるという合意
2 国家的対応が必要と、国家の責任を認めること
3 解決の必要な問題とそうでないものを分けること
4 他国からの支援(物質、経済)
5 他国を手本にすること
6 ナショナル・アイデンティティ
7 公正な自国の評価
8 国家的危機を経験した歴史
9 国家的失敗への対処
10 対応の柔軟性
11 国家の基本的価値観
12 地政学的的な制約がないこと

日本は各国に視察団を出して他国の事例をよく学んだ(5)。比較検討し、良いものを組み合わせた。

自国の評価も間違えなかった(7)。薩摩長州が船の大砲とやりあって勝てないことを悟ったのが大きい。いきなり戦争してたら植民地になっていた。江戸時代のまま米国と戦争したら負けることが幕府にも明治政府にもわかっていたのだ。

そして、選択的変化である(3)。経済、法律、軍事、政治、社会生活、科学技術と多くのものを変えた一方、儒教的思想、天皇、民族の均質性、神道、日本語である。譲らぬものは譲らずに、変えるべきものは変える。これが危機対応の本質であろう。それは時折柔軟に行われた(10)。硬いこと言わず、柔軟に現実を受け入れたのである。

外国の支援もよく活用した(4)。外国の技官を呼んで戦艦の作り方などを学んだし、金を払って戦艦の設計書をもらって作ってみたりと、様々な外国の支援を活用している。

そして、日本人としてのアイデンティティ(6)。はっきりいえば、中国人にもなりたくないし、米国人にもなりたくないし、英国人になりたいわけでもないのが、日本人なのである。

粘り強さも必要だ(9)。うまくいかなくても粘り強く次の対処を考えて実行していく。辛い思いをしていないとこれはできないのだが、日本人には辛い経験があったので、これができた。我慢が聞くのが良いところ。

地政学的にも良かった(12)。言わずと知れた島国だったので、すぐに対処しなくても攻め滅ぼされることはなかった。中国が隣国だった朝鮮や、ソ連とドイツに挟まれたポーランドなどという状況とは違ったので、対処に時間があったので、明治維新をやり遂げられた。

ということらしい。


左の人たちが政権とった結果、軍事クーデターコース

そこそこ平和な民主主義国だったのに、景気が悪いとかなんとかで、すごく共産主義・社会主義な人たちが政権をとってしまった結果、経済がめちゃくちゃになり、これはやばいと思った軍事関係者が軍事クーデターを起こし、元の民主主義に戻るんでしょとみんなが思っていたらそのまま軍人が独裁してしまい、「なんじゃこりゃ」という大惨事が、チリなどで起きている。

軍事独裁の結果は結構酷くて、虐殺でたくさんの人が死んだり、軍事力で主張を押さえつけたりという話になる。虐殺の話は表に出てこないし、歴史にも書かれないが、人がたくさん死んでいる。

歴史あるあるなのだが、その推移をみていると、恐ろしい。

日本でいうと、次みたいなコースである。

自民党があまりにも経済運営を間違って泥沼の不況に陥った結果、政権支持率が落ちて、極左の共産党などの勢力を巻き込んだ左民主党(立憲民主党)が共産党と一緒に政権をとってしまった結果、財政が破綻し、ハイパーインフレに突入。それはまずいと思った陸上自衛隊幹部がクーデターを起こして、元の民主主義が続くのかと思ったら、そのまま陸自の制服組トップが国家元首の独裁国家になっちゃった。

民主主義というのはある意味、民度がある程度高いのを前提にした仕組みなので、有権者が気合い入れて政治体制を維持しないと、こういうことにもなり変えねない。

大抵の場合、この辺りの基本ができていないと、こうなる。
(1)危機であることを認められない
(2)国家がその対応責任を破棄
(3)危機の問題を限定する

経済危機を誰かのせいにしたり(1)、国家が対応しないと言ったり(2)、危機の問題が特定できない(3)と問題が大きくなる。

自国の適正な評価(7)も大切である。中国とか韓国のように自国の評価がちゃんとできない国は、併合されていくのである。

これができて、初めて、外国の支援(4)や外国を手本(5)にすることができる。

手本はあっても、粘り強く取り組む必要がある(8)。

対処は地政学的な環境による(12)。国境がやばければ時間はないし、国境が限定的であれば、変化の時間は長くとれるのである。


米国の話も面白いが省略

他、米国の話が書いてあるが面白いが省略する。本当に米国というのは恵まれた国なんだなあというのがわかる。

オーストラリアの話も面白い。面白いので、この本を買って読むべきである。


コロナ危機への日本の対応を考えてしまう

この本を読了する時間は西村経済再生大臣にはないだろうし、読み切る知性と忍耐力が安倍首相にあるとは思えないのだが(小泉純一郎なら危機の前に読んでいただろう)、どうしてもコロナ危機を考えてしまう。

国家の対応として考えた場合、

1 危機であるという合意
危機であるという合意は取れてきた。しかし、例えば、都知事や神奈川県知事の危機感と西村経済再生大臣には大きな危機感の乖離があるように思える

2 国家的対応が必要と、国家の責任を認めること
これも時々心配になる。知事任せではいかんのである。誰が、責任を持って対処しているのかよく見えない。

3 解決の必要な問題とそうでないものを分けること
これが一番できていないのでやばい。

第一の問題は、医療体制である。コロナ危機という有事に通常の医療体制では対処できない。医療のキャパシティを高め、その範囲内にコロナウイルス発病と重症患者を収めなければいけない。交通整理が必要だ。これが第一の課題である。

第二の問題は、必要な企業活動の維持である。倒産すると困る業種にお金を投入して、その能力を維持すべきである。全てを救おうとしてはいけない。

他のものは捨てておけと思うのだが。あれもこれも不況への対応まで手を広げるから何もできない。まずは、医療崩壊を防がないとどうにもならないのである。その間、必要な企業や個人が死なないようにする金融的な手当が、この4月末までにやるべきことであった。


4 他国からの支援(物質、経済)
今回の危機では期待できない。世界同時の危機だから。だから、自国のお金やもの作りでしのぐしかない。


5 他国を手本にすること
中国からの第一派をかいくぐったクラスター対策班のおかげで、日本には時間ができた。なので、他国の研究をすることはできる。それを選択的に取り入れられるのかは、分析能力と、要素3の問題の特定にかかっている。


6 ナショナル・アイデンティティ
問題はない


7 公正な自国の評価
ここは怪しい。根拠もなく「日本すごい」と3月下旬の連休で、やってしまったので、4月の東京の惨状がある。医療も救急医療を中心に崩壊が始まっているのに、ホテルの確保病床数が足りない。人の手当ても足りていない。結果、溢れるコロナ患者が通常の救急にも混じり、院内感染が起きている。このような現場におけるPCRの検査数も足りていない(少なくとも、救急と入院患者は、全数検査をすべきだ)。

ただ、運が良くて、第1波を抑えられた日本が他より周回遅れである、今が最大の分かれ目だという自国の評価をすべきであるが、これが世間に広まっていない。ここは大いにまずい。


8 国家的危機を経験した歴史
東日本や東北はいけるのかもしれない。東関東大震災があり、放射能を浴び続けるという辛い経験をしたからだ。

岩手県が未だ感染者ゼロというのは、三陸の津波があったからかもしれぬ。

一方、熊本地震前の熊本の震災に対する雰囲気が代表的(=「私たちに地震は関係ない」)だが、関西を含む西日本に我慢が聞くのかは微妙である。神戸大震災の経験者は大丈夫だろうが、近所の大阪に地震被害はなかったわけであるから。


9 国家的失敗への対処
近年の日本国民有権者には、民主党を選んでしまい、首相がバカであるために放射能被害が拡大してしまったという、東日本大震災での失敗の経験がある。十年経って薄れているかもしれないが、年長者は頑張るしかないだろう。

10 対応の柔軟性
柔軟に対応できない奴がいたら、社会的に抹殺する。大臣であろうと何だろうと。
ITできないIT担当大臣を即刻首にして、台湾のIT大臣と連携して進めるぐらいの勢いがないと難しいかもしれない。ここに必要なのは、首相と官邸のリーダーシップだけだろう。

11 国家の基本的価値観
問題はない。平和を愛する気持ちは忘れてはいけない。


12 地政学的的な制約がないこと
中国が心配である。この有事に尖閣諸島にせめてくるような国である。北朝鮮のミサイルもある程度不安だ。
とはいえ、日本に陸伝いの国境はなく、陸軍がせめてくるのは難しい。ロシアが攻めてくるとしても、人工衛星で流石に兆候はつかめるだろう。
くれぐれも米国との同盟関係を強固に保ち、米国のアテンションを日本から外さないように、太平洋権益を主張しながら頑張って行く限りにおいては地政学的な制約は小さそうだ。
逆に、米国が太平洋から興味を失い、アメリカ大陸に引っ込めば非常に危ない。


と、なる。長いので要約すると、以下になる


・コロナ危機で医療体制が危機にあると認めること
・医療体制強化に国家的な支援が必要という政府主体の姿勢を持つこと
・対処する問題を、第一が医療体制の強化と支援、第二が必要な企業の短期間の継続、と限定し、他はひとまず放置すること
・他国の支援をあてにしないこと。必要なものは国家がお金を出して国内で作ろうとすること
・日本は特別ではなく欧州の1ヶ月遅れと自覚すること。日本国民が広く、人がこれからいっぱい死ぬのだと覚悟すること
・前例を顧みず、現実に対して柔軟な対策を打つこと
・中国に気をつけること


読書のタイミングが良すぎて、色々自分の人生と行動を見直すのに役立った。GWは外出せずに、この本の読書をオススメする。


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