書評:『私の第七艦隊 』(日高義樹)

これはれっきとした安全保障の本なのだが、そんなことより、著者の日高義樹さんの武勇伝がひどすぎて、面白い。

日高さんは、東大空手部の出身でNHKに就職。出世コースの福岡支局に配属される。当時のデモか何かの報道で、賛成派と反対派の人数を列の長さで比べようと、双方デモが並ぶ列の隣の電信柱の数を数え、どっちが多いかを原稿に書いた。しかし、デスクが警察発表を鵜呑みにして多寡を逆に書き換えた。明らかに自分の方が正しいのに反対派と賛成派の多寡を書き換えた福岡支局のデスクに激昂した日高さんは、上司を空手チョップして、実家に帰ってしまう。

すると、その上司が実家に迎えにきて、「お前はかっこよくやめたでよいが、殴られた方のことを考えてみろ」と言われ、退職を止まる。当時閑職だった佐世保に回されるところから、彼の職業人生は始まる。

佐世保は軍港で、当時は米国海軍がいるところ。日高さんは古本屋に出入りして、英語の小説を読んでいた。その佐世保の古本屋で、小説の趣味があった若手米国軍人と仲良くなる。ひょんなことから、米国海軍の若手士官に知己を得て、家族ぐるみのおつきあいをすることになる。

佐世保には米国海軍が駐留している。米国海軍には、ぼられないお店としてA級社交場というのが指定されているらしく、このA級社交場のバーにいると米国海軍の情報が集まる。当時話題になっていた原子力潜水艦の入港日の情報を日高さんはゲットする。A級社交場のオーナー達が情報源で、そこに入り浸る女性達経由で米軍の機密は漏れる。独身士官が、入港予定日をあらかじめ佐世保の馴染みの女達に伝えてしまうのである。

日高さんは、そのネタで、米海軍をゆする。「入港日は公にしないから、取材させろ」。相手は、古本屋で馴染みの友達である。入港日が公開されると軍機上まずいので、米軍として取材許可を出したりする。

と、こんな感じなのだが、日高さんは米軍に好かれていく。

5年ぐらい小さな佐世保支局長を務めた日高さんは、今度は、ベトナムに飛ばされる。当時のNHK社員は、みなサイゴン(今のホーチミン)にいるのが当然の時代である。そこは、安全で、後方方面の人脈から取材をするのが常識だった。でも、日高さんは、米海軍経由で取材をする。第二次世界大戦末期にできた古臭い空母から飛び立つ爆撃に同乗して取材したり、前線基地に遊びに行ったりする。

そこで前線基地にいた時の話、指揮官とお酒を飲んでステーキを食べて寝ていると、北ベトナム軍の攻撃にあった。当時のヘリコプターは夜には飛べなかったらしく、後方からの指令は「朝まで頑張れ。朝になれば応援を送る」なのだが、朝までに米軍は全員突撃し、壊滅する。生き残りは、隠れていた日高さんともう一人の通信兵のみ。懲りずに日高さんはその戦闘の広報ブリーフィングに出て、「勝った」という現地報道官に対し、「数百人死んでますけど、本当に勝ったんですか?」とやり返す。その現地報道官は、日本びいきのカミカゼ信奉者だったから、激昂したらしい。でも、日高さんは嫌われない。ちなみに、この時に、米海軍のコネに使ったのも、佐世保時代の海軍のお友達。出世していたのである。また、ベトナムの前線で取材していた人たちは欧米にも数人しかいなかったらしく、世界のマスコミに知己を得る。

次は、ワシントン支局である。これまた、当時のNHKの社員は、国務省(日本で近いのは内閣府・官邸)通いが普通である中、当時の安全保障環境を考え、日高さんは、ペンタゴン(国防総省)を取材の地に選ぶ。支局長でもなんでもなく、ただの平社員である。

初日に、ペンタゴンのブリーフィングを受けにいくと、そこにいたのは、佐世保で仲良しだったスーロン中佐(少佐から昇進)。そんな彼曰く、「なんで俺に最初に連絡しなかった!」。彼は、ペンタゴンの取材のルールやしきたりを教えてくれて、ペンタゴンの記者室にデスクを作ってくれて、電話も引いてくれた。日高さんが、日本で初めてペンタゴンにデスクを持った特派員となる。そのデスクであったのは、NBCとニューヨークタイムズとワシントンスターのオロ・ケリーという記者なのだが、これが、ベトナム取材の顔なじみで、かつ、ペンタゴンの有力者。オロケリーに関しては、サイゴンでいつもご飯を食べていたお友達。

このお友達が次々とワシントンの有力者を紹介してくれる。国防長官が代わり、その報道担当艦になったのが、先ほどのNBCの記者。日高さんは、国防総省の記者クラブメンバーになる。当時ホワイトハウスの記者証を得るには審査が厳しく、1年かかったそうなのだが、日高さんは1カ月足らずで、ペンタゴン経由でホワイトハウスの記者証をゲットし、米国大統領の取材ができるようになる。これには、NHKワシントン支局長も目を丸くして、びっくりするのである。

さらに、昔からの友人の一人がニクソン大統領の補佐官になる縁で、天皇陛下がアラスカでニクソン大統領に会う際に呼ばれる。慣例で、お付きの記者が、米国大統領専用機「エアフォース・ワン」に大統領の賓客として乗るのだが、これに日高さんが指名される。この栄誉は、米国におけるVIP扱いが確定する瞬間で、米国つきの記者の日本代表に選ばれることを意味するらしく、様々な知己を得る。そこで、キッシンジャー博士と知己を得る。

レーガン大統領は、日高さんがニクソンの賓客だったことを知ると、ホワイトハウスに出入り自由の権利を与える。

カーター大統領は誰も選挙で勝つと思っていなかったので、取材しなかったが、日高さんは取材していた。あとで、カーターが選挙の記録映画を作ろうとしたのだが、素材がない。NHKだけはカーターの素材が豊富にあって、カーターにあげた。カーターにも恩を売れた。

そして、ソビエト海軍を取材したりと米海軍との関係も続く。

という、空手の強いやんちゃ坊主・日高さんの武勇伝が続くのがこの本である。今まで、日高さんの本を何冊も読んでいる私であるが、やっと、この人が何者であるかが分かった。大変な幸運に恵まれた人ではあるが、幸運は最初だけで、あとは才能だろう。そして、20世紀に日本において、もっとも米海軍に好かれた男なのだろうと思う。その米海軍に対する深い理解から、日米の安全保障や外交を語るのが日高さんである。


ちなみに、面白いので日高さんの武勇伝を語ってしまったが、安全保障の方も二点だけ書いておく。

一つは米海軍におけるミッドウェイ海戦の位置付け。情報が漏れていたというのがあるが、これは米軍にとってラッキーな勝利でしかなかった。太平洋戦争は日本人が思っているよりも日米の力が拮抗していて、それが崩れたのが、日本帝国艦隊の主力が壊滅したミッドウェイ海戦であったらしい。

日本軍の情報が漏れたとはいえ、守備に艦載機を飛ばす正攻法で指揮官が望んでいたなら決して負けない戦力差があったのだが、負けたのだから、国力で劣る日本はまずかった。逆に、ここで艦隊がやられていなければ、太平洋にうるさい日本艦隊があって、米国も厭戦ムードで、休戦してしまい、西側各国がうまくいかなかった可能性もあったらしい。

しかし、ミッドウェイ海戦で日本の艦隊主力は壊滅し、米軍は戦力を東に移す事が出来、第二次世界大戦の欧州戦線はヒットラーの敗北に終わる。ミッドウェイ海戦は、以外にも世界を変えた一戦だったらしい。

太平洋に日本帝国艦隊あり、だったところをミッドウェイ海戦で叩き潰した米海軍である。そもそも、海軍というものは、世界に、米国、英国、日本しかなかったのが昭和初期の世界だ。その一局を壊滅させたのだから、「日本艦隊に代わって、太平洋の平和を守るのは米海軍の役割だ」というのが、米国海軍の指揮官の意識であったらしい。こういう歴史観は、米海軍に深く入り込んだ日高さんしか書く事が出来ない。


もう一つは、米国にとっての中国の位置付けである。一言で言えば、軍事上の敵である。米中関係は結構根深い。

米国にとって、日本は多大なる被害を受けた国で、恐れがある。米国に勝ったベトナムも同様だろう。しかし、中国は、第二次世界大戦を勝たせてやった国である。恐れが全くない。対ソ連の文脈で、経済的には助けてやったのだが、軍事的には助けていない。軍事的にはずっと敵である。

米国の民主党政権(クリントン)が技術供与などをしてしまい、中国海軍も増強しているが、米国海軍にとって、常に中国は的なのである。

一方、日本の海上自衛隊は友であり続ける。米国には、数少ない一流海軍をもつ歴史のある国の一つである日本海軍には畏敬の念がある中、思いやり予算でお金もつけて、基地なども提供している。軍事共同演習も歴史が長い。であるから、日米関係と米中関係では、海軍同士の距離感が大きく異なる。

というのが、本から分かること。


ここからは、私の考察だが、

そんな中、太平洋への進出を企てているのが、今の中国である。経済的に(対ソ連の意味で)大きく伸ばされた中国。それを梃子に軍事力を強化しているのだが、それを許す米国海軍や、米国共和党ではない。

今までは中国への戦略を誤っていた米国である(こちらの本を参照)が、その戦略も修正されたようなのが、トランプ大統領時代の米国である。米国に対する軍事戦略どころか、30年ほど順調だった中国貿易も見直し、貿易戦争に踏みこんでまで、中国経済を崩壊させようとしているのだろうと、私は分析する。

チャイナテックだなんだと騒いでいる輩がいるが、外交レベルでそんなものは潰される。確かに、有能で数も多い中国人のソフトウェアエンジニアは大変な脅威であり、戦力である。しかし、外交や経済の戦略レベルで、中国は米国にたたき潰されようとしている。

またチャイナテックの中身を見てみても、ただ中国の非対称で不公平な規制に守られて、中国国内でのみ優勢な、米国有力インターネット企業のパクリ企業に見える。独自の技術開発はあまりみられず、オープンソースの活用や、IPの盗用で出来たサービスがほとんどのように私には見える。アリババ社を除くこれらのサービスが中国独自の規制がなくなった時に国際競争力があると私には感じられない。

それでも中国企業が大きいのは、中国の人口が大きいからである。それは、始皇帝が秦を作り中国を統一した時から変わらない。しかし、中国の大きな人口も、一人っ子政策により滅びようとしており、数十年後にくるのは、極度の高齢化社会である。老人を虐殺しない限りは、残るのは老人だけである(虐殺さえするかもしれないのが、かの国であるが)。

逆に人口で言えば、インド・インドネシア・ベトナムという国が上位になってくるわけで、そこそこ民主化しているこれらの国と、鉄壁の鎖国規制で不公平に守られる中国とどっちが発展するかは、明らかではないかと私などは思って今う。

米国が中国を伸ばしていた時代とは色々異なっている。対ソ連という脅威がなくなる中、太平洋の平和を脅し、アフリカを借金漬けにして石油を巻き上げようとする中国をいつまで米国は放っておくのか。

そして、ついにトランプ大統領は動き出したのである。

中国と国境を接する日本にすむ日本人としては、米中戦争が、平和理な経済戦争と資源戦争で終わることを祈るのみである。


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