書評:『すべての道はローマに通ず──ローマ人の物語[電子版]X』(塩野 七生)

ローマ帝国とはすなわち、ローマ文明である。その根幹をなすものは、インフラであろう。インフラすなわち、街道、水道、医療、教育である。

その目的はというと、安全保障、すなわち、平和である。

ローマ人の物語を私は、電子版で読み、kindle端末で読んでいる。しかし、この巻に限っては、iPadでカラーで読んだ。写真が多いからだ。

イタリアに旅行に行ったことがある。一度ではなく、三度ぐらい。面白かったのは、ローマではなく、ベネチアであった。ローマの遺跡はぶっ壊れているので、CGかVRで再現してもらわないと無知な私にはわからなかった。一方、ベネチアのは新しいので、よく分かるのである。

ポンペイ遺跡に行ったが、特に面白みを感じなかった。ポンペイは、当時ただの田舎の都市であったそうで、ローマ、ベネチア、フィレンツェ、ナポリ、チンクエテッレ、カプリを観光した人間が、田舎町を見てもつまらなかったと理解している。

カプリ島も訪れたが、皇帝ティベリウスの別荘は見なかった。カプリ島は素晴らしかった。また行きたい。ティベリウスの別荘は行かなかった。『ローマ人の物語』を先に読んでいれば、行ったと思う。

ローマ人は、街道を引いた。歩道3m、車道2m、歩道3mの街道である。石畳の道路というと、凸凹で走りにくいイメージがあるが、実際は違う。平面の路面で、馬車も走りやすかったという。今なら自転車でも快適に走れる道だろう。今ローマの遺跡を見ても、2000年ぐらい前のものだからボロボロでつまらないが、その当時の姿であれば、美しいだろう。機能もデザインも備えた機能美が味わえるのだと思う。

ローマ帝国は、イタリアにも、トルコにも、北アフリカにも水道を引いた。50km, 100kmと簡単に水道を引いてしまう。水圧も考えて、ほとんど地下に水道を通し、谷には大きな橋をかける。水道の水量は今の東京ほどに豊かで、全部掛け流しである。銭湯もただ同然で公共施設として振舞われたのがローマである。今の日本のような快適さではないか!(税金は低かったので、現代の日本とは雲泥の違いがあるが)。

教育の面では私学である。

医療の面では、小型のクリニックが中心。ローマに大病院はないが、軍隊の駐屯地には大病院があった。軍の病院は、地域にも解放されていて、蛮地であっても、その当時の最先端の医療が受けられた。ローマ軍はありがたい。

インフラを整備したのは皇帝。財源は、属州の所得税10%、消費税の1%、肉親相続は控除の相続税5%のみ。あとは、帝国の借地料だけである。工事をしたのは、主に、ローマ軍。日本で言えば自衛隊。日本も、自衛隊を増やして、公共工事は、自衛隊がやればいいのに。

インフラのROIは、古今東西プラスにならない。投資対効果ではなくて、「なくてはならないから作る」という部類のものである。ローマの水道料金は安かったので、100kmに及ぶ水道の建設費は、水道料金で回収できない。水は、人が幸せに暮らす為の基盤である。だから、ROIなど立たなくても良い。良い水道があると、都市に人が集まり、人が集まると経済が発展して、税収が増える。街道も同様で、街道があるから人の往来が多くなって、交易が始まり、生産性が高まる。経済が発展して、税収が増える。

豊かになることも平和に貢献する。街道があることで、軍団の移動が早くなり、軍をたくさん置かずにすむ。国家運営の経費が安くなるので、税金を高くせずに済む。兵糧も必要な時に運べばいいので、在庫の無駄も減る。ローマの安全保障は、効率が良い。

海賊、山賊にも襲われないので、護衛をつけずに輸送や移動ができる。郵便の仕組みも整っていた。ローマ帝国に住んでいた人たちは、幸せだったのだと思う。

と、ここまで読むと、我々日本人は、民主党に政権を取らすなどという愚を犯したことが恥ずかしくてならない。インフラにROIを叫び、投資をやめて、補助金をベタ付けにして、税金をあげることになった。安全保障は何もしない。民主党政権が、国家の運営者として極めて無能であるのは、ローマ人の物語、特にこの巻を読めばよく分かる話。しかし、日本人はインフラにROIを求めるバカな原理主義者である民主党に政権を任せ、原発事故が起き、国の借金が増えた。

インフラとは、住民の幸せの為に作るものである。人が通るところに道を作るのではなくて、道を作ることで、人が通るようになり、交易が生まれる。水が必要だから水道を作るのではなくて、綺麗で大量の水が安価に得られるから、人が集まり、水を使った産業が生まれる。

この巻の写真、ことに、ローマ時代の見事な水道を見ると、インフラへの考え方が変わる。インフラを作るが悪いのではなくて、人の幸せに役立つインフラを作ることが大切なのであろうと思う。

日本は平和な国だが、平和であることが経済にどれだけ恩恵を与えていることかと思う。

平和をタダだと勘違いしたのが、かつてのユダヤ人である。パクスロマーナを享受していながら、そのコストたる属州税を払わず、反乱ばかりを起こして、ついに離散させられた。

平和の維持にはコストがかかる。それが安全保障である。平和はタダではない。祈るだけでも、平和主義を唱えるだけでも平和はやってこない。北から蛮族が襲ってくれば、跳ね返す必要がある。北の蛮族には、防壁も必要である。

そんな国家のあり方を考えさせられる1冊だった。この10巻は素晴らしいと思う。この第10巻については、著者の塩野さんを手放しで褒め称えたい。

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