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書評:『空母いぶき(1)- (13)』 (かわぐちかいじ, 惠谷治)

ついに完結。空母いぶきということで、早速読んで見た。今回は、13巻だけでなく、全シリーズを通して感想を述べてみる。

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『空母いぶき(13)』について

まずは、最終巻の13巻。漫画なので、ネタバレしない様に進めていく。

12巻までがとっちらかった形になったので、最後の1巻でどうまとめるのか、興味津々であった。「どうやっても、あと1巻ではまとまらないのでは?」というハラハラドキドキ感を持っていたが、流石、熟年のかわぐちかいじ先生。きれいにまとめてきた。すごい。感動の一作にまとまってきている。特に、この13巻は秀逸だ。

そもそも「空母いぶき」は問題作だった様で、なぜか13巻の完結が遅れて、単行本の出版が遅れている。2019年の年末には完結しているのに、この本の出版が、2020年7月である。遅すぎる。言論の自由が保証された日本において、検閲と政治的な圧力がかかったとして思えない。エンタメすぎて発禁になる意味がわからない内容であるのにだ。

じゃあ、政治的な圧力はどこかといえば、間違いなく、習近平の日本国賓訪問である。きっと、中国側から抗議が入ったのか、抗議が入っているのを知っていて、外務省が忖度して差し止めていたのか、どちらかであることは間違いない。

空母いぶき自体は、全く軍事的にはリアリティがなく、ただのエンターテイメント作品として大変うまくまとまっている様に思える。最初は盛り上がったものの、神業の連続で、読者もいい加減飽き飽きしてきた挙句、とっちらかったまま終わってしまったかわぐちかいじ先生の『沈黙の艦隊』と比べるとその品質は高いし、かわぐちかいじ先生の成長も感じられる逸品であるだけに、外圧で出版が遅らされたのであれば、大変に残念である(おまけに、香港を併合する様な国なので、忖度する意味もないし、日米安保に頼った日本が中国に良い顔をする意味もないわけで、外交センスも最悪である)。

とはいえ、空母いぶきは、かわぐちかいじ先生らしからぬ、まとまり方をしており、大変にそのストーリーは認められるべきだと私は思うので、ぜひ、興味のある方は、読んで見てほしいものである。(ネタバレになるので、詳細は書かない)。特に最後の落とし方は、一石二鳥で、大変によろしい。


『空母いぶき(1)- (13)』について

シリーズ全体を通じて少し書いてみようと思う。

呑気な立場で言えば、護衛艦いずもの空母改修である。これがまだ決まる前に、この空母いぶきは執筆が始まっており、見事にその役割を果たして、いずもはF35Bを乗せた軽空母への改修が決まっている。無責任な読者の立場で言えば、そういう立場でこの本は読んで良いと思う。

中国の尖閣諸島上陸により、いぶき君は、空母化が決まる。その後中国が尖閣諸島に上陸し、先島諸島の二つの島を空挺隊で占領するところから始まる。南に訓練航海にでいていた空母いぶきは、その奪還に向かうのである。

対する空母は、中国の正規空母1台と6台のイージス艦。空母いぶきの方は、軽空母1台と4台のイージス艦である。このガチンコの戦いが、空母いぶきの見所である。

実際に空母同士のガチンコの戦いというものは、WWII以来起きていないし、あるとしてもイギリスとアルゼンチンのフォークランド紛争ぐらいのもの。こちらは、1982年なので、ステルス戦闘機の時代とは大きく違う。なので、軍事的なリアリティとしてはどうなのよというのは後で書くとして、まあ、そういうリアリティなしにエンターテイメントとしてこの作品を楽しむというのが正しい姿勢である様に思える。

陸上基地レーダーがあっさり壊されてしまったり(大丈夫か陸自)、米国が全然助けてくれなかったり(オバマの時代ならありえたんだけど・・・ズブズブ・バイデンでもそうなるかもしれないが、今のトランプの時代なら助けてくれるだろうなあ)、日本の潜水艦が魚雷撃たずに体当たりしたり(勇気ありすぎ、もっと機体を大事にしてね)など、色々ありますが、ハラハラドキドキの中、主に、戦闘機の数も少ない空母いぶき群が、虎の子のF35Bをガンガン失いつつ、戦闘に勝っていく様は、日本人の視点から見ると痛快で、面白いものであります(なぜかパイロットはあまり死なない。WWIIの反省もなく、パイロットの命の軽視が甚だしい)。

見所としては、専守防衛なので、こっちからミサイルを撃てない、完全に挑発されている環境でもこっちから撃たない。総指揮官たる総理大臣が屁っ放り腰なので、現場の自衛隊が苦労するというのが描かれており、この辺りは日本の漫画だなあと思うわけです。また、そういった政治家のだらしなさを、現場の自衛官の神業でこなしていくというところが、いかにもダメな日本的な展開で、同情を呼び、人気漫画にしたのでありましょう。

かわぐちかいじ先生の自衛隊神業集は、今に始まった話ではないので、これはこれで芸術として認めてあげるべきであると私は思っております。

ただ、リアリティーとしては、色々と・・・・


トランプと習近平の政治的な動きが早かった

ドラゴンボールよろしく、キングダムよろしくなのですが、週刊漫画の執筆のスピード感と、漫画の中のスピード感には大きな差があるわけです。要するに、漫画の中では、1日のことを、1年間かけて執筆していることもよく訳で、その間に、実際の世の中はよく進みます。

空母いぶきを書いている間に、護衛艦いずもの軽空母改装とF35Bの導入は見事に決まりました。また、米国は、日中の尖閣諸島の問題に介入しないという姿勢を漫画の中ではとりますが、トランプ大統領は盛大に日中貿易戦争を始めており、尖閣などの口実があれば、ガンガンと中国の潜水艦を撃ち落とすに決まっておるでしょう。なので、そのあたりの政治的な設定が、現実の世の中の動きが早く、リアリティを失っているというのは、かわぐちかいじ先生の責任ではないものの、実際に起きたことであります。

まあ、この漫画があったとこで、難しい本は読めない日本の政治家も多少は状況を理解したということもあって、尖閣諸島の位置付けを米国に明確にさせるとか、護衛艦にF35Bを載せるといった動きにも繋がった感もあるわけで、そういった意味で、かわぐちかいじ先生の働きは素晴らしいのかと思います。

ただ、習近平は南シナ海に基地は作るし、すでに2台目の空母も作って(2台目空母との戦いが空母いぶきの設定ですが・・・)いるし、空母2台を並走させて運用させ始めたのが現実なわけです。正規空母2台と軽空母いぶきで、ドックファイトすれば、流石にどうにもならなそうです。漫画にもなりません。

また、米国は日本、台湾、フィリピン、インドネシアあたりに陸上の対艦ミサイル網を整備したと言われており、尖閣あたりならどうにかなるかもしれませんが、島に近づいたら、陸上からの対艦ミサイルでドッカーンな気もします。また、中国近辺には、米国のイージス艦がウヨウヨいるわけで、米国はまどろっこしいことなどせずに、敵対行為があればすぐに空母にミサイルや魚雷を打ち込むでしょうから、それで中国の空母は終わってしまう気もします。

米中の軍事的な発展・進化のペースが、かわぐちかいじ先生の執筆ペースを大きく超えてしまったことは、かわぐちかいじファンとしては、残念でなりません。漫画だと、読むのは一瞬なので、読む方としてはいいんですけどね。執筆には時間がかかるので、しょうがない。


ステルス機を巡るリアリティ

「空母いぶきは噴飯モノ」という話がネットにちょくちょく出ておりますが、どうも監修の惠谷治先生が古いのか、監修が役に立っていないように素人目からしても思います。惠谷治先生は、2018年に亡くなっている様なのでご冥福をお祈りいたしますが、やや、年齢が行き過ぎていて、現代の軍事力を理解できなかったのかもしれません。そのご飯を吹き出してしまう数々の多くは、ステルス機時代の戦い方にリアルティがないことがあると思います。

現在、Engagement Capabilityというのが軍事においては重視されておる様です。要するに、前線に飛んでいる機体のレーダーを後方にある艦船が使えるということになる。そうなるとどうなるかというと、前線に飛んでいるF35Bの役割は主に偵察と観察であり、飛んでいれば良い。ここの誘導で、ミサイルは、後方のミサイルプラットフォーム的な艦船(イージス艦なり、ミサイル艦)が撃って、その誘導をF35Bでやれば良いというのが、現代の艦隊戦になると思われる。そういった意味では、一番意味がないのが、F35Bをドックファイトなどの近接戦で使うことである。空母いぶきでは、一機150億円と言われる戦闘機を惜しみなく前線で活用し、派手に壊されておられる。そんなドックファイトならF15の方が強いわけで「ステルス性能どこいった?」という話である。兵装の問題を気にするなら、後ろの艦船からミサイル打ち込めばいいわけであります。

だから、空母いぶき艦隊としては、ひっそりとF35Bを飛ばして、相手の戦闘機を見つけたら、射程外からイージス艦がミサイルを打ち込めばいいだけで、そのミサイルの誘導をF35Bが、はるか上空からすれば良い。

艦隊への攻撃も同じで、相手のレーダーにうつらないところで、F35Bは飛んでいて、イージス艦を何台か前に出して、相手の射程外からミサイルを打ち込んで、F35Bのレーダーで誘導すれば良い。日本にはまだないかもしれないが、ミサイル潜水艦を用意しておけば、もっと近くに行った潜水艦から、艦船にミサイルを撃ち、F35Bが誘導すれば良いわけである。結果、F35Bは対空ミサイルだけを積めば良いわけだし、戦闘機が近づいてきたら、逃げるだけで、後ろのイージス艦や潜水艦にミサイルを打ってもらうだけである。

と、こう考えてみると、日本もミサイルの母艦となる大きな潜水艦(できればミシガン級の様な原潜でしょうな)とか、米国みたいに自動操縦で早く走ってミサイルをぶっ放せるミサイル艦が欲しいなあという。

あと、最近は、UAVも多い様で、F35Bを母機に、UAVを飛ばすというのが一番効率が良さそうなわけです。偵察においては、人が乗っている必要もないわけで、空戦も最前線には無人機たるUAVを飛ばして、ミサイルを撃てばいいし、レーダーもそっち頼りでいいわけで、人が乗った戦闘機が突っ込んで行って、ドカンとやって、機銃で撃たれるという様なシーンは、昭和であって、平成であるのかも怪しく、令和の世の中では起きうるのかというリアリティがあるわけです。まあ、やれば確実に負けるんでしょうね。


日本は潜水艦が欲しいよねぇ

読後の感想ですが、「日本は潜水艦が欲しいよねぇ」であります。

まあ、どこまでリアルティがあるのかはわかりませんが、空母に対する魚雷攻撃というのが一番効率が良さそうです。

ミサイル母艦としての潜水艦にもかなり期待が持てます。というのは、敵艦近くに密かに近づき、F35Bなどのステルス機(とそのUAV)のセンサーを使った誘導で、空母をミサイルで破壊してしまえば良いわけで、わざわざ戦闘機が対艦ミサイルを運んで壊す必要がある自体には思えないんですよね。ミサイルをたくさん積める何かが欲しいわけで、それは、船かもしれないし、潜水艦かもしれない。そして、潜水艦なら大型の原子力潜水艦が良いと思われる。

空母を壊すだけなら、無人潜水艦もかなり有効で、日本はこれを作れば良いと思う。かなりの深海で空母の真下に入って、高速な魚雷で上に向けてドカンとやってしまえば、ほぼ空母も無力化できる。こんな無人潜水艦を大量に作っておけば、空母など高いものを洋上に出すことはできないんじゃないかと思われるわけです。


今後の前線は、無人機が中心に

あとは、前線に置ける無人機が増えるんでしょうね。

戦闘機にしても、最前線にはUAVを飛ばすのが基本になるだろうし、ステルス有人機はUAVのちょっと後ろにいて、UAVを操るだろうと。そうなると、UAV同士が戦って、UAV全部死んだら、有人機は「降伏します」っていう戦いになりそう。

ミサイルと同士の戦いになれば、ミサイルの発射元は無人で良いわけで、無人操縦の小型ミサイル艦とか、潜水艦になる可能性がたかそう。これを、敵艦近くまで寄せて、UAVなどのセンサーを近くまで飛ばして、ミサイル誘導して、相手を叩く。ミサイルの発射は、日本が整備している様に、島に設置した地対艦ミサイルでも良いのかもしれない。ミサイル発射するところは、無人で、人は遠隔で運用すれば良い。

こうなると、空母いぶきの様な戦闘機同士のドックファイトでパイロットが死ぬという世界があほらしくなってくるわけで、まさに犬死。という意味で、今はともかく、数年後には確実に空母いぶきは噴飯モノになるんでしょうなあ。まあ、お涙頂戴のエンターテイメントとしてはいいのですが。

自衛官の方々には、是非とも、こういうドックファイトで犬死をせずに、戦闘するにしても後方にいる様な戦い方を考えつつ、人を殺す様な働きではなく、病気の人を助けたり、災害派遣であったりというのがメインになる世の中になると良いですね。まあ、一方、情報システムである戦闘システムをしっかり作っていくタイプの人たちは大量に自衛隊に必要になるのでしょうが。

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