書評:『ドラッカー わが軌跡』(P.F.ドラッカー)

原題は、"Adventures by a bystander"。旧訳は『傍観者の時代』とあるが、この場合のbystanderは「居合わせた人の冒険」というニュアンスだと思う。ドラッカーの出会った人たち、お世話になった人たちを、ドラッカーの目から書いている半自伝的な作品である。但し、描かれている対象は、ドラッカーではなく、その出会った人たち、お世話になった人たちである。本人の前書きにあるが、それにより、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代を色濃く描きたかったらしい。実際、よく描けていると思う。そして、面白い。私の中ではドラッカーで一番好きな文学作品である。

ドラッカーは小説家であり、文筆家である。この一冊を読むと、ドラッカーの観察力と表現力が良く分かる。

私に取って印象に残った人たちをあげれば、おばあちゃんから始まり、小学校の頃の先生、フロイト、キッシンジャーを作った男クレイマー、マクルーハン、アルフレッド・スローンとなる。


間抜けながらも知恵のあるおばあちゃん。豊かな時代のオーストリアが良くわかる。マヌケでありながらも、ナチスの攻撃をかわしてしまう知恵を持っている。ドラッカーの観察眼が素晴らしい。


小学校のころの先生、エルザ先生とゾフィー先生の話が好きだ。教育関連の人は、この本だけでも是非、読んで欲しい。感動的な話なので、是非、詳しくは本を買って読んで欲しいが、最後の結びの一文に感動した。

天賦の教師と学習指導者と言う一流の教師にとっては、馬鹿な生徒も怠け者の生徒もいない。教える事のできた教師とできなかった教師がいるだけである。


私はフロイトが嫌いである。うさん臭いと思っているし、その心理学は役に立たないと感じている。間違っていると思っている。当時の医学会もそうで、フロイトの心理学は学問の為の学問で治療に役に立たなかった。当時の医学会は、フロイトを無視したのではなく、拒否した、とドラッカーは言い切っている。私は、フロイトのせいで心理学が嫌いになったが、それは間違っているからであることが良くわかった。


続いてクレイマー。ドラッカーのゼミ友である。彼がキッシンジャーを育てて、そのキッシンジャーが外交を間違えて、今の中国が出来上がり、世界はひどい事になっている。その根本的な原理は、クレイマーであり、その原理が間違っているとドラッカーは言う。クレイマーは基本、「外交は大国間のパワーゲームであり、中小国は関係ない」「外交重視、経済軽視」であるらしい。だから、ソ連と米国の関係を重視し、中国を技術を与え、日本を無視した。結果、中国の経済力・軍事力が米国の脅威になっている。今頃、間違いに気付いたのがキッシンジャーであるが、ドラッカーはこの本を書いたときから、キッシンジャーの間違いを指摘している。


メディア論をやると出てくる、マクルーハンもドラッカーのお友達である。最初は無視されていたが、やり続けて、主張が認められたらしい。グーデンベルグの活版印刷がうんたらかんたらという論文発表を聞いて、ドラッカーは「中国ではそんなのとうの昔にあったけど、何も起きなかったけど」と反論する彼の教養は素晴らしい。けど、マクルーハンは正しいのである。


最後にGMのスローンが出ててくる。ドラッカーの著書では、スローンを否定的に書く事も見受けるが、最後にその謎解きをドラッカーがしている。bystanderであるドラッカーはマネジメントとは何かを書いた。スローンが欲しかったのは、マネジメントがどうすべきか、であって、ちょっと違う。「医師が教える為に健康な人から盲腸を取り出すような事はすべきでない」という言葉がそのまま分かる。スローンは優秀な経営者であった事が良くわかる。


くどくど長くなったが、要するに、この本は、日経新聞の「私の履歴書」のオムニバス版である。そういう話が好きな人にはおもしろい本だと思う。

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