楽天の通信事業を考える

楽天の通信事業がひどいことになっている様子である。

んー、一連の流れを見ていて思うのは、

(1)楽天は全くもって通信業というものを理解していない
(2)楽天にはエンジニアリングがなく、エンジニアもいないので、楽天には通信事業はできない
(3)公共の財産である周波数が勿体無い

の3点である。


楽天は全くもって通信業というものを理解していない

通信屋の本質は、電波という周波数帯をいかに効率的に使うかである。楽天という会社は、その幹部が電磁波というものを理解しているのかさえも怪しい。であれば、野菜の名前を知らない八百屋ぐらいやばい。

光も電波も電磁波である。そこには周波数帯というのがあり、1秒間にどれくらいの波があるのかで決まる。これをHz(ヘルツ)という。

周波数の低いのだとAMラジオの電波などがある。これだと、長い距離を通って、障害物にも強い。海の波を想像して見てほしいのだが、周波数帯の低い電波は、海の大波のようなもので、津波のように伝搬していくので、大きな建物などがあっても突き抜けていく。

一方、周波数が高いものがある。これは、同じく海の波を想像してほしいのだが、上下動が非常に激しい波になる。津波でそれをやるのは辛いので、小さい波のイメージだ。直進性が高いので、遮蔽物などに弱い。

こう聞くと、全て周波数帯が低いほうが良いように見えるけれども、そうでもない。周波数帯が大きい方が大きな情報を乗せやすいのである。

例えば、600kHzのラジオがあって、600kHz-601kHzを使って流しているとすると、使っている帯域幅は、1kHzである。単位は、k(キロ),M(メガ),G(ギガ)と1000倍づつになっていく。4.1GHzでやる場合、ザクっと、4.1Ghz-4.2Ghzなどとやるので、帯域幅は、0.1GHzとなるわけだ。これをkHzに換算すると、0.1GHz = 100MHz =100,000kHzの帯域になるので、600kHzに比べて10万倍の帯域がある(逆にいうと、600kHzで同じ帯域を取ろうとすると、600kHz - 100.6MHzまでを使うことになってしまう)。

基本、通信というのは電磁波に情報を載せるので(量子通信は知らない)、帯域は広い方が良い。よく、帯域は川の幅に例えられる。川の幅が広い方が大量のコンテナ船で大量のコンテナ(データ)を運べるのである。

高周波数の方が多くのデータを運びやすい(通信速度が速い)のだが、直進性が高く、遮蔽物に弱い。基地局設置に直すと、基地局をたくさん用意する必要が出てくる。

低周波数の場合、基地局は少なくて済む。基地局から遠くまで電波を飛ばすことができる。地デジ前の地上波のテレビが、東京タワーから関東一帯に飛ばせてしまうのが良い例である。でも、通信速度が遅い。

ということで、「低周波数帯に大きな帯域くれ」というのが本音なのだが、使い勝手の良い低周波領域は、ブロードバンドには解放されない。低周波数域は、色々な使い道があるからだ。

なので、帯域の安い高周波領域と、貴重な低周波領域を組み合わせて使うことになる。これが、基地局の設置に関係することは、後でのべる。

もう一つ理解すべきは、混信である。同じ周波数の電磁波が重なると干渉して、データが壊れる。有線通信の場合は、線を分ければいいので、光ファイバーであれ、LANケーブルであれ、線を2本にすれば良い。しかし、無線の場合はそうはいかないので、周波数帯別に割り当てが決まっていて、重複してはいけない。

なので、セル半径をどうするのか、が重要な課題になる。

例えば、東京タワーの上に大基地局を作るとする。結構広いエリアが、これでカバーできるだろう(出力上、許されるかは別にして)。しかし、そこで同時に何人が通信するかというと、そのセルに入っている人が全部そこにアクセスすることになる。例えば、100万人エリアにいて通信をしていれば、帯域を100万人で分けて使うことになる。当然、ユーザーに対する通信速度は遅くなる。

一方、WiFiステーションのような小規模局で使う場合、セル半径は小さい。イメージLDKぐらいのセル半径にしてしまうと、同じ周波数帯域を一人で占有することもあるだろうし、少なくとも家族4人程度で使うことになる。先ほどの東京タワー基地局では100万人で分けて使っていたものを、4人で使うわけだから、当然、通信速度は早くなる。

NTTドコモが開発したW-CDMAなどはさらに偉くて、基地局の電波を指向性のあるものにして、方向で分けている。うろ覚えだが、確か6つぐらいの方角に割って、帯域を使っている。雑にいうと、東西南北に方向を分けて説明する。帯域を二つに分けて、東西と南北に同じ周波数の電波を割り当てる。すると、セル半径は、1/4にできるので、通信速度は早くなるという技をやっているわけだ。

最近の最新技術では、もっと早くするために、狙ったところに通信を飛ばすときく。イージス艦のフェーズドアレイレーダーをイメージすれば良いと思うのだが、通信端末があるところを探知し、そこに向かって、指向性の高いレーザーのようなビームを放射して通信する。こうなると、ビームを何個打つのかなので、一つの帯域を何回も使える。

そのほか、1Hzにどれだけのデータを載せられるのかの研究もしている。

大事なのが、基地局の設定である。要するに、大セル半径で比較的低周波数のものを飛ばしておき、制御などはこっちでやっておいて、小セル半径の基地局で大量のデータ通信をやる。

こうすると、基地局は数があれば良いというものではなくて、周波数が被らないようにセルの設計もしなくてはいけない。基地局をむやみに増やせばいいというものではない。基地局を増やす場合、隣の基地局と周波数が重複しないようにセル半径を調整する必要があるのだ。

ということで、基地局の設定には高度なノウハウと電波設計が必要なのである。

というように、涙ぐましい周波数を使う努力をして、通信業というのは成り立っている。公共財である周波数をどのように効率よく使うのかを競っているのが、通信業なのである。


さて、楽天である。楽天の通信部門のトップたちは、果たして通信をどこまで理解しているのだろうか?もしかしたら、WiFiステーションの設置さえも自分でできないレベルの低さなのではないだろうか?WiFiの基地局設置もほぼ同じであるが、電波というものはつけて見なければわからないのである。ここに基地局を置いたとして、こっちの部屋で電波が通るのかは、WiFiでもかなり難しい。遮蔽物が、コンクリートなのか、石膏ボードなのか、金属が入っているのかでも異なるし、WiFiの場合では、電子レンジと周波数がかぶるので、電子レンジアタックが一部のWiFiの通信領域ではぶつかってくる。これが、混信の問題である。

なんか、「どこのビルでもいいから、基地局を立てるビルを探してくればいいんでしょ」「それなら、楽天市場の加盟店開拓と一緒で、営業部隊を組織して、絨毯爆撃すればビル取れるでしょ」「それで基地局、数おけば大丈夫っしょ」「基地局のコストは仮想化で下がるから大丈夫でしょ。soracomさんも仮想化で作ってるし」ぐらいの理解しか、楽天の通信事業の幹部にはないんじゃないかと心配になってしまう。


楽天にはエンジニアリングがなく、エンジニアもいない。
ので、通信事業はできない

通信業は、ハイテク産業である。楽天が行う小売業のようなローテク営業中心の事業ではない。非常にデジタルな事業なのである。

エンジニアリングには非常に緻密な作業が求められるため、営業だけの会社では通信設備の設計、設置ができない。なので、優秀なエンジニアが大量に必要になるはずだ。しかし、楽天という会社は、営業がエンジニアを支配しているので、良いエンジニアがいるはずもない。また、技術のわからない人たちにエンジニアが虐げられているので、仮に良いエンジニアがい続けても、活躍できない。

基地局の設置のセル設計をするような緻密な作業。これができるかどうか。雑な楽天の文化を考えると、このような緻密な作業ができるとは思えないし、緻密な作業をする人を養っていけるとも思えない。

基地局を設置しても、そのあとは、基地局間の有線ネットワークもある。基地局からは、光ファイバーの基幹網である。ファイバーの帯域設計をどうするのかが鍵になる。どこの基地局からどれくらいトラフィックが発生するのか、それをどうさばくのか。そういう通信のエンジニアが楽天にいるとは思えない。自社システムも、せいぜいトラフィックのない楽天ぐらいしか運用経験がないわけで、ダークファイバーも含めた有線ネットワーク運用というのもできるのか、疑問である。

基地局の機器の保守ができるのか?近年の基地局はソフトウェアアップデートであると聞く。私は、楽天の話が出てきたときに、何が新しいのよくわからなかった。交換機であればまだしも、基地局におくアンテナとその制御は、確か、ソフトウェア化されていたはずで、新しい基地局を作らなくても、ソフトウェアを外から流し込めば、携帯電話の基地局は更新されると理解している。そういった意味で、随分前から仮想化されているという理解である。

その際、問題になるのは、分散配置されたハードウェアの保守である。ハードウェアには機械がある以上、物理的に壊れる。物理的に壊れたものは、物理的に修理したり、交換せねばならない。壊れる原因は、耐用年数もあるだろうし、エアコン的なものが壊れて、温度で壊れることもある。なので、壊れる壊れないを判別するIoTのような技術が大変重要である。そういう設備保守という世界を楽天はやってきたのだろうか?ハードのエンジニアがいなそうだし、ハードの保守のエンジニアなど、もっといなそうだ。

それから、一番ひどいのが通建である。通信建設というのは、もう世界が出来上がっている。基地局を実際に作ってくれる工事の人たちである。場所の確保から、住民などの理解・承諾の手続きを取るところ、実際の工事の手続きなど、工程が結構長い。この通建が以前は、通信事業のインフラ更新のボトルネックになっていたのだが、そこをBPRで解消してきた歴史があると思う。

結構通建の世界は、キャリアからの出向組などもいると思うのだが、それを知って、同じ通建会社に頼んでいるのだろうか?そして、通信基地局設置のプロセスを楽天が理解しているとは思えないし、そこの工程管理をするエンジニアリングができるとも思えない。

AWSやGoogle Cloudのように、大量の壊れやすいハードウェアを分散配置して、それをリモートで管理するような作業を(エアコンの効いたデータセンターではなく)無数の外気にされされた基地局というところでやるためには、管理に関する技術と経験が必要である。クラウドを運用しているアリババならまだしも、自社のクラウドさえ売り物にできない楽天の技術陣が、無数に散らばった自動販売機をリモートで全て保守するような芸当ができるのだろうか。大変疑問である。

さて、ソフトバンクである。

孫さんは随分前に、通信業への参入を果たしている。その方法はどのようなものだったろうか。

まず、ADSLをやった。基幹ネットワーク網を持った。ISPもやっただろう。

有線通信の会社である日本テレコムを買った。これで、基盤となるネットワークを持つことになる。基地局間のネットワークを自前で持つことができた。ただ、これさえなくとも、ダークファイバーを安く買い叩いて、光多重などの技術を使って、ファイバーあたりの帯域を増やして使う大変高い技術を持ったCTOがソフトバンクにはいて、そういうこともできた。

基地局設置などは、ボーダーフォン、昔のJ-Phoneを買った。この会社も日本テレコム系の会社で、通信のエンジニアはしっかりしており、上記のような通建の話もわかっているし、基地局の設置の話もわかっている人たちがいたのである。さらに、最初の顧客基盤を買ってきたのが大きい。

さらに、何を買ったかといえば、PHSの会社である。PHSというのはもともと小セル半径である。昔はよく、コードレス電話というのを見たが、仕組みはほぼ一緒である。小セルで限られた電波を使って通信するので、周波数効率が良い仕組みであった。ただ、セル半径が狭いので、エリア拡充がしにくく、結局死んでいった。ブロードバンドの方は、NTT docomoが開発した無線技術で克服されてしまい、結局何も残らなかった。

残ったのは、PHSの基地局という資産である。PHSは小セルであるという仕組み上、基地局がたくさん必要だった。その基地局を、携帯電話の基地局候補として持っておき、そこに猛烈な営業をかけて、携帯電話の基地局に変えていったのだろう。それで、ソフトバンクモバイルはエリアを一気に拡充して、通信業という競争力を獲得したのである。

非常に孫さんらしいやり方だが、つまりは、買収を通じて、着実に通信のケイパビリティをつけていったのがソフトバンクという会社である。

ちなみに、KDDIは、通信の名門KDDを買っている。DDI自体は、イケイケの営業集団であったが、京セラは製造業で、工場における装置の保守は経験しているし、無線の半導体も作っていたし、基地局のハードウェアの保守もできただろう。そこに、KDDとの合併があったわけで、エンジニアリングに問題はないのである。トヨタの資本も入っている。

楽天は、それらの通信業のケイパビリティの構築と、オーガニックにやろうとしている。フリーテルを買うなどの顧客基盤を買う営業視点はあるのだが、設備産業であり、装置産業であり、保守産業であり、ハイテク産業である通信業という技術視点はない。

エンジニアリングがなく、エンジニアのいない楽天に通信業はできない。少なくとも、今の営業中心の文化ではできないのである(そもそも、ろくなネットのエンジニアもいないので、ECでも後塵を拝しているのであるのだろうが)。


公共の財産である周波数が勿体無い

というわけで、楽天という企業が携帯電話事業に参入するに当たって、成功する可能性は低いと私は分析している。

他の事業であれば、資本主義経済の中、株式公開している楽天という企業が自らのリスクで事業を取り行っているだけなので、側から文句をいう筋合いのものではないし、黙って、株の空売りでも仕掛けて置くだけの話であるのだが、ことは、公共の資産たる電波の割り当てが関係しているのである。

携帯電話の料金がサステイナブルに安くなるためには、安定した競争力のあるキャリアの数が必要である。しかし、安くサービスを提供するために必要なのは、安い設備ではなく、電波を上手に使うテクノロジーと運用である。楽天はサービスを開始できても、安定したサービスは期待できず、オペレーションの効率が悪いので、結果コスト高の会社になり、赤字体質で、通信サービスが長続きしないだろう。そのうち、ソフトバンクに買い叩かれて、周波数だけもぎ取られるのがオチである。何しろ、自分能力を図る能力さえ持ち得ていない。

ソフトバンクのように通信会社を買収しようとしても、もう、巷に通信会社は残っていない。残る道は、高い金を払って、競合企業から中堅どころをごそっと引き抜いてきて、役職者にするぐらいしかないだろう。とても、コスト競争力があるとは思えないのだが。また、楽天はその営業中心の文化を変えないと、とってきたエンジニアもすぐ辞めてしまう。

ということで、非常に、電波が勿体無い。楽天のような通信業をやる能力がなく、営業一筋のリクルートみたいにテクノロジーを理解しない会社に公共財である周波数帯を割り当ててしまうことは、国民にとって決して良いことではないだろう。


一つのことを思い出す。北海道の地震である。

東関東大震災の結果を受けて、NTT docomoは基地局網を強化していたようで、基地局のバッテリーは3日間持つようにできていたようだし、各地から電源車をフェリーで連れてきて、対応をしていた様子が、先日、NHKの番組でやっていた。

KDDIは確か、北海道の沿岸に船を出して、大型基地局を設置した。

ソフトバンクは、コスト重視で、そういった取り組みはなかったようだ。

インフラというのは、命や生活の継続に関わるものである。であるから、自らの使命として、NTTやKDDIはこのような災害対策を普段からちゃんとやっているのである。ソフトバンクはそういうところにお金をかける会社ではないが、少なくとも、通信のケイパビリティは買って、保持している。

そういった中、自社のECの顧客対応さえきちんとやらず、コストカットのためにカードの問い合わせ窓口さえもちゃんと運営できない楽天という事業者に、顧客対応が必要で、社会的な責任を持った通信事業というインフラ事業ができるのか、させるべきかは、非常に疑問である。

「営業得意なら、MVNOでもやってろ」と強く思うわけだが、日本社会にとって一番最悪のシナリオは、次のようなものだろう。

楽天が潰れそうなMVNOを買いまくって、顧客の営業資産だけをたくさん集めておいて、自社のくそ携帯電話ネットワークに強制移管をする。自社ネットワークは、通信障害を出しまくる。顧客の不満は高まるばかりであるが、楽天はそのグループの文化をそのままに、顧客対応にコストをかけず、顧客からクレームが噴出する。消費者庁がその対応に苦労をする。
さらに、そこに地震などの災害が発生して、楽天だけがネットワークがダウン。自ら復旧もできずに、他社のようなバックアップの設備もプロセスもない。他社がサービスが落ちないというのに、楽天だけが通信障害が起きて、復旧に3ヶ月もかかって、顧客が激減
結局、通信事業で多くの負債を抱えた楽天が、倒産

というものである。

楽天には、ぜひ、周波数帯とMVNO事業者をまとめて、ソフトバンクあたりに売却をした上で、格安SIMを取り扱う携帯電話の代理店を始めていただきたいものである。

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