書評:『ローマ世界の終焉──ローマ人の物語[電子版]XV』(塩野 七生)

ローマ帝国を滅ぼしたのはローマ人とローマ皇帝自身であったと思う(ちなみに、この本が描くローマ帝国は、分裂後の西ローマ帝国であり、東ローマ帝国はしばらく生き続けるが、ローマ帝国的ではない)。

まずは、最後のローマ人と言われた蛮族の父を持つ将軍スティリコ。繰り返す内戦で弱体化したローマ帝国において、軍を組織して、蛮族を叩き続ける。蛮族と戦えば勝てるのであるが、蛮族が領土に入ってくる前に叩くのではなく、領土に入って来て、略奪の限りをして、居座っているところを叩くのであるから、国土は荒廃する。でも、安全保障は一応あった。

アフリカで反乱がおきた。アフリカの事情は複雑で、キリスト教のカソリックとドナティストとの対立があった。ドナティストは農奴階級によく信じられていた。社会の上層部はカソリック。

ちなみに、アフリカは上下水道完備で、大規模が農園が立ち並ぶ豊かな農業国。フェニキア人(=カタルゴ人)は伝統的に大規模農園の運営が得意な農耕にノウハウを持つ民族で、アフリカを豊かな緑の土地にしていた。ローマ帝国は水道を引いて、農業用水を遠くの川から持って来た。ゆえにローマの食料庫として機能していたのがアフリカ(もう一つはエジプト)であった。

さて、異端とされたアフリカのドナティストたちは反乱を起こすが、将軍スティリコはローマの元老院の重い腰を動かさせ、代理の将軍を送る。その将軍は、カソリックの兵士たちに呼びかけ、反乱は鎮圧され、一安心。

一方、将軍スティリコはイタリアに入ってくる蛮族を征伐するので大変。蛮族を押し返してはいるが、ガリア(フランス)は捨て、イタリア、南仏、スペインを安全保障の範囲とする。ブリタニア(イギリス)は、ガリアが捨てられた時点で自動的に捨てられ、ブリタニアに駐屯していた兵力は、独立軍としてガリアに南下してくる。もう、ガリアは、ローマ帝国ではなくなった。

何もしない皇帝は、敵が怖いのでラヴェンナに遷都。水路が守ってくれる水軍の本拠地で、守りが固いというのがその理由。周りは官僚が固めるようになる。

蛮族はますますイタリアに侵攻してくる。蛮族兵は数が多く、経済力のないローマ帝国は、兵が少ない。ゆえに、蛮族が街を荒らしていくのをそのままにして略奪をさせておき、機会を待って有利な地形で大戦を仕掛け、一気に殲滅する方法しか取ることができず、将軍スティリコはそれを繰り返す。

アラリックという蛮族の頭領がいて、将軍スティリコが散々やっつけた。「この蛮族なら御しやすし」と将軍スティリコは、金を渡して、ガリアの蛮族を撃たせようと画策する。この金を出す元老院の金持ち階級と対立することになる。ラヴェンナの官僚が悪巧みをして、スティリコの子飼いの部下たちを皆殺しにしてしまう(しかも、皇帝の隣で)。将軍スティリコは、一人皇帝に会いにいくが、皇帝に会うこともなく殺される。殺すだけでもアホなのに、その先の軍事力のあてもないのだから、この雑魚官僚たちはどうしようもない。これが、ローマの軍事力の終わり。

そうなると、さっきの蛮族アラリックが出て来て、イタリアを蹂躙する。その手はローマまでおよび、ローマが略奪される「ローマ劫掠」が行われる。元老院議員たちの安全保障へのお金の出し惜しみのせいで、ローマは蛮族に略奪される。ローマも安全でなくなり、人がいなくなり始める。

皇帝が変わって(もはや皇帝の名前はどうでも良い)、アエティウスというドナウ防衛線の将軍が出て来て、ローマの軍事力が復活する。しかし、これも、安全保障上必要な自らの立場強化のために「皇帝の親族を嫁にくれ」と皇帝に言ったら、皇帝に切られてしまう。それで、またローマ帝国から軍事力が消滅する。また、この皇帝も何も考えていないし、何もできない。

蛮族がローマにきて、今度は何度もローマ劫掠がされる。こうなると、もう、不良のカツアゲ状態である。

最後の20年は、皇帝も1年ぐらいでコロコロ変わる。

巡り巡ってスペインに居を構えた蛮族ヴァンダル族が、アフリカを制した。タチが悪いのが、この蛮族と一緒に、農奴階級のドナティストが融合してしまったこと。ドナティストとカソリックのキリスト教異端争いが先鋭化し、憎しみが積み重なっていた。結果、ヴァンダル族とドナティストが軍事力で政権をとるのだが、ドナティストがカソリックを追い払う。大規模農園の運営をするノウハウを持ったカソリックはローマに逃げてしまったので、農園は荒れ、水道インフラも壊れ、農業力がなくなり、アフリカの砂漠化が進む。

カタルゴの水軍力は、通商ではなく、海賊に使われ、一部が、ローマの略奪に向かうという始末である。

ローマ側には、軍事力ないので、略奪され放題。政権も安定しないので、どうしようもない。フルボッコ状態のいじめられっ子である。

最後に、東ローマ帝国の皇帝レオに西ローマ帝国の皇帝を送ってもらおうとして、共闘する。東ローマ帝国にすがるのは良い戦略で、どうにかなろうともするが、カタルゴにいるヴァンダル族を撃とうとして大軍を出したものの、指揮官がまずく、海軍は全滅する。

その後は名ばかりの皇帝がコロコロ代わり、人知れず、ローマ帝国の皇帝は蛮族に殺され続ける。滅亡の仕方も、「蛮族に皇帝がやられたら、次の皇帝を出す」というのが続いていたのが、「もはや皇帝いらない」ということで、それがなされなかっただけという終わりかた。もはや、形骸化したローマ皇帝の廃止でしかなかったそうだ。

というのが、ローマ帝国の滅亡である。

ちなみに、その後のイタリアについても書かれていて、面白いのは、「パクス・バルバリカ」である。蛮族による平和。蛮族がイタリアを制圧するのだが、政治はできないので、結局、元老院階級のような人に政治を任せる。軍事は、ゲルマン系の蛮族がやるという2階級社会。税率1/3が機能して、イタリアは平和を取り戻したということ。

東ローマ帝国をローマ帝国と塩野七生さんが呼ばないのは、東洋的だから。去勢された宦官がいて、豪勢な宝石の冠をかぶった皇帝がいる国は、専制君主の国で、市民を守るために国家があるローマ帝国ではないとのことから。

全巻を通じた感想は別途書くとして、この巻の書評は、長く、纏まらない。帝国の最後はどうでも良いグダグダが続くので内容を要約できず長くなる。

読後の感想は、「滅亡の要因は、結局内紛なんだな」ということ。そこそこ良い将軍が出てきてまわり出すのに、それを理解できない皇帝や民衆や元老院が将軍を排除してしまい、権力争いを初めて、落ちぶれる。リーダーとリーダー選びが全てと言われればそれまでなのだが。

面白かったのは、パクス・バルバリカ、蛮族による平和である。最後の方のローマ帝国は軍事力がなく、市民に平和を保証できなかった。そんなローマ帝国に存在意義はなく、軍事力のあった蛮族に統治されていた方が、住民は幸せだったということ。

モヤモヤする終わりかたなのだが、実際、滅亡など、尻つぼみでしかない。物事の終わりは、常にこんなものなのかもしれない。

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