書評:『危機と克服──ローマ人の物語[電子版]VIII』

一年で何人も総理大臣が変わった自民党の末期を思い出すのが、ガルバ、オットー、ヴィテリウスの「馬鹿三人衆」である。カエサルの血筋による皇帝の継承が終わり(血筋といっても養子が多いけど)、民間人が採用される。採用されるのだが、世襲でない場合、皇帝という仕事がわかっていない人がやるものだから、全く機能しないということが起きた(こちらは、菅直人総理大臣を有した民主党政権を思い出す)。

世襲の社長を批判する原理主義者がいる。こういう原理主義者をいざ社長にしてみると、ものすごい失敗をしたりする。この人は、社長の仕事が見えていない。社員の視点からしか社長の仕事をみることができないので、上から見た絵が見えていない。見えていないから、やるべきことができずに、やらなくて良いことばかりをして、会社は大赤字。業績が悪化して、社長は解任される。社長の座を虎視眈々とその座を狙う優秀な人材が出てきて、社長になって、会社を立て直す。会社あるあるである。

長いローマの歴史には、そういうシーンがあるわけで、それがこの危機と克服の巻であろう。

ローマ市民のネロの拒否反応から皇帝に担ぎ出されたガルバ。やっているのは宴会だけなので、すぐに殺される。次の皇帝オットーは、軍事力という権力を掌握できず、ライン川防衛とドナウ川防衛の二大軍事力による内戦状態に入る。オットーは、戦闘に負けて自死。内戦の戦闘に勝った皇帝ヴィテリウスは内戦の戦後処理を間違えて、国が分裂。属国でも反乱がおきまくる。パクスロマーナ崩壊。

こちらは、東芝社内での権力争いが起きて、社内の派閥争いが起きて、仕事どころじゃなくなり、不正会計に手を染めているうちに、事業をどんどん取られてしまい、大きな会社が無くなる寸前までいった様子に、よく似ている(PC事業とかなくなってるし、医療機器事業とか売られてしまった)。社長の座を得るために、社内の派閥争いをするのが良くいるが、派閥争いは内戦であり、その勢力が二分している場合、会社全体の力を削ぐことになるので、戦後処理は大事である。

ヴィテリウスは、内戦の相手をリストラまでしてるから、帝国内に敵を作って、帝国内の平和が崩れる。属国も従わなくなり、混乱の極み。

東方の属国の総督たちが話し合い、常識人ヴェスパシアヌスが皇帝になる。ちなみに、ガルバ、オットー、ヴィテリウスの「馬鹿三人衆」は、自分の防衛戦を放っておいて内戦を争った。皇帝ヴェスパシアヌスとその協力者ムキアヌスは、自分の防衛戦で仕事を果たしながら、内戦を制する。帝国全体の平和を守る責任感の違いである。

皇帝ヴェスパシアヌスは、国税調査を行い、借地料の適正化によって、税率を上げずに、執行を徹底することで財政再建を果たす。借地の単位がざっくりしていたのを、きちんと小さいところまでみて、徴税することで、税率は変えずに、ズルして払っていない人の分まで徴収して、財政再建を果たした。

日本に置き換えれば、「中小企業や個人事業主がきちんと税を払っていないのをきっちり徴収することで、消費税率もサラリーマンの所得税もあげることなく、プライマリーバランスをプラスにする」とか、「病気でない老人に無駄に薬を出しまくっている無能な医者からの医療費請求を棄却することで、国民年金への支出やサラリーマンの医療保険料を抑えることで、可処分所得を増やし、景気対策をする」といった部類の施策である。一言で言うと、国税を潰して歳入庁を作ることで財政再建を成し遂げるようなことを、この皇帝ヴェスパニアヌスは成し遂げる。そして、老衰で死ぬ。

次のティトゥスは、すぐ病気で死んじゃう。ナポリ郊外のヴィスピオ火山の噴火でポンペイが潰れたのもこの時。ちなみに、ポンペイはどうでも良い都市であったらしい。

次のドミティアヌスが、仕事のできるやつだった。兵士の給与を上げて、ゲルマニア防壁を築いて防衛線を短くすることで防衛費を削減した。公共事業も良くやった。だが、アグリコラと言う優秀な指揮官をうまく使えず、指揮官の指名を間違って、ドナウ川下流のダキア族にローマ軍団を壊滅させられる。このダキア族とうまく協定を結んで、パクスロマーナを復活させるのだが、これがローマ市民の怒りを買う。小金を払い続けて、和睦を続けたのだが、ローマ市民は、戦争に負けて金を払い続けるのが許せない。不評を買う。ドミティアヌスは、良くわからぬ事情で解放奴隷たちに寝室で暗殺される。

一緒に執政官をやっていたネルヴァが次期の皇帝になる。賢帝の一人目。老齢で子供がないので無難な人として皇帝になり、五賢帝時代が始まるのだが、この人の功績は、次の皇帝を、ライン川防衛の名指揮官トライアヌスを指名したことにある。

と、この巻はここまで。

リーダーがダメで、混乱極まるローマであるが、混乱しつつ、リーダーを変えて、やっと良いリーダーにたどり着く。読んでいる方も、ほっと一息がつけるようになるのである。


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