書評:『HARD THINGS』(ベン ホロウィッツ)

この日本語版の圧巻は、何と言っても、小澤隆生さんの序文である。

「読んだら吐き気を催してしまうのではないか?」

そういう恐れから、スタートアップを経営した事も無く、スタートアップで働いた経験も無い私はこの本を読むのを遅らせてきたのである。それほどに、インパクトが強い名文を小澤さんは書いている。日本語もきれいであるし、是非、この人にはもっと文章を書いて頂きたい(個人的には、チームラボの猪子さんのメディアアートの才能に並ぶ才能だと思いました)。

ちなみに、ゴーストライターを疑ってみましたが、小澤さんの言葉はうまく、過去、ベンチャーキャピタルの運営のコツを表現するのに「砂漠で水を売る」と言われていた事があります。私はこれをパクって愛用させて頂いておりますが、これほど、投資を言い得た名言はありません。きっと、この人は言葉を操るのが上手いのでしょう。

さて、どうして、小澤さんの文章を褒めているのかと言うと、HARD THINGSという本自体は、良い本ではあるが、評判ほどはすごくないからである。

面白い本ではある。為にもなる。実践的でもある。
しかし、過去にこういう本が無いのかと言えば、私はあると思う。

それは、ドラッカーの『マネジメント(抜粋版)』であり、『経営者の条件(Effective Executive)』である。ドラッカーが、経営者へのコンサルを通じて書いたのに対し、ホロウィッツは自らのスタートアップの経験を通じて、この本を書いている。どちらも良い本であるが、本のテーマはさほど変わらない。日本語にすれば「経営」「経営者の仕事」であり、英語にすれば"Management"であると思う。

"Effective Executive"基準でこの本を語るとすると、まずこの本は、スタートアップに特化しているのが違い、底が良い。ホロウィッツ氏は、スタートアップでしか働いた事が無く、その後ベンチャーキャピタルを起こしているため、スタートアップの経験がおそらく世界で一番豊富な人の一人である。なので、その経験は一流であり、そこから得た示唆は、本人しか書けない事だ。

しかし、ホロウィッツは、経験豊富なマネジメントから、いろいろと教わっている。その中には、スタートアップでない経験者もいる。私が、この本に新しさをあまり感じなかったのは、それらのホロウィッツの良きメンターを通じて、間接的にドラッカーのような人の話が入っているからであろう。聞いた事のあるような教訓も多い。ホロウィッツは、一般的な経営書には書いてないと言うが、少なくとも、半分は書いてある事だと思う。

この本が良いのは、スタートアップに特化して書いてある事である。どういう人を取るべきか、どういう決断をしなくてはならないのか、特に、「1%でも助かる可能性があるのであれば、そこにかけて全力で取り組む」というのは、スタートアップを立ち上げた社長にしか本当の意味では分からない金言であると私は思う。一般人とのギャップはここにある。

そのようなスタートアップの金言に満ちたこの本は、スタートアップを経営するものに取って金言に満ちている。

「私がこれを読んで吐き気を催さなかったのは、きっと、記憶から呼び起こされるスタートアップの経験が不足しているからであろう。経験者は、読んで吐き気を催すのかもしれないな」と思いながらこの本を読み終えました。

面白い本ではあるので、是非、スタートアップに興味のある方は一読する価値のある良い本だと思います。

『HARD THINGS』(ベン ホロウィッツ)
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