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書評『リー・クアンユー回顧録〈上〉―ザ・シンガポールストーリー』(リー クアンユー)

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シンガポールの設立者であり、偉大な政治的リーダーであるリー・クアンユーの回顧録である。リアルタイムに日記をつけているわけではないので、回顧録になっている。

面白かった。彼がシンガポールを独立させてしまうまでを振り返っている。東南アジアの歴史を振り返る上でも役に立った。

シンガポールはイギリスの植民地だった。リーは、英語で育った植民地のエリート家系の華僑の家に生まれる。勉強ができた。嫁さんも賢かった。

若い頃に、日本軍の侵略を受ける。ここで虐殺があったとリーは言う。リー自体は、日本に良いイメージを持っていないので、南京大虐殺などの根拠にもなっているのがこの本であろうので日本人としては微妙であるのだけれど、やはり、日本陸軍の「ビビらせて人に言うことを従わせる」という文化は、表面上だけでもジェントルで知的な英国植民地政策に対して競争力がなかったんだろうな、と思った。

リーは、その後、英国に留学。ロンドン中心部のLSEはリーには合わない。文化も合わないし、食事も合わない。ので、より田舎にあるケンブリッジ大学に強引に動いて、こちらがしっかりハマる。奥さんもロンドンに呼んで、秘密裏に結婚する。

シンガポールに帰ると弁護士になり、労働組合の援助を通じ、集票田を確保し、共産党の秘密結社と手を結んで政党を立ち上げ、シンガポールで政権をとる。リー自体は、共産思想はゼロだから、いずれ喧嘩別れになる。分かっていながら、共産勢力を政治的に利用したのである。

中華人民共和国と毛沢東の時代であるから、華僑としては共産主義にまみれるのが普通の時代。シンガポールの人口の大半は華僑だから、共産党勢力を使わないと、政権が取れなかった。

ただ、この時代はまだイギリスの植民地。留学したので英語が流暢で、英国のプロトコールを身につけたリーは、植民地の行政官や英国政府の高官との交渉が得意だった。植民地エリートである。

と政治をやっているうちに、やっぱり共産主義じゃないことで対立路線にのり、共産党との戦いが始まる。これにギリギリ勝利。同時に、マラヤと言うことで、マレーシアの独立と一緒になって、シンガポールはマレーシアに取り込まれようとするのだが、これが結果的に失敗して、シンガポールは独立してしまう。

マレーシアは、独立しようと思うと、地域的に多民族国家にならねばならないのだが、実際のマレーシア独立は「マレー人のためのマレーシア」というコンセプトである。リーダーがラーマンという殿下で、イスラム教の王様のような感じの人。よきにはからえ型で、大事なところは判断するが、そのコンセプトは、「マレー人は無能だから規制なしには経済を華僑に持っていかれる。だから、マレーシアには、マレー人優越の国家を作るべき」+反共産主義、の2点である。

こうなると、どうやっても民族差別が生まれて、国がうまくいかない。

結局、リーはマレーシアの独立に尽力するも、2年で華僑の差別にあって、仕方なしに、シンガポールの独立の道を歩むことになる。

宗主国の英国としては、独立は認めるが、シンガポール単独の独立には反対だった。なので、マレーシアとシンガポールの離婚は秘密裏に進められる。

インドネシアという国は、強くて、スカルノ大統領が共産主義でガンガン押していたようで、マレーシアはイギリスの支援がなければ、インドネシアに取り込まれていたほどの国力。その半島の先っぽのシンガポールは、もっとひ弱で、インドネシアに併合される身分である。英国の支援を取付けつつ、華僑の権利も守り、シンガポールのマレー人や少数民族の権利も守る近代的な英国式の人権を保った国家を作る必要が、リーにはあったのである。


と、ここから感想である。

なんだか、壮大なるベンチャー企業の創業ストーリーのようである。
そして、共産主義との戦いがよくわかる。

シンガポールというのは結構全体主義的で独裁的なところがあるのだが、社会を構成する人民のレベルが上がりきらない国家において、国家を国家として機能させて、レベルを上げていく過程が、このリークアンユーの物語にはあるので、非常に面白いと思えるのだろう。

政治の世界で、どう、自らの集票田を作り(法治主義と弁護士の力を利用して労働組合を取り込み、労働組合に近い共産勢力を利用して、力がついたところで自らの組織を作る)、政権を取り、英国からの独立を勝ち取り、国力を強化していくのか、非常に勉強になった。特に、政治的に成り上がるということ、これの学習点が多い。

また、共産主義勢力というのも非常に参考になる。共産党は秘密結社である。本体は地下と水面下に隠れていて、そこにネットワークがある。表に出てくるのはトカゲの尻尾である。歴史がそこそこある日本の会社にいると、似たような状況があって、裏のネットワークでグリグリ動いて、経営陣が騙されているようなこともよくある。リーは、そういう共産主義勢力の概要を警察の諜報を使って理解し、タイミングを見て徹底的に叩き潰し、シンガポールを栄光の道へと導くわけで、この上巻は、共産主義勢力の叩き潰し方という意味で、非常に有用であると思う。

また、リークアンユーが、アフリカに外遊をする中で、「こりゃ共産主義じゃダメだな」と思うシーンが色々出てくる。当時のアフリカを10カ国訪問するだけで、国家の良し悪しがわかってしまうほどだ。これも面白かった。

結局、シンガポールの原点は、イギリス植民地である。イギリスの良さを取り込みつつ、華僑にとっての経済の天国を作ったのがシンガポールである。地政学的な問題として、インドネシアの脅威があり、旧宗主国イギリスの国々(オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール)があり、ベトナム戦争がある上でのシンガポールである。

イギリスの国家システムを継承しながら、華僑がいた国がシンガポールで、シンガポールは狙い通り「東南アジアのオアシス」たり得た。日本は、西洋の政治システムを輸入して東アジアで発展をしたのである。逆に、大日本帝国独自の「陸軍文化」は、政治システムとして全く競争力がなかった。

東南アジアを理解する上でも、企業文化を考える上でも、政治を学ぶ上でも、地下組織を壊滅させる方法を知る上でも色々ためになって、面白い本であった。まだ、kindle化されていないので、ぜひしてほしいなあと。


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