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書評:『安全保障戦略』(兼原信克)

日本の安全保障って大丈夫なんだろうか、と日々不安に思っている中、amazonさんがこの本を勧めてくれたので、ポチってみたのだが、結果、さらに不安になるという事態が生まれました。

著者の兼原さんは大変に活躍した外務省出身で、内閣府で働いた官僚のようです。日本の安全保障分野の第一人者だったのでしょう。

本の内容を辿っていくと不安になることばかりでした。まず、安全保障なのに、霞ヶ関から半径3km程度しか範囲がない話が続きます。続いて、戦略と言いながら、戦略というものへの理解の乏しさが受け取れる表記が続きます。安全保障の話なので、地球儀的な視野で、軍事バランスを含めて話が出てくるのかと思いきや、出てくるのは各国の歴史と日本との関係程度の話です。こっちが期待しているのは、森本敏さんバリのこれこれこういう理由で、「日本には空母が3台必要だ」みたいな話なのですが、そういう戦力に関する記述もなく、韓国という国の成り立ちとか、中国の国の成り立ちとか、ホモサピエンス全史とか、全世界史などの劣化版のような気がします。

と、最初は、「兼原さん、馬鹿なんじゃないか?大丈夫か日本」という感想を持ちつつ読んでいたのですが、次第にそうではないことがわかってきました。わかってきたのは、兼原さんが馬鹿なわけではなく、何も安全保障がない状態を日本が続けてきて、兼原さんを初め一部の人たちが何もないところから少しは形を作ってきた。けれども、まだ、依然として日本の安全保障は馬鹿げたレベルでしかない、ということであります。

一言で言えば、米国に甘ったれた半人前国家日本、であり、米国との関係が壊れれば吹いて消えてしまうようなのが日本の国防の現実であるということであります。そして、America firstが続く米国ですから、その頼みの米国もいつ日本を見限るかわからない中、中国は軍備を増強し、ロシアは軍事の牙を研ぎ続けている。何とも、おそロシアな状態であるわけです。

では、本の内容を簡単に振り返ってみましょう。

霞ヶ関から半径3kmの話が続く

失礼ながら、官僚の書いた本だなあと思うのは、霞ヶ関から半径3km以内の話から始まり、それが続くことです。まあ、日本は、第二次世界大戦で大敗し、軍事を基本的には取り上げられた国なので、仕方がないと言えば仕方がないのですが、要するに、安全保障は全て米国に丸投げで、日本にはなんの機能もなかった。吉田茂総理の時代はそれが正しかったとしても、令和のこの世の中、そうでもない中、昭和・平成の政治家の不作為により、安全保障が何もないに近い状態でありました。

そんな中、著者と小泉・安倍の元総理が少しづつ形を作ってきたというのが、現在の日本の仕組みで、まだまだ不足しているということがよく分かります。

関係あるんだろうけど、安全保障というよりは、官僚視点の日本の国会と公務員の仕組みがよくわかる内容が続きます。まあ、明治から昭和にかけての第二次世界大戦に進んだ日本の政治システムを反省して、戦後の分権が進んだ官僚主導の政治システムから、官邸主導の仕組みに変わってきた歴史はわかるんですが、それでもまだまだ安全保障を語るには程遠いということがよく分かります。

軍事をやるには、指揮系統が大切ですが、官僚は分権されており、指揮系統がはっきりしません。なので、今回のコロナ対策のように、よくわからない西村大臣が出てきて、全体として整合性のないバラバラ施策が行われて結果が出ないようなことが、軍事でも起きるわけです。安全保障的には大変に恐ろしい話です。

それが、少しは、総理大臣主導になりつつあるんですが、まあ、総理大臣が安全保障の素人であることには変わりなく、知識的に自衛隊の最高司令官としては役に立たぬわけです。ということは、よくわかる詳しい記述でした。

NSSの話

国家安全保障局こと、NSSの話が次にあるんですが、まあ、横櫛の官僚機能としてこれが必要なことはわかるし、今まで全くなかったものを整備したのもよくわかるんですが、これ、実戦になったら機能しないだろうなと思うわけです。機能が弱すぎる。

安全保障や軍事の世界は、段取り8割だと書いてありますが、まあ、有事など準備してなければ何もできません。戦力を準備して、戦略があって、戦術に落とし込まれていて、それができるように十分に訓練がされている状態で、有事にスイッチを押すのが機能する危機対応であり、安全保障であるのですが、そもそも戦略がない。

この本の記述で一番不安にさせるのが、著者に「戦略」の理解が皆無であることです。戦略というのは、「目標設定の技術」であることは明確です。ある目的があるときに、それを実現するためには、何を目標にして達成をしていけば効率的に目的を達成できるのか、が戦略であるわけです。その設定された目標を「どのように実現するのか」は、戦術の問題であります。戦術を組み合わせて、戦略と戦術を結ぶのがオペレーション(Operational art)であります。

「彼を知り己を知れば百戦して危うからず」とは孫子の言葉ですが、「日本は防衛だから、敵を設定しない」という甘えの論理により、個別具体的な戦略がないんですね。中国に対抗する戦略、北朝鮮に対抗する戦略、というものが存在しておらず、それを日米で打ち合わせることもできない。まあ、戦略を米国に丸投げするんですかね。そんなことしたら、自衛隊だけが死地に送られる戦略を、私が米国なら立てるわけですが。

諜報活動の不在

インテリジェンスというのを私は知性と訳したいですが、こっちの世界では、インテリジェンスといえば諜報です。いわゆるスパイの世界と情勢分析ですが、今の日本にこの機能がありません。外務省が、歴史認識を色々頭でっかちで言っているだけで、てんで実戦で役に立つとは思えません。

戦略の基本は情報収集なので、情報がないところに、意味ある戦略策定はできません。「中国は血を流して北朝鮮を手に入れたらから、韓国と北朝鮮が統一されることはない」という過去の歴史に対する認識など、一つの暴力でひっくり返されることがあるわけで役に立ちません。よくある「この犬は、人を噛んだことなんでなかったのに」というやつで、都市伝説を信じて敗戦している日本の企業人はよくいます。例えば、「amazonがAWSを作っているのは、クリスマス商戦でサーバーのピークが来て、サーバーに余剰リソースがあるためである」というのを信じて、メーンフレームで確保していたIaaSの世界を全部持って行かれた日本の半導体/コンピューター製造産業みたいな間抜けなことが起きます。こういうのを敗戦というんですね。

でも、日本には、情報収集能力もないし、分析能力もありません。外務省は貴族化した平和ボケだし、防衛省と外務省が繋がっていないので、広く情報を収集・分析することもできていないのが、現状の日本です。

うーん、大変。

その後は、各国の歴史の話しかない

第二部として、「国家安全戦略論」というのが続くんですが、まあ、これは戦略とは呼べないですね。日本と各国の歴史の概要のお勉強としては良いのかも知れませんが、本来、戦略のインプットの一部になるものであって、戦略本体とはとても言えない話が続きます。

歴史的な過去の経緯はナラティブなインプットとしてはあるとしても、戦略本体は、小学生でもわかるようなシンプルなものである必要があります。

イデオロギーの話とか、戦略的なんたらの定義とか、軍事という圧倒的な暴力の前では吹っ飛びます。現実の結果こそが、戦略策定の目的変数なのであります。

中国の国力がどれくらいあって、戦力がこれくらいあって、こういうふうにせめてくる時に、こういう順番で対処すれば勝てる/負けない、というシンプルなものを戦略は求めているのに、そういうものが一切ない。

あるとすれば、自衛隊なんでしょうけど、実戦をしていない自衛隊がどこまでのものなのか、実に心配ですね。

そして、サイバー分野が自衛隊も不安

日本のこれ、ダメなんでしょうね。

古くは、イスラエルの原発破壊もあります。最近では、ロシアのクリミア侵攻が、サイバー戦を活用した動きで、もはや、サイバー軍は軍事の主力といっても過言ではないぐらいだと思いますが、日本はこの分野で立ち遅れているんでしょうね。

政府の情報システムの仕組みのダメ具合は、今回のコロナショックでよくわかったと思います。投資効率の悪い、オールドファッションな仕組みが、戦略もなく構築されており、大手IT土建屋にむしゃぶりつくされたのが日本のITの今であり、そのITを作る司令塔機能がありません。

その雑魚具合というのは、自分たちがいかにクソなものを作ってきたのか、作っているのか、使っているのかの評価もできません。政治家・官僚にその機能がないのも致命的ですが、もっと恐ろしいのが、自称ITの専門家の、大手ITベンダー(=大手IT土建屋)に、ITの知識や評価をする能力がないことです。彼らは、自分たちが雑魚であることにさえも気づかない。

例えば、クラウド、特に、IaaSといえば、AWSかAzureかGCPです。彼らは、年間1兆円以上コンピュータに研究開発投資と設備投資をしていると思いますが、それと同じ規模で投資をできている日本のIT土建屋はありません。もう、勝負になっていないわけです。

IaaSの上に載っけるソフトウェアサービス群、PaaSでも、開発人員規模で対抗できていません。

対抗する相手が、米国ではすっかり終わった企業になっているIBMである時点で、違うわけですが、そんなことに気づいている日本企業は、ソニーだけなんですね。

経団連にこれを聞いてもダメですし、リクルートもソフトバンクも営業の会社で本質的にITができませんから、こらまたダメです。

明治時代でいえば、重工業・電気産業のできない日本みたいなもので、黒船来襲されちゃったみたいになってますが、長州が大砲撃って反撃されてしょんぼり見たいな状況ですから、実にまずい状況と言えると思います。

日本には、個としての優秀なソフトウェアエンジニアはいるので、それを率いるリーダーをちゃんと選んで、戦略を持って、サイバー軍を持たないと日本はどうにもなりません。

ま、今の公務員の給与体型変えないと、ロクな人は行きませんけどね。

ということで、、、

まとめると、この本は、安全保障戦略の学習には使えません。

でも、日本の安全保障がやばいということはよくわかるし、どこがやばいのかということもよく分かります。また、各国の歴史の経緯がザクっとまとまっている本としては役に立つと思います。

・仕組みとして、日本の安全保障制度を考える上での課題を理解する
・安全保障戦略を考える上での各国の歴史のブリーフィング

としては役に立つと思うので、割り切って勝手読むにはいいんじゃないかと思います。また、他の本を読んでみたから、読み返したら感想も違うのかも知れません。

また、兼原さんは日本の安全保障に尽力され、功績が大きい方とは思います。ただ、日本の安全保障のスタートラインがめちゃくちゃ低かった。

米国の世界への関与が減っていく中で、この分野は急激にどうにかしないといけない分野であると思います。

まずは、インテリジェンス部隊の再編とサイバー戦力のリーダーシップだと思うんですが、いずれも、今の官僚ではできない気がする。

この辺だけを専門にした政治家、出てこないかなと思いました。

私も少しは勉強してみたいと思います。

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