書評:『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(坂口 恭平)

都市を現代の森と見立てて、サラリーマン生活でもなく、農耕生活でもなく、狩猟採集生活と見立てた場合、ヒトはどう暮らすことができるのかを考え、調査し、実施して見た坂口さんの本。賛同はできないところもあるが、とても考えさせらる面白い一冊である。

無一文になってどうするか、と言うところから始まるのだが、現代日本においては知識があれば死なない。

衣服はゴミを探せばすぐ出てくるし、食べ物は炊き出しなどで手に入る。賞味期限切れのワンカップを六十円で販売する自動販売機もあるらしく、お酒さえも手に入る。タバコはパチンコ屋のゴミに紛れているらしい。シャワーもNPOのものが使える。

次は寝床だが、ダンボールハウスは暖かいので、それで済むらしい。ダンボールゴミはすぐにいつでも手に入るので、家を常に持つ必要もなく、寝るときに拾って作るでも良いとのこと。小さければ寒くもないのだそうだ。

さらに美味しい食材を狙うなら廃棄食材を狙う。コンビニ弁当の廃棄はもうないのだそうだが、スーパーマーケットや一般家庭、寿司屋、居酒屋のゴミ置き場の掃除を申し出て、廃棄食材を受け取れば手に入るのだそうだ。捨てればゴミだが、利用すれば食材である。毎日、湧き出てくるこれらの都市の資源を、果物などを採集することに筆者はなぞらえる。

ここまでくると、無一文でもヒトは死なないことが容易に分かる。太古の狩猟採集民族の生活が結構よかったことは、サピエンス全史などにも書かれている。即ち、午前中に働き、午後は好きなことができる生活で、労働時間は一日4時間程度だと言うのである。1日8時間程度働くサラリーマンや農耕民族に比べて、生きるためだけに費やす時間の少ないこと。狩猟採集民族は、時間的に自由である。都市型狩猟採集民族たるホームレスと呼ばれる方々も同じらしく、午前中で生きるための仕事は終わる。

ここから先は、生業だそうで、生きるためのコストが低いので、家を持たない持たざる経営のホームレスの都市型採集民族の皆さんは、好きなことをやって稼いでいる。基本、廃品回収なのだが、アルミ缶、貴金属、小物、電化製品、が拾って売れる。廃棄食材を確保し、仲間のために賄いを出す人や、市場に出品する人もいる。生きるための固定費が低いので、結構裕福な生活をしているものらしい。

著者の坂口さんは早稲田大学の建築出身の人である。もともと、家の中で自分用の秘密基地を作るが好きであったらしい。家というよりは巣。建築学科に入ったものの、巨大な建築に嫌気がさして、人間本来の巣をどうあるべきか、ゼロベースで考えた結果、ホームレスの家に感動して、このような調査と生活を始めたのだそうだ。

ゼロベースで人間の住居を人間の巣として考えた場合、今の住居は過剰だそうだ。ホームレスの家ぐらいが、すぐ作れて、すぐ壊せて、災害にも強くて、必要十分だと坂口さんは言う。ヒトの住居と言うものを、ゼロベースで考え直した哲人である。多摩川には、河川敷を畑にして時給自足で暮らす人がいると言う。電気さえも、車の12Vバッテリーと太陽電池で賄えるらしい。こうなると、サラリーマン生活vs都市型狩猟採集生活の戦いにもなる。


感想

これも、『第四の消費』で紹介されたいた本なのだが、なかなか過激で面白い。ゼロベースで住居を考え抜いている。坂口さんは、間違いなく変人であり、天才肌である。決して秀才にはない独創性がある建築家だと思う。

ホームレスという人たちも色々いらっしゃると思うのだが、多くの人々は独立しており、その生活にメリットがあるからそうしている。土地を買って家を持たないという意思決定をしてそうしており、その為に得られる自由を享受している。ゴミの大量投棄と環境破壊という意味では効率の悪い資本主義社会の中で、もう少し小さな循環の中で生活しているのが、都市型狩猟採集民族の皆さんであると理解した。

特に感銘を受けたのが、震災時の避難所を見た狩猟採集民が、本気で避難所の設営に行こうとしたという話である。

「そこの床はあげなきゃダメだよ」

だそうだ。限られた資源の中で、人が生きるために必要なことは、知恵と知識である。それを持っているのは、実は、狩猟採集民であり、大企業の高学歴エリートではないようだ。明らかに、こういう人たちがリーダーシップをとったほうが、暮らしやすく、コスト効率の良い避難所ができることだろう。非常に生活力の高い人たちなのだと思った。

反面、賛同しきれないところが数点あった。

一つは、全ての人々が都市型狩猟採集生活を送れない事。特に、初期においては、食料を炊き出しに頼っているので、みんながこの生活を送ると、炊き出しをする人がいなくなるという意味で、独立していない。これは、都市に寄生しているだけで、独立していないという事(一方、廃棄食材から食を得ている人はこの批判に当たらない)。

もう一つは、家族、子供を持ったときにどうするのか、という問題が想像できなかった。家族のための小さな家を持つのか、一人一人に最適な巣を作り、家族が独立した複数の巣に住むのか、赤子をどのように育てるのか、など、カバーされない領域も多い。子供が生まれない社会の行き着く先は絶滅なので、全員が都市型採集生活に向かうと、行き着く先は絶滅かもしれない、という意味で、賛同しきれないところがあった。

とはいえ、この本を読んで、すごく良いと思ったのは、人は簡単に死なない、という事が容易に理解できる事である。この本1冊さえ持っていて、健康な体があれば、人は死なない。絶望する必要もない。人一人が都市の中で生きることだけであれば、この本を少し読むだけで生きていける。職を失って、無一文になっても絶望などする必要なく、再び、人生を始めれば良いと思える一冊であった。

また、本当に人間の住居、人間の巣に必要な要素は何か、ゼロベースで考え直すことで、イノベーションが起きそうであると思った。

良い刺激になった一冊なので、お時間ある方がいれば、読んでみることをオススメしたい。ちなみに、私は、kindleで読んだ。

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