後縦隔腫瘍摘出手術体験記

 27歳超健康優良児がいきなり「後縦隔腫瘍があります。摘出手術しましょう。」と言われ、退院するまでの記録。いろんな人の体験記に励まされたため、同様に残すこととする。

1 入院まで

 昨年の冬に受けた健康診断の結果が今年の2月頃に返ってきて、いつもどおり全てAだな〜と思って見ていると、胸部レントゲンのところだけ再検査になっていた。
 このときは何かの間違いだろうと思っていて、再検査でCTを受けた数日後には検査を受けたこと自体も忘れて普段どおり生活していた。自覚症状もないし。
 そして3月、「右下胸壁にマジで腫瘍があります。病院に行ってください。」という紙ペラ1枚が届いた。
 パニックになりつつ、即会社近くの病院を受診し、大量の採血とPET-CTという癌があるのか、癌が転移していないのか調べる強化版のCTみたいのを受けた。
 この結果が分かるまでの1週間が精神的にとても辛く、20代の人の末期癌闘病記を読み漁ったり、癌闘病ツイッターアカウントが突如として動かなくなってるのを見たりして、ブルーになっていた。年齢的には癌ではないやろと思いつつ、実際になってる人もそれなりにいるし…
 余談だが、縦隔にもでき得る悪性リンパ腫という癌は、結構若い人でもかかっていて、いろんな人が闘病記を書いている(比較的完治しやすいというのもある。)。気になる人は見てみてください。
 そして審判の日、再々検査の結果、「後縦隔腫瘍、中でも良性の神経原性腫瘍の疑いが強い。手術で取りましょう。」と医者から話があった。僕はこの日まで誰よりも縦隔に発生する腫瘍の勉強をしていたため、名前を聞いて、想定していた中では1番マシな腫瘍だと分かり少し安心した。
 縦隔というのは両肺に挟まれた胸の空間のところで、ここは心臓とかの重要な臓器が集まっており、また、本当に腫瘍が良性かどうか判断するには取り出した腫瘍を顕微鏡とかで検査しないといけないことから、ある程度大きくなってしまうと基本手術で取ることになっているらしい。僕のは6×4×2cm程度だった。大きいのかはわからない。
 可能な限り早く、ということで12日入院、14日手術、最速16日退院というスケジュールになった。
 入院までは、また採血したりレントゲン取ったり歯科検診したり死ぬかもしれんしとか言って爆食いして2キロくらい太ったりして過ごしていた。

2 手術まで

 仕事を片付け(全く片付いてない)、愛する家族に暫しのお別れを言い(27歳独身異常男性)、12日に入院。
 僕が入院した病院には、一泊20万くらいする特別な個室から無料の4人部屋まであり、金銭的にも1日7500円くらいのちょっと装備のいい4人部屋にした。
 メンバーは、
ややボケてるおじいさん
抗癌剤の副作用がめっちゃ辛そうなおじさん
途中でやばくなってICUに連れて行かれたおじいさん→独り言の多い陽気なおじいさん

で、想定していたより病室は落ち着いていて、ちょっと安心した。
 手術までの入院生活は特に大した検査もなく、そこそこ美味しいご飯を食べ、ローソンでおやつを買い、ゲームをし、夜寝るという普段の土日のような生活だった。手術前日も睡眠導入剤も使わずに爆睡することができた。
 手術当日、朝8時くらいに手術室に入るということで、その前にふんどしみたいなT字帯とかいう下着に履き替え、テレビでよく見るような手術着を着た。流石に緊張していたのか、麻酔科医から手汗すごいですねと指摘される。
 手術室に入れられ、麻酔科医から「点滴から全身麻酔入れますよー、ちょっとチクチクしますよー」と言われると、本当に腕先からチクチクしてきて、うわ!痛い!怖い!と騒いでいると、そのうち声が出なくなって、最後にちょっと余裕感出してカッコつけるかと思い、看護師になんとか手を振ったところで意識が途切れ、気付けば手術は終わっていた。

3 手術後から翌日の朝まで

 全身麻酔から覚めた直後は意識が朦朧としていてあまり覚えていないが、尋常ではない背中の痛みで悶絶しており、これはやばすぎる、全く痛み止め効いてないぞと思ったのだけ覚えている。
 ちなみに僕がやったのは開胸手術ではなく、胸腔鏡手術という脇から背中にかけて小さな穴を3箇所あけてカメラとかを入れてやる、負担の少ない手術で、最近は気胸とか肺癌とかも大体この手術らしい。これでこの痛みだから、開胸手術とか包丁とかでガッツリ刺されたりしたらめっちゃ痛いんだろうな。
 その後病室に戻され、うとうとしながら過ごし、意識が戻ってきたのは19時くらい。意識が戻ったといっても、15秒くらいしか連続してスマホを触ったりなんだりできない。自分の当時の状況はというと、まず両腕に点滴が刺さっており、胸には心電図、指には酸素濃度を測るやつ(多分)、尿道にはカテーテル、足にはエコノミー症候群にならないために足をマッサージし続ける機械という状態だった。思い出すだけで辛い。
 体勢を変えるのが難しく、めちゃくちゃ腰が痛い。ベッドの角度を頻繁に変えたりしてなんとか痛みから逃れようとする。飲み食いも水をストローで吸う、スープをなんとか口にするくらいしができない。痰が絡んでるが当然吐き出せない。
 また、術前からずっと嫌だった、尿道に刺さっているカテーテルが本当に曲者で、全てのやる気を削いでくる。痛くはないが、不快感の塊、拷問じゃないかと思った。ちなみに、手術前に主治医に、恐ろしいんで、導尿カテーテルやめてもらえないですか?と聞いたら、「若い人はよくそう言うけど、全身麻酔後力入らなくてうまくおしっこ出なかったらもっと地獄だよ?」と言われ、泣く泣く受け入れた。
 そんなこんなで悶絶していたが、丁度いいベッドの角度を見つけたり、睡眠導入剤を飲んだりして、この日は何回か目覚めながらも、割とぐっすり眠れた。
 そして、朝、手術室に置き忘れられてて行方不明になっていたメガネが返ってきて、かけた瞬間から一気に思考力が回復する。スマホを触る気力が湧いてきて、親にLINEを送ったりした。
 朝ご飯も完食し、その後看護師さんに助けられながらベッドから立ち上がることに成功。丸一日寝っぱなしだったため、久々に立ち上がったときは爽快で、やはり人間は二足歩行をする動物なんだと実感した。そして宿敵導尿カテーテルも外してもらい(かなり痛い)、全ての管が無事取れ、最高の気分になった。カテーテルやばすぎて、医学部入り直して代わりの器具考えようかなと5秒くらい考えた。

4 退院まで

 歩けるようになったといっても、よちよち歩きで、おばあさんに抜かされるくらいの速度。また、右腕が痛くてなかなか上がらない。手術直後からだが、痰が絡むものの脇が痛くてうまく吐き出せないのがきつかった。
 ちんたら歩いたり、寝転んでたりしてると特に痛みはなく、うろうろ散歩したりゲームしたりして過ごしていた。
 術後翌日の夜も37.5〜38.0℃くらいと熱が下がらず、若干医者が慌てていたが、体調的には普段と何も変わらなかった。
 術後翌々日になると大体一人で生活できそうな気持ちになってくる。医者が言ってたとおり、手術跡の痛みよりも不意に来る肋間神経痛が気になってくる。右胸の前面がびりびり痺れる。
 午後、退院。夜ご飯はマクドナルドにしました。


5 退院後

 手術部位の痛みはすぐなくなったが、退院してから3週間くらいまでは肋間神経痛がひどくて、ずっと右胸がビリビリチクチクしていた。4週間目に入ったところらへんで急に治って、運動も再開できた。

 1か月後くらいに病院で病理検査の結果を教えてもらった。良性だったため、治療完了。次は半年後にCTを取るとのこと。ちなみに、入院〜ここまでで14万円くらいだった。保険とかでどんくらい返ってくるんやろか。

 

6 その他感想

・個室だとちょっと寂しいかもしれないと思った(4人部屋だと看護師が来てくれる回数も増える。おじいさんの独り言はうるさいが。)。
・ご飯はそこそこ美味しいが、このおかずでこんなに白飯食えるか?という献立が多かったので、ふりかけとか持っていけばよかった。

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