【コード考察】NICO Touches the Walls「ストラト」

この企画について

曲にはコード進行なるものがあります。コード進行によってその曲の物語のあらすじが決まり、その装飾の仕方で曲の雰囲気が醸成されます。

私の周りには「曲を聴く」というと歌詞ばかりに関心が行く人ばかりだと以前から感じていました。「曲」において「歌詞」はその一部でしかありません。なぜその歌詞を鮮やかに彩ってくれる「旋律」に誰も言及しないのか。もちろん「歌詞」という側面を蔑ろにするつもりはありません。100人いれば100通りの聞き方があり、それは音楽の一つ面白ところであるとさえ思っています。ただ巷において「歌詞考察」は山ほど見るのに、「旋律考察」はほとんど見かけません。ギターをやっていると音作りの話をする機会はまだ多いですが、その音作りをする以前の話はやはり少ないと感じていました。

そこで私は、曲を聴いてそのコード進行や装飾音について思ったことをこうやって書き綴ることにしました。誰かに説明・解説したいというより、当時思ったことや分かったことを後学のために書き残しておきたいというのが主なモチベーションです。

もしかしたら間違った情報が書いてあるかもしれません。ご了承ください。

はじめに

今回考察したい曲はNICO Touches the Wallsの「ストラト」という曲です。

NICO Touches the Wallsは私の大好きなバンドです。ただ私がハマったときにはすでに活動を終了させていたので、コロナ禍云々に関係なく一回も生歌を聞くことができないバンドになってしまいました。

この曲は、映画「ヒーローマニア - 生活 -」の主題歌になった曲です。この映画は以前に見たことがあったのですが、NICOにハマる前だったのもあって、当時はまったく印象になかったです。今思えば、どうしてこんな名曲をスルーしていたのか甚だ疑問です。

さてこの曲を選んだ理由ですが、もちろんNICOの中でも1,2位を争うぐらいに好きな曲だったからというのもありますが、最大の理由として、この曲は光村龍哉のバッキングギターのすべてが詰まっていると思ったからです。もちろんこの曲だけで彼の技法全てを語りつくせるとは思ってもいませんが、こう表現したくなるほど光村バッキングの教科書的な曲だと思っています。

NICOについて語り出すとキリがないので、この辺にして考察に入りたいと思います。

曲の構成

曲の構成は以下の通りです。

イントロ→Aメロ→Bメロ→Aメロ→Bメロ→サビ→間奏→Bメロ→サビ→アウトロ

曲構成において、これといって特筆すべき点はありません。強いて言うならば、Aメロ→Bメロを二回りさせてサビまでを少し長めに取り、その後間奏を挟んでからCメロのような位置づけでBメロ→ラスサビという構成は少し特徴的かもしれません。ただ「Aメロ→Bメロの二回り」や「1サビの後に素直に2サビに行かない」などは比較的に見られる手法ではある印象です。前者はゆず「ヒーロー見参」など、後者はSUPER BEAVER「らしさ」などがぱっと思いつきます。

ちなみにNICO自身も「夏の大三角形」で全く同じ構成を採用しています。「ストラト」も「夏の大三角形」もBPM自体は150前後で比較的テンポの速い曲ですが、1サビまでの長さやその直後に来る間奏によって曲を通してゆったりとした雰囲気が作られ、その世界や情景がより一層楽しめるしけになっています。粋な計らいですね。

パート毎のコード

さっそくコード進行について。本来はパート毎に区切って説明した方がわかりやすいかもしれませんが、今回扱いたいトピックはこの曲に一貫していることなので、まとめて説明します。

この曲のキーはE Major、BPMは156です。

イントロとAメロは同じコード進行です。

| Aadd9 | Aadd9 | G#m69 | G#m69 | F#m7(11) | F#m7(11) | E | E |

Bメロからコードが増えます。サビも同じコード進行です。

| Aadd9 | Aadd9 | E | C#m7(13) | F#m7(11) | B7sus4 | C#m7(13) | C#m7(13) |

度数で表記すると、

| IVadd9 | IVadd9 | IIIm69 | IIIm69 | IIm7(11) | IIm7(11) | I | I |
| IVadd9 | IVadd9 | I | VIm7(13) | IIm7(11) | V7sus4 | VIm7(13) | VIm7(13) |

となります。コードを簡略化すると

| IV | IV | IIIm | IIIm | IIm | IIm | I | I |
| IV | IV | I | VIm | IIm | V7 | VIm | VIm |

となりますが、このコード進行自体は至って普通です。ただそこにかなりややこしい装飾音が施されています (ややこしすぎて正しく表記できているかどうか正直怪しいです)。これが今回のポイントです。

コードトーンについて

今回注目したいのは、コード進行自体ではなく、それぞれのコードにかかる装飾音です。理解するためのポイントとして、コード表記は一回忘れてギター上のコードフォームを考えてみます。ここに光村バッキングの本質があります。

まずは各コードを見ていきます。
・Aadd9:簡単な形だと2弦を開放させて長3度 (C#) を9度 (B) にして鳴らします。
・G#m69:6弦4フレットで1度 (G#)、5弦はミュート、4, 3弦2フレットで短9度 (=短2度) (A), 短6度 (E)、2, 1弦開放で短3度 (B), 短6度 (E) を加えて鳴らします。
・F#m7(11):5弦はミュートして6, 4, 3弦2フレットで1度 (F#), 短7度 (E), 短3度 (A)、2, 1弦開放で長11度 (=4度) (B), 短7度 (E) を加えて鳴らします。
・C#m7(13):5弦4フレットで1度 (C#)、4, 3弦2フレットで短3度 (E), 短13度 (=短6度) (A)、2, 1弦開放で短7度 (B), 短3度 (E) を加えて鳴らします。
・B7sus4:5, 4, 3弦2フレットで1度 (B), 4度 (E), 短7度 (A)、2, 1弦開放で1度 (B), 4度 (E) を加えて鳴らします。

ここからわかることは、Aadd9、G#m69、F#m7(11)、C#m7(13)、B7sus4、そしてEの内どれもギターの1,2弦を開放させて鳴らされるコードということです。そして3,4弦も似たような音の組み合わせになっており、このコード進行を通してコードトーンの変化が少ないと言えます。

これは分数コードの考え方によく似ていて、分数コードを用いると

| Aadd9 | Aadd9 | Aadd9/G# | Aadd9/G# | Aadd9/F#Aadd9/F# | E | E |
| Aadd9 | Aadd9 | E | Aadd9/C# | Aadd9/F# | Aadd9/B | Aadd9/C# | Aadd9/C# |

と表記できます。だいぶすっきりしました。これは見方を変えると、ルート音だけコードを進行させてコード全体のコードトーンをほとんど変えていないと解釈ができます。コードは進行していながらも、その裏でずっと同じ和音が鳴り響いているわけです。

この手法はペダルトーンと呼ばれ、アルペジオでよく使われます。有名どころだと、「アルペジオの名手」と呼ばれるスピッツの三輪テツヤ、特徴的すぎるがゆえに一部ではその奏法が「ウブぺジオ」と称されているELLEGARDEN・Nothing's Carved In Stoneの生方真一がこのようなペダルトーンを駆使したアルペジオに定評があります。ただアルペジオではなくストロークでここまで露骨なペダルトーンを押し出してくる人は珍しい気がします。SUPER BEAVER「予感」、スピッツ「春の唄」などではペダルトーンが特徴的なリズムギターが弾かれていますが、あまりにも特徴的すぎてバッキングというよりリフに近いような印象を受けます。

光村龍哉は、この豪快なペダルトーンというべきか分数コード進行というべきか悩ましいですが、この手法を頻繁に用います。特にアコギを用いるときは、このキーEのAadd9のバッキングを多用します (キーが異なるときはCAPOを用いますが)。

先ほどの言及した、コードが進行している中で変化せずに抜けてくる和音が非常にアコギのブラッシングと合い、独特な雰囲気を作り出します。これはエレキギターでは再現できないアコギならではの奏法です。

バンドサウンドでアコギはパーカッシブルな効果が期待されて導入されることが多いですが、この光村龍哉の手法はその最たる例だと考えています。むしろ「パーカッシブル」を超えて、曲を通して同じ音を鳴らし続ける意味においてはもはや「パーカッション」の域に達しているといっても過言ではないかと思います。私もこれを知ったとき、一つバンドサウンドにおけるアコギの在り方の完成形なのではないかと思いました。

まとめ

今回の「ストラト」から学べることとして、光村龍哉の得意とする豪快なペダルトーンあるいは分数コード進行がバンドサウンドに与える影響です。コードが進行している中同じ和音を鳴らし続けることで、ドラムとは別のパーカッシブルなサウンドをもたらします。またこの和音は、バンドサウンドから抜けてくるアコギのブラッシングによりさらに強調されます。

この「ストラト」に代表するこのバッキング手法は光村龍哉が好んで使用する手法で、他のNICOの曲でも多数見られます。もしかすると光村龍哉のサウンド、しいてはNICOのサウンドを決定づける奏法かもしれません。

最後に

この手法によるバッキングギターは曲のアレンジにも有用となってきます。バンドでカバーするときはもちろん、弾き語りなどでもうまく使うと効果的です。

今回はNICOの光村龍哉をピックアップしましたが、このペダルトーンを使った弾き語りをするアーティストはよく見かけます。光村龍哉はキーがEでAadd9のペダルトーンを多用しますが、別の形のペダルトーンはたくさんあって人によって好む形がありそうです。スピッツの三輪テツヤはキーがGのDsus4のペダルトーンを多用します。ELLEGARDEN時代の生方さんはDadd9のペダルトーンを多用していました。NCIS時代に移ってからは、元のコードがわからない組み合わせのペダルトーンをいくつも生み出し、進化した「ウブぺジオ」を披露してくれています。

近年はコロナ禍の影響でSNSを通じた弾き語りライブを目にする機会が多くなりました。ライブや音楽番組ではよく見えない手元がよく見えるので、非常に勉強になります。歌だけでなく、そのアーティストのコードフォームを見てみるとまた別のペダルトーンを使っているかもしれません。

それでは今回はこの辺で。

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