9月24日

何事もないように1日が過ぎていく。死にたいと思う人がまたどこかにいる。絶望や悩みが当たり前にあり、笑い穏やかな時間も見えてくる。夜10時、近所の田んぼの一本道を歩いた。今日は県庁に勤めている友人と焼肉を食べた日だった。誕生日祝いとして奢ってくれた。もうすぐ結婚するかも。彼の口からその言葉を聞き、中学時代から冗談で「結婚式呼んでよな」と言っていた自分が今日まで、何も変わらずこの場所にいることがわかった。僕は何も変化していない。中学よりも、もっと以前。幼稚園児のとき鏡を見つめたあの時から。途端に怖くなった。これからが。目の前にいる友人は結婚する。焦りが頭の中を充満しだす。こんなことを繰り返すのはウザったい。なぜ不安になるのだろうか。答えは単純で、手を動かしていないだけだからだ。自分のしたいことを、していない。勉強していない、ただそれだけ。自分は一体何がしたいのか。名古屋に一人暮らしをしている友人は結婚と共に地元に帰り、のんびりと暮らす計画だという。くっきりと想像できるこれからの未来に、僕もそうやって生きたいと思った。好きな人と2人で暮らし、生活しいつか結婚して、丁度いい田舎に引っ越す。ショッピングセンターで高校の同級生が赤子を抱えて買い物をしていた。自分だけが置いていかれている気がする。あの鏡の前に立っている気がする。
面白く、好きなことして生きていたのかな。多分違うんだ。退屈な日常の反発で何か特別なことをしたがっているだけなんだ。僕はただ幸せになりたいのだ。僕が求めているのは何か。君のため君のため、普通、の中にある、普通と普通の隙間に流れるものの美しさに僕はひたすら感動してしまう。赤子をおぶる友人の背中のまるまり具合、結婚する、と告げる友人の未来の話。田んぼに張った水に反射する月の光。腹が出始めて太り気味の自分。自分は感動してばかりで、自分の人生に感動できていない。外を見てばかりで自分の人生を生きていない。気づくのが遅過ぎた。君のため君のため。気づいた途端、分かっていたが、あまりにも孤独で、自分は何も持たず、だからまた、誰かの目を気にし、こう生きなければと考え始める。
僕は僕を生きていい。それは1人で好きなことをして生きていくとかでは全くない。自分の人生を噛み締めるということだ。君のため君のため、このフレーズが頭から離れない。君、と言う言葉の指し示す場所に自分がいていい。
単純だ、単純で複雑だ。何も大したことはないのに、明らかに理解し難いほどの美しさに、その存在に、実は各々気がついている。深夜突然SNSで語り始める人がいた様に。冷めていた方が安心する。楽しいことをしていれば安心する。休日は家族でデパート行って買い物して、服買って、家でご飯作って明日に備えて早く寝れば安心する。君のため君のため。そんな時代をみんな少しは齧っていく。遊園地、デパート、ショッピング。写真を撮って家族で。いつの間にか大人になって、子供は早いな、って笑うんだ。君のため君のため。それが僕もしたいのに、涙がずっと出てしまう。いとこの父親はブラジル人に頭部を殴られ窃盗にあった。それで脳が損傷し言語、知的障害を患った。現在は障害者施設にいる。話もまともに出来ないようで、事件があった後、いとこの両親は離婚。見舞いにくる人はほとんどいない。マンションに灯る一つ一つの光が奇跡としか思えない。君のため君のため、君とこうして出会い過ごせた一日があまりにも幸せ過ぎて涙が止まらない。でも大したことはなく、単純なんだ。何もない、ただの1日が今日もすぎる。自分なんていなかったかの様に、風が稲穂を揺らしている。この光景、この時間、僕は知っている。中学生の頃に僕はこの時間を経験している。永遠にすら感じた当時、何も変わらず僕はいる。変化する世界に涙する。月と星はまだ輝いている。変わるってなんだろう。いつか訪れる地獄を僕はずっと変わらず経験し続けている。知っている。その中で僕は幸せになろうとしている。笑顔で、笑って音楽を少しづつかけ、モーニングサービスのパンを食べながら、陽射しの暖かさを感じる様に、君のことを気にかけていたい。幸せになるために、僕が僕を幸せな場所に移動させてあげないと。大好きな誰かを気にかけ、自然に行動していた様に、大親友の自分を気にかけて。優しく、厳しく、彼のために修行をする。笑顔にさせてあげてほしい。声に出さないと、いなくなってしまうよ。本当の暗闇では声の震えが頼りだ。

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