11月29日

昨夜は姉と母と話し合い。話し合いというよりも、姉の「お金出して!金!」と母に迫る姿を見かねての、仲介役として参加した。姉からすると仲介役ではなく「お前は母の味方だろ」とのことだが。
深刻である。社会の表舞台には出ることがないような、家族内での小さな地獄。反抗期が消えることなく水面下で生き続け、社会人としての振る舞いを覚えつつも、社会に苦しさを覚え、私の居場所を家庭内でしか見出すことが出来ずにいる人々。
世間体は良い人だが、家の中では変貌する。
それは私自身もだった。だった、という過去形で済むのだろうか。今はまだ安定している。しかし自分に余裕がなくなったらどうか。私も人ごとではない。
母は子を心配する。心配するがゆえに、時に過度に接してしまう。姉は、母に借金がある。お金がないにも関わらず、借金してまでして、欲しいものを買うのだ。その事を、姉の心身の健康状態を心配しているからこそ、お金を渡すことを渋る母を、姉はケチなやつだと結論づけている。
もし一年前の自分ならば、ブチギレていたかもしれない。怒号を発していたかもしれない。この日は違った。母も静かに涙を流し、堪えていた。怒鳴りつけても意味がないのだ。静かに言葉を交わす。震える怒りを抑え、怒る自分の不甲斐なさにも目をむけ、適切に、その都度傷つく。傷つきすぎないように、落ち着いて対応していく。
「いいから金出してよ。私はこの家を出て行きたいの。母からDVされて、家には居場所がなくて、こんな話し合い自体も嫌なの」
「自分のしてきたことをそんなに棚に上げて、自分は被害者だとよく振る舞えるね」
そう言い返す母の顔をまともに見ることが出来なかった。辛すぎる。
自分を守るため、自分に都合よく、無自覚で無意識で事実を、現実を改変してしまう。ADHDがそういう症状なのかは分からないが、そう診断されている姉に、そういう個性を持つ姉に、私は激しく共感するのだ。
つい数年前まで、今でさえ、僕は当事者であるから。私も通ってきたのだ。誰にも共感されない、人として最低た人格が前傾化したその状態を。姉が不憫でならない。言いたくもない罵詈雑言が、怒りに任せて出てきてしまう。心では申し訳ないと思いながらも、相手を責めてしまう。この辛い現実から逃げ出したいために、自分を包む現実を否定するしか手段を知らないのだ。
姉に助言をするが、そもそも、その助言の時点で上から目線で、姉からすると気に入らないようで、「黙って。消えて。部外者はどっか行って。私に干渉しないで」と言い返されるだけだった。
時間は深夜の2時を回っていた。
幸せに、好きなことをして生きていてほしい。ただそれだけ。そのことが伝わらない。
伝えたい人に伝わらない。難しい一日だった。
寝る寸前、ふとカメラロールを見返した。一枚の写真に目が止まる。いつもの通り道、田んぼに囲まれた一本道を撮った写真。なぜか分からないが涙が溢れた。この道に、この写真を撮った瞬間に戻りたい。あの時の豊かさに包まれた時間に戻りたい。そして、その感覚を味わってほしい。姉にもどうか、味わってほしい。幸せの所在は確かにあるのにな。
と、しんみりモードになった。名古屋駅前サイゼリア。現在(11月30日)21時32分。「ラストオーダーの時間になりました」という声で我に帰る。ということで、家に帰ろう。

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